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「く、靴を舐めるのですか……?」


 私の要求に騎士団長は動揺したように聞き返した。


「そうよ。右でも左でも構わないわ」


「恐れながら申し上げますが、そのようなはしたない行為は宮殿に相応しくないと思うのですが」


「そうかしら?」


「は、はい」


「その理屈だと、この宮殿で王女であるこの私に婚約破棄を要求するあなたの行いも相応しくないと思うのだけれど」


「そ、それは……」


「まあ、そんな些末なことをここで議論するつもりはないわ」


 私は椅子から重たい腰を上げて騎士団長の前までゆっくりと歩を進める。


「婚約破棄するならば、私のこのルージュのヒールを舐めなさい。無理だというのならば婚約破棄は認めないわ」


「……」


 ゴクリと騎士団長の喉に唾が落下する音が聞こえた。


「あなたにある選択肢は2つだけ。靴を舐めるか、舐めないか」


「な、何故靴を舐めなければいけないのですか……?」


 騎士団長が問いかけてくる。

 純粋に疑問に感じているようだった。


「何故? 何故……ねえ」


 そう聞かれても私としては回答に困る。

 これまで何度も婚約破棄されてきたけれど、その都度相手の男に靴を舐めさせて来た。

 今回も同じように騎士団長にも靴を舐めさせるつもりだ。

 ただ、そこで何故?と聞かれたら、最初に婚約破棄されたときに意趣返しとして靴を舐めさせたから、という理由しかなかった。


「ただの意趣返しよ」


 だから、私は端的にそう教えてあげる。


「い、意趣返しですか……」


 私の回答に騎士団長は納得したような、得心がいかないような顔をしている。


 そんな彼を無視して私は言った。


「さて、どうするの? 舐めるの? 舐めないの?」


「舐めないと言ったら……?」


「私と結婚してもらうわ」


「…………」


 騎士団長は真剣な加顔で思案している。

 おそらく、矜持と純愛を天秤にかけているのだろう。


「わかりました。貴女様の靴を舐めさせていただきます」


「賢明ね。どちらの靴にするのかしら」


「では、右で」


 騎士団長は床に膝と両手を着いて顔も床につけるような体勢を取る。

 私はそんな彼の顔へ右足のヒールを差し出した。


「さあ、どうぞ」


「……はい」


 と、ここで私たちの横に写真家がカメラを持って構える。

 騎士団長の靴舐めシーンを逃さないと意気揚々だ。


「!?」


 騎士団長は自分に向けられたカメラを見て驚愕の表情で私を見上げた。


「一体、これはどういうことですか?」


「ああ、カメラのこと?」


「そ、そうです!」


「どういうこともこういうこともないわ。あなたが私の靴を舐めている写真を明日の全国新聞に載せるだけよ?」


「そ、そんなっ!」


「言ったでしょう? 意趣返しだって」


「しかし! これはあまりにも酷です! ただの笑い者ではないですかっ!」


「何を言っているの? 婚約破棄される私だって国民の笑い者よ。何度も婚約破棄される王女様ってね」


「……」


「まあ、本当の目的は私を捨てて他の女と幸せになろうとするあなたへ与える罰だけれどね」


「なっ……」


「他の女の靴を舐めても仲良くやっていけるなら、私はあなたたちの純愛を正式に認めましょう。そういう試練でもあるのよ、これは」


「…………くそっ」


 騎士団長は大人しく悪態をついた。


「さあ、どうするの? これ以上私を待たせるというのなら婚約破棄はなかったことにするけれど?」


「わ、わかりましたっ」


 すっと騎士団長は顔を床に戻す。


 そして、次の瞬間、私のルージュのヒールをペロリと舐めた。


 写真家のカメラのフラッシュも相まって、(いささ)かドラマチックにも見えてしまった。


 靴を舐めるという行為を終え、騎士団長は羞恥のように顔を赤らめつつも屈辱のように頬を小さく頬を膨らませた。


 くくくくく。せめてその顔を見なくては婚約破棄など認めてあげられないわ。


 ざまあない。


 悪趣味かもしれないけれど、これが私の意趣返し。


 私が受ける婚約破棄の屈辱と同等のお返しなの。


「私の靴の味はどうだったかしら?」


「いえ、特に何も……」


「そう。じゃあもう下がっていいわよ」


「これで婚約破棄は成立ですよね」


「そう言ったでしょう?」


「ありがとうございます。では、失礼します」


 騎士団長は礼儀正しく頭を下げると足早に宮殿を後にしていった。


 さて、明日の朝刊が楽しみだ。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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