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一生

 開封の儀は夜のお楽しみにすると決め、包まれたグラスを受け取る。そのまま宿に帰り荷物を置いた頃には四時になる頃だった。


「ちょっと早かったですかねえ」


 祭り会場らしき神社、いや寺か?わかんね。とにかくそこにたどり着くがまだ人はまばらで屋台もテントも出きってない様子だ。


「そりゃあ祭りは暗くなってからだし、一回ぐるっと回ってからお参りでも……」

「ああ困った困った!」

「こいつは困ったゼぃ!」


 困ってる。


「困ってますよ」

「知らん」


 境内の中心、ぐるり円を書くように空いた広場の真ん中にそびえ立つ山車の下で法被や甚平を着たオッサン達が困っていた。


「まさか当日で一人体調不良なんて!人手が足んなくなっちまったよお!力のある若者が居ればなあ!」

「このままじゃあ夜のお囃子が始めらんなくなっちまうぜえ!」

「お、お囃子」


 やっべえ食いついちゃった、困ったぞ。


「あ、なあ。あっちにお前の好きそうな型抜きが」

「あの!すみません!」


 カタナシ!ナムサーン!


「おお?なんだあ嬢ちゃん」

「何か起こったんですか?」

「ああ。今夜山車に乗って囃子を演奏するんだが、太鼓役が急に体調を崩してなあ」

「力も体力もいるしうちらオッサンじゃあ務まらんのや、丁度いい若モンが居ないもんかと」


 ほーん、そりゃまた。


「大変ッスね、じゃあこれで」


 ぐいと引っ張られ押し出される。


「この人が代役を買って出てくれるそうです」

「おいばかやめ」

「おお!本当か!」

「見たところ体つきはガッチリしとるしなあ!高校生くらいか!若いしもってこいだ!」

「もってこいじゃないっスよ!無理ですって、太鼓なんて太鼓の達人とぼくなつ4の謎音ゲしか経験が」

「ほう!太鼓は達人と!こりゃあ大物を引き当てたもんだ!」

「よっしゃ、じゃあ早速社務所で練習だ!」

「や、あの。ツレがいるし」

「私も何かお手伝いしますよ」


 ミナミン!?


「彼女さんか!?熱いねえ、じゃあ祭りで振る舞う豚汁作りに混ざってもらおうかね!中で女連中がせっせこやってんからな!」

「女ってかババア揃いだけどなあ!」

「違ぇねぇ!」


 ガハハと山賊のように笑い連れていかれる。


「何口走ってんだバカ」

「いいじゃないですか、面白くなってきましたよ?」


 ふっふんと意気込んでいる、今回の旅はこいつの社会見学ツアーと化してるな。




「えーと、テレツクテレツクツクツクツ……」

「違う!何度言ったらわかんだこのクソボウズが!」

「あいた!」


 法被にハチマキのつるっパゲジジイに叩かれる、この時代にまだこんな人種がいるとは。


「もう一回やり直し!ったくこれだから最近の若いモンは……」


 クッソテンプレなセリフを吐かれ持ち場に戻っていく。あと二時間で本番とか、イッテQのロケじゃねえんだから勘弁してくれよ。


「はい、いちにのさん」


 どんどこ太鼓を叩く、想像よりだいぶ大きいそれは叩く度お腹の底まで衝撃を届かせる程の大太鼓だ。


「うんむ、マシになったぞボウズ」

「どうも」


 にしても疲れる、法被を貸してもらい着替えたとはいえこんなことしてりゃ汗だくになるってもんだ。クーラー付いてるけど、休憩だと言われへたりこんでいるとミナミがするりと現れた。


「首尾は?」

「チーズタッカルビ」

「は?」

「忘れてくれ、それよりそっちはどうなんだよ」

「おば様方に可愛がってもらってますよ、あと彼氏の愚痴でも聞かせろと迫られているのであるようなことないこと言ってきました」

「例えば?」

「初日の下着漁りから始まり奇っ怪なホック外し、挙句の果てに女湯に侵入などなど」

「冤罪だ」

「原罪ですよ」

 

 贖罪はどこでできるんだ、ここか。


「さあもうひと頑張りだ!」


 ジジイの声がかかる。


「再開するみたいですよ」

「もう一度もテンダネスできそうにない」

「終わったらおいしい豚汁が待ってますから太鼓のプリズムを胸に抱き踊らせてくださいね」


 なんだよ太鼓のプリズムって、抱きしめ合うよりも自然なディスタンスを信じるしかないのか。


「頑張れお兄ちゃんとか言ってくれればなあ」

「頑張れ頑張れお兄ちゃん、負けるな負けるなお兄ちゃん。これでいいですか」


 俺が好きなのは妹だけどそういう妹じゃないんだなって。




 時は過ぎ祭りもたけなわ、いよいよ出番だ。山車にハシゴで乗り込む、うーん割と緊張するぞ。


「たっかいなあ」

「肩の力抜いていけよ、引く奴がヘマしなきゃ落ちはしねえからよ!」

「はあ」


 ヘマすりゃ落ちるのか……


「ゆっくりついて行きますから頑張ってくださいねえ」

「へいへい」


 ちょこんと下から見上げているミナミ。


「よっし、じゃあ出発だあ!」


 ギギギと山車が進む、結構揺れるぞこれ。ゆーれてゆれていまここーろーがー


「ちなみにどれくらい回すんスか?」

「このまま一時間ってとこだな」


 もう何も信じれないまま発進、もうどうにでもなーれ(´・ω・`)。




「お疲れ様です」

「ゼヒュッ!ゼヒュッ!ぉうげっへっ!」

「そんな疲れてないでしょう」

「まあね」


 いや疲れたけど、二時間境内引き回しの刑に処されたけど。


「見てて面白かったですよ、途中から手は震え足はすくみ汗は迸り顔なんてダイオウグソクムシの裏側みたいになって」

「そんな顔あるか、ったくよお祭りもほとんど終わっちまうしよお」

「そうですね」


 ぼちぼち屋台も引き上がり客(?)足もほとんど無い、関係者が見回りをしてさっきまで狂ったように演奏してたオッサン共は待ってましたと言わんばかりに社務所で飲み会を初めてしまった。


「せっかくのお祭りだったのに色々見れなくて、良かったのか?」

「いいんですよ、お祭りならまた見れますけどあんな面白いのはそうそう見れそうにないですから」

「すっかり見世物にしやがって」


 ミナミが持ってきた麦茶をぐいと呷る、ああ腹も減ったなあ。空腹時の冷たい飲み物の虚しいことと来たら。


「この後はどうすんだ?」

「私はちょっとまた社務所によばれてまして、お礼がどうとか」


 お、いいぞ。


「……じゃあ俺は一回宿に帰って汗流してくる、すぐだからミナミはゆっくりしててくれ」

「そうですか?……ええ、じゃあそうしますね。ああそれと」

「なんぞ」

「忘れてましたけどこの後花火も上がるらしいです、それは一緒に見たいので早めに帰ってきてくださいね」

「お、おう」


 急にヒロインみたいなこと言い出したなこいつ。打ち上げ花火かあ、ぶっちゃけよくわかんなかったっス。流石シャフトの作画だなあとは思ったけどここだけの話本編よりつべに上がってるPVの方が面白い気ががが。


「なにぼーっとしてるんですか」

「おっとつい思考が地球(テラ)へ、いってきまーす」

「はーい」



「ただいま」

「おかえりなさい」

「おおっ、彼氏さんがご帰還だあ!」

「ハーッハッハッ!いよっ!太鼓の達人!」


 酒飲みジジイ程厄介な生き物も居ない。


「行くぞミナミ、皆さん今日はありがとうございまs」

「兄ちゃんも飲んでけよ!少しはいけんだろぉ!?」

「そうだそうだ、一番の功労者には一番の飲みっぷりを見せてもらわなきゃあ!」


 功労者に勝手にされたんだよなあ、捨ておきミナミの手を引く。


「今夜は彼女とめくるめくサタデーナイトフィーバーなんでそれじゃ、いやーあの腰使いときたら」

「は?」

「スンマセン」


 そこのけそこのけあそこのけと酔っぱらいを押しのけようやく外へ、つかれた。


「ひい、なんであんなとこで優雅におさしみ食べてるんだよ」

「誘われましたから」

「ほいほいついて行っちゃダメってパパいつも言ってるでしょ」

「はあい、ところでその巾着袋はなんですか」

「先祖代々語り継がれてきた四次元ポケットだ。パーパラッパッパー、トゥーントゥーン」

「そっちはコロッケの方では?」


 そうだったかな。


「花火まで後どのくらいだ」

「何時ですか今」

「ほい」


 とスマホを見せる。


「…あと一時間てところですね」

「じゃあせっかくだし海まで歩くか」

「いいですね」

「決定だ、じゃあ」


 自然に手を差し出す。


「行くか」

「……ええ」


 ふわりと重ねられる手。少し、ひんやりしてるかな。




 初日のような薄暗さではなく街灯や露店の明かりで照らされた都会では見られないゆらりとした暗さの中を歩く、暖色揃いの為か夜をあまり感じさせない。


「流石温泉街、境内を離れればそれなりに人もいますね」

「この時間帯だとみんな浴衣やら甚平やら着てるな、目立たなくて何より何より」

「くっついてるカップルも目立ちますね」

「……そ、そうだな」

「ふふふ、どうしたんですかあ?」

「ぬ、なんでもないぞ。素数を数えてたんだ、3.1415……」

「突っ込みませんよ」


 水族館のふれあいコーナーにいるナマコのように弄ばれる。




 工房があった山とは反対に歩き続けると温泉街がぷつりと途切れ海が見えた、ビーチと言うよりは浜と言った方が良さそうな海岸がぐねぐねと彼方まで続いている。


「着いたなあ、いやー真っ暗で波すら見えねえ」

「辛うじて砂浜に当たってる部分だけですね」


 ざざーんざざーんとわかめやらこんぶやらが打ち上がっている、道理でだんだん海に近づくにつれて人が減るわけだ。


「あと十分ってところですね、山から打ち上げるらしいですけどここから見えますかね」

「大丈夫だろ」


 二人して波を見続ける。




「あっ、月明かりがさしてきました。これで少しは明るくなりましたね」

「雲が晴れたんかな」


 にしてもだーれもいない、よし。


「なあ、ちょっと後ろ向いてて」

「ええ?」

「いいから、何もしないからさ」

「怪しいです、いいですか。もし変なことしたら私は遠慮なく声をあげますからね」

「わーかったから、ホレホレ」


 くるりと後ろを向くミナミ、すかさず巾着から桐の箱を。


「こっち見ていいぞ」


 向き直るミナミ、差し出されたものをしげしげと眺めている。


「……これは?」

「かんざし、ガラス製の」

「手に取っても?」

「おう」


 しずしずとかんざしを手に取る。わずかな月明かりに照らされたそれは夜に溶けるかのように煌めき、しゃらりと飾りが揺れる度淑やかな輝きをこちらに放ってくる。


「綺麗ですね、どうしたんですか?これ」

「や、ミナミに似合うかなと」

「私に?」

「制服の時も、私服の時もアクセサリー類をつけてる所を見たことないからさ。持ってないのかな、嫌いなのかなと思ってたけど」


 一度切る。


「でも昼、楽しそうにアクセサリーを眺めてたから。もしかしたら自分には似合わないとかつまんないこと思ってるんじゃないかと思って」

「…………」

「いつも和服ばっかり着てるからこれなら似合うかなと思ったんだけどさ、どうかな……」

「…………」


 俯き黙ったままだ、気まずい。


「いや、深い意味はないぞ!前々からお礼はしたいなと思っててだけど援助で貰った金でするのもおかしいかなって思ってて、それでこの前の大会でタイミングよく自由な金が入ったから」


 尚も口を噤んでいる。


「ははは、ミナミがガラス吹いてる時隙を見て買って旅館の名前言って届けさせて貰ってさ。ロマンチックにサプライズ〜なんて思ってたけど…あっはは、やっぱり俺らしくないよな。は、はは……」


 だめだ、茶化さずにはいられない。つくづく、俺は…………


「あなたが、」


 顔を上げないまま言った。


「くろうさんが、いまここでつけてください」

「うえ?」


 何を急に。


「や、付け方なんて知らないけど」

「教えますから」


 かんざしを手渡される、そのままミナミの後ろにものすごい力で連れてこられた。


「まず髪を一本にまとめて」

「はい」


 さらりと流れる髪に触れる、一日歩いた筈なのにそれはまるで絹のような手触りをしていた。


「そこからしっかり根元からねじって」

「こ、こうか?」

「見えないんですからしっかりしてください、そのままねじった中心に斜めからかんざしを刺すんです」


 さくっと斜めに刺す、そこから指示通りにねじったり一度半分外して刺し直したりして。


「できた、かな?」

「違和感もありませんし大丈夫だと思いますよ」


 向き直る、未だに顔がみえない。月明かりが影を顔に落としてしまっている。


「どうですか?」


 きらりと輝くかんざし。普段見えないうなじが覗いている、間髪入れず。思うまま、


「綺麗だ」


 と伝える。


「…………」

「…………」


 言った途端急激に顔が熱くなる、せめてなんか言ってくれ。


「……っ、えい」

「おおお」


 ふわりと前から抱きつかれた。なんだ、いきなり。そのまま背伸びし胸に耳を当てられる。


「あはは、すごい心臓の音」

「そ、そりゃそうだ。どうしたんだ……?」


 顔を覗こうと腕を動かす、が。


「だめです」


 抵抗されぎゅっとお腹に顔を押し付けられてしまった。


「なんで?」

「……今、顔を見られたくありません」

「…………そうすか」


 問い詰めず宙で止まったままの腕をミナミの背中に回す、細いな。……わずかに震えている。


「……お前も鼓動が凄いぞ、密着してるだけでわかる」

「だめです、言わないでください。聞かないでください」

「なあミナミ、綺麗だ。顔見せてくれって」

「っ、だめです…………!」


 きゅっと力が込められる、その時。山の方から光が放たれた。


「あ、花火始まったぞ」


 僅かに遅れてドンと重く響く音が、ここからでも充分綺麗に見える。よかったよかった。


「ほら、せっかくの花火だろ。見なくていいのか?」

「花火が終わるまであっち向いててください」

「無茶言うな、ほら」


 抱きしめる腕をゆっくりと剥がし横に並ぶ。


「……こっちみたら呪いますよ」

「呪われたくはないな、善処する」


 少し後ろに下がりミナミの後ろ姿へ返す。藍色の和装は夜に同化し、ミナミの白いうなじや手首を一層引き立たせていた。


「綺麗ですね……」

「そうだな」


 何が、誰がとは言うまい。暫く花火をミナミの後ろから見続ける。


「大事にしますねこれ、ちなみになんの飾りなんですか?」

「ああ、なんだっけ。そうだ」


 わざとらしくとぼけ答える。


「藤の花だっけか、藍色も探したんだけどなくてさ。似たようなのを探したんだ」


 後ろ姿だかくすりと笑われたのはわかる。


「わざとらしい……」

「なんか言った?」

「いいえ、そうですか」




 そしてまた花火を見る、色鮮やかなものから朱色のシンプルなものまで。そして数が増えそろそろラストスパートと言ったところだ。


「ミナミ」

「はい?」


 振り向かず答えが返ってくる、そのまま……


「とう」

「や、わ、あの」


 前に立つ、足を折り目線を合わせた。


「だ、だめって……」



「よく似合ってる、綺麗だ」


 やっと顔を見て言えたな。間を置いて。


「ふ、あ、ありがとうございます…………」


 一瞬花火に照らされたその顔は、驚きと照れ。目元が少し赤くなっていて、いつもとは違う鮮やかな和装も相まりーーー


「わふ」

「……お前もしたんだから、これくらいは許されるだろ」


 たまらず抱きしめる。細く、ほのかにいい香りのするミナミの身体。鼓動が小さく感じられる。


「……許しません。一生、一生覚えておいてやります」

「そうかあ、それは参ったな」

「ええ、覚悟しておいてくださいね?」


 背中に手を回された、そのまま二人で抱き合い続ける。花火が終わろうとも、ずっと、ずっと。


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