第二章 私は死んでいる
「今日も収穫無しか…。」
ホープは一人、草原で失踪事件の手掛かりを探していた。
だんだんと辺りが暗くなり、夕陽が沈む。
これ以上は危険と判断したホープは、愛馬ロウに跨り、草原を後にした。
ナザム村に戻ると、ホープが使用している宿の周りを兵士が取り囲んでいた。
「…嫌な予感がするな。」
ホープはロウを宿近くの馬小屋に繋ぎ、兵士を押し除け宿に入ると、雇い主のローリエがホープを待っていた。
「それで…事件の手掛かりを掴めたのですか?」
どうやらローリエは一向に進展のないホープに苛立っているようだった。
「ローリエ、来るなら一報を…。」
「ホープ、これ以上進展が無いようなら、報酬の減額も視野に入れますよ?
…明日からうちの兵士を一人、貴方と組ませます。多少は捜査に役立つでしょう。」
ホープの言葉を遮り、ローリエは一方的に話す。
「待ってくれローリエ、俺に兵士の監視つけて、信用できないのか?」
「ええ、信用できかねます。貴方がナザム村に居られるのは誰のおかげだと思ってるんですか?無論、私のおかげですが。」
ローリエはホープがある事件がきっかけで王国を追い出された事を知っている数少ない一人だった。そしてそれがホープにとってコンプレックスでもあったので、ローリエはわざと意地悪に言った。
「…分かったよローリエ。なるべく急ぐよ。」
ホープは困ったように頭を掻き、言った。
「そうしなさい。」
ローリエはそう言い残すと、大勢の兵士と共に去っていった。
自分の部屋に戻ったホープは愛剣を背中から外し、壁に掛ける。
するとポケットから一つのロケットペンダントが床に落ちた。
ホープはそのロケットを静かに拾い、蓋を開けると、一枚の女性の写真が貼られていた。
「…ああ。分かってる。必ずお前を迎えに行く。」
そうホープは呟くと、ペンダントを首に掛け、ベッドに横たわり眠りについた。
朝、ホープが捜索に向かおうと宿の出口扉を開けると、一人の若い女兵士が隣のベンチに座っていた。
「ああ、貴方がホープさん?私はセリーヌ。ローリエ様の私兵部隊の…。」
「聞いてるよセリーヌ。俺はホープだ。自己紹介はいいから早く捜査に取り掛かろう。」
ホープはセリーヌに目もくれずさっさと馬小屋に向かった。
馬小屋では、ロウが白い馬と戯れあっていた。
訝しんでいると、セリーヌが後から走って来た。
「…ホープさん、待ってくださいよ!一応私は貴方の監視を命令されてるんです。」
息を切らしながらセリーヌは怒ったが、ホープは無視し、セリーヌに問う。
「もしかして、この白い馬…お前の?」
やっとまともに口を聞いたホープに少し喜びながらセリーヌは答える。
「ええ、ジークって言うらしいです。
正確には、ローリエ様の馬ですが…。」
「…そうか。まさか、ロウが懐く馬がいるとは…。」
ホープとセリーヌは出発し、セリーヌはホープに疑問を投げかける。
「依頼した捜査が進まないって聞いて、怠け者かと思ってましたけど、意外とやる気満々じゃないですか。どうしてなかなか進展しないんですか?」
「……お前に話す義理は無い。」
ホープは素っ気なく返す。
「ホープさん。ローリエ様から聞きましたよ。貴方は兵士だったんですよね?どうしてこんな探偵じみた仕事を?」
どうやらセリーヌは人のプライベートに侵入している自覚が無いようだった。
しかし、その真っ直ぐな目に、ある女性の面影を見たホープは、口を開いた。
「…マリは、恋人だった。この失踪事件の被害者にマリもいたんだ。だから請け負った。
一年前、マリは死んだと正式に決定され、王国は捜査を取りやめた。俺は信じてない。それはローリエも同じだ。でも、マリの墓の前で、自分をいつまでも虐げたくなる。俺が代わりになれたらなって思うんだよ。
…いや、今思えば、マリが消えてから、俺は既に死んでいるのかもな。」
ホープは寂しげな目で言う。その様子を静かにセリーヌは見ていた。
「…ホープさんにそんな過去が…。」
「…少し話し過ぎたな。ここのサバーム草原で捜査する。」
目的地に着いた二人は、失踪事件の手掛かりを得るため、捜査を再開した。
(そう言えば、あの時も今回の様な人が消える事件だったか?)
集落の淫魔事件で昔の事を思い出したホープは、アシュに跨りながら、あの時の記憶を鮮明に思い出していった。