後藤くんと朝の会話
「疲れたぁ…もうまじ無理…癒されょ…」
教室に着いて早々に、俺は机に突っ伏していた。
心労に塗れた俺にはこの春の日差しを浴びた机の温かさが唯一の癒しなのだ。
思わず頬ずりしてしまう。すりすり。
「うっわ、きも」
そんな俺に声をかけてくる男がひとり。前の席に座る出席番号7番の男、去年から同じクラスで友人の後藤くんである。
ちなみに既に席替えしているため出席番号には特に意味はない。それくらいしか現在語れるような彼の特徴がなかったのだ。俺と同じ無味無臭。特徴らしい特徴のないごくごく普通の生徒である。つらい。
「おい南雲、お前今なんかひどいこと考えていなかったか?」
「いや、全く」
勘のいい男である。顔には出さずに俺は内心舌打ちした。
そもそも声に出して人をキモいとかいったやつにひどいこととか言われたくない。
俺のほうがよほどひどい目にあっているのだ。友人なんだしちょっとストレス解消に付き合ってくれてもいいはずだ。俺は悪くない。
「いや、だってキモいぞお前。いきなり妙な笑顔で机に頬ずりするやつがいたらドン引きするわ」
「確かに」
後藤くんの言葉は正論である。そんなことするやつを見たら俺でもひく。そして距離を取るだろう。同意せざるを得なかった。
むしろ声をかけてくれただけ後藤くんはいいやつなのかもしれない。俺は彼にプラス5ポイント付けることにした。なんの評価かは俺にもよくわかってないがとにかく俺の中で彼の印象は跳ね上がった。多分明日にはリセットされるのだろうけど。
「ふふん、もっと敬え」
「ははー!…いや、なんで俺の考えてることわかんのよ」
麻宮双子といい、俺の周りにはエスパーしかいないのだろうか。ひょっとして俺の知らないところで日夜、世界の命運を賭けた超次元バトルが繰り広げられてたりするのか?
いかん、なんかちょっとワクワクしてきた。俺にも実は秘められた能力があったりして…!チート能力でモテモテとか、ヤバいじゃん!ハーレム作れるじゃん!やったぜ!!
「いや、全部声に出てたぞお前」
「マジすか」
ジーザス。俺のささやかな期待と妄想は、10秒と持たずにあっけなく砕け散ってしまった。
この世に神はいない。俺は朝から悟りの境地にまで至っていた。今ならチートとはいわずとも、後光くらいはさせるかもしれない。
…とりあえずこれからは思ったことを口にしないように気をつけよう、うん。
それから俺は後藤くんと他愛のない話をして授業が始まる前の時間を潰していた。
本当にマジで他愛もない内容もないどうでもいい話だった。今朝のご飯のおかずとか、声優さんの結婚ラッシュが続いてショックだったとかそんなもんである。5秒もあれば忘れそうな内容だ。
朝から政治について語るとか将来楽していくら稼げるか討論するとかそんな高尚な高校生でもない俺らにはちょうどいい内容ではあるのだが、目と鼻の先でこの前街でスカウトされたとか新しいリップが良かったとか彼氏が最近冷たいとかザ・リア充な会話を繰り広げているグループをみると、ひどい格差社会だと思わなくもない。
会話の中身が違いすぎて涙が出そうだ。
まぁ話に加わる気もないのだが。リップクリームなど生まれてこの方つけたこともない。乾いた唇なんぞ舌で舐めれば充分だろうと思ってる程度には、俺はオシャレに興味もない男なのだ…威張ることではないなこれ。
口に出したらまた時雨に怒られそうだ、気を付けようと改めて誓う。
俺がそんなことを考えていると、双子姉妹率いるリア充グループを見て後藤くんがため息をついていた。
「やっぱあの双子ちゃんってレベルたけーよなー」
「顔だけはね、顔だけは」
そこだけは俺も認めざるを得ない。
ただでさえ日本では滅多に見ることのないシルバーブロンドの髪が目を惹くのに、日本人離れした容姿も加わって麻宮姉妹の人気は絶大である。
性格は姉妹でハッキリ別れているので人気も二分され、ファンの間での争いもそこまでではない。
たまに両者で熱い論争が交わされることもあるのだが、最後には互いの良さを称え合い、握手を交わすのが恒例行事と化していた。
そんなわけで二人と仲のいい俺は彼らから嫌われて…いるわけではなかった。
女子からの評判は最悪だが、男にはあいつらの情報を俺が横流ししているからである。
今日は機嫌が良さそうだったとか、ちょっと髪型変えているとかそんな些細な情報で彼らは喜んでくれるのだ。実にチョロい。
さっきまで俺を罵ろうとしたことも忘れ、興味津々といった様子で俺の話に耳を傾けるのだ。見事なほどの心変わり、手のひらの返しっぷりである。
何度も味わうと、なんだか癖になりそうな感覚だった。西軍に攻め入った小早川家を見た徳川軍も、きっとこんな気持ちだったに違いない。
彼らはきっと将来アイドルの結婚で嘆いたり、顔だけで選んだ彼女の二面性にころっと騙されるタイプだろう。間違いなく女に貢ぎ、その金を左うちわで扇ぐ女に見下されるが、それに気付かず本人は幸せな日々を送ることになるはずだ。
俺は友人達の将来を考え、全身が満たされるような感覚を覚えるのだった。
「…お前も大概いい性格してるよな」
だから考えを読まないでよ、後藤くん。
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします