麻宮姉妹とつらい朝
「朝日ちゃん、美味しい?そのサラダ、私が作ったんだよ?」
「あ、ああ。いやー朝から健康的な食事をありがとな!食べやすいし元気でてきたよ!」
「…サラダなんて誰でも作れるだろう」
俺が氷雨を褒めると、時雨がボソリと呟いた。
どこか悔しさが滲んだその呟きを、俺はスルーしたかったが、そうはさせまいとインターセプトしてくる者もいた。
時雨の妹、氷雨である。天使のような笑顔を浮かべて姉に話しかけた。だが俺の気のせいだろうか。彼女の背後に背後に悪魔がいるように見えるのは。
「ん?なにか言ったのかな、トースト焼くだけしかできない時雨お姉ちゃん」
「…朝日を起こしにいくじゃんけんに負けたやつが随分偉そうだな、妹」
「は?」
「あ?」
「いやあ!ご飯美味かったなぁ!ごちそうさま!よし、学校行こうぜ!な!」
無理だ。俺にはこの空気は耐えられない。
ギスギスしすぎだろこの空間。昔からといえば昔からだが、この双子は最近特に仲がよろしくない。それだけならまだしも、俺が間に挟まれるのだからたまったものではなかった。なんだこの罰ゲーム。
学校ではたまに他の男子から羨ましそうな目で見られたりするのだが、俺は声を大にしていいたい。それなら代わってやるからこの地獄をお前が味わえと。
食事を終えたばかりだというのに痛みを訴える胃をさすりながら、俺は椅子から立ち上がるとカバンを掴み取り、玄関へ早足で歩き出した。
こんな場所にいつまでもいられるか、俺は学校に行かせてもらう!
「おい。待て朝日」
「ぐえっ」
だが俺の目論見はあっさりと潰された。
あっさり追いついてきた時雨が、俺の首根っこを強引に掴んだのだ。予期せぬ行動に俺の首は勢いよく締まり、潰れたカエルのような声を上げてしまう。
猫のような扱いに抗議の声をあげようとしたが、俺はそのまま時雨によって廊下をUターンして引きずられてゆくことになった。
「おま、なにすんだ!」
「歯磨きがまだだろう。虫歯になったらどうする。それでなくても身だしなみはちゃんとしておけ、私が髪を梳いてやる」
…思ったよりもまともな理由でぐうの音もでない。
だけどお前は俺のお母さんか。言ったら怖いから言わないけど。
その後も食器を洗い終わった氷雨が俺たちのところへやってきてまたひと悶着あったのだが、なんとか俺たちは家を出ることができたのだった。
「疲れた、もう帰りたい…」
「なに泣き言言っている、家を出たばかりだろう」
「あ、それじゃ学校行かないで休もっか。私朝日ちゃんが眠れるように膝枕してあげるね」
氷雨がなんとも魅力的な提案をしてくれるが、それに乗ることを時雨が許してはくれない。
表情を変えることなく目だけで睨んでくる時雨の視線を受けて、おれはその甘美な誘いを丁重にお断りさせてもらった。
この双子姉妹はいろいろと対極であり極端なのだ。
正直、母親のお腹の中でさえ反発しあって生まれてきたのではないかと疑っている。
双子で足して二で割れば、きっとちょうど良い性格の、理想の幼馴染となってくれるだろう。
…でもなんかそれも違うな。
物足りないというか、なんというか。
いや、俺はドMってわけじゃないんだが。時雨といるからかたまに勘違いした同好の士と思われた輩が寄ってくることがあるのも悩みのひとつである…あれ、ひょっとしてこいつらと一緒にいてもなんにもいいことないんじゃ…
「おい、今失礼なこと考えてないだろうな」「朝日ちゃんは私と一緒にいたら楽しいよね、時雨ちゃんはともかくとして」
「…やっぱ君ら仲良くない?」
二人で俺の思考を読むのは勘弁して貰いたい。
ため息をつきながら、俺は二人からの追求をかわしていく。なんでこういう時だけこの双子はシンクロするのだろうか。
俺にだけそんな能力を発揮するのは勘弁して欲しかった。
「そもそもお前がさっさと私と付き合うことを決めればそれで済む話だろう。私は氷雨ではなくお前と二人きりで早く登校したんだが」
「あ、ひどいよ時雨ちゃん。私も朝日ちゃんと一緒に学校行きたいんだから。それで帰りもいろんなところに寄って遊んだり、たくさん甘やかしてあげるんだ~。もちろんお金は私が出すから心配しなくていいからね」
それは男の子の尊厳に関わるんで勘弁してください氷雨さん。
学校に近づくにつれて増えてきた登校中の生徒の皆さんが俺をクズを見るような目で見ているじゃないですか。
氷雨といたらいたで、俺は女の子にたかるクズ男として女子からみなされているのだ。
遠巻きに氷雨を説得している男子の姿も見たことがある。
その時俺はその場をそっと離れながら涙が一筋流れたものだ。思い出したくない黒歴史である。
賑やかで目立つ二人に挟まれた俺も学校では多少有名人であるのだが、その評判はぶっちゃけ最悪の部類である。
氷雨に金を請求するクズ男で、その金を時雨に貢いで踏んでもらっているドM野郎と影で噂になっていると聞いたときは本気で首を吊ってやろうかと思ったものだ。
その件で俺の胃の痛みがさらに加速したことは言うまでもないだろう。
生きるってなんだろう。最近はそのことを真剣に考えるようになった俺、南雲朝日の高校生活二度目の春の日の朝だった。
…疲れた。すごく疲れた。しかも別に今日だけではなく、こんなことがほぼ毎日起こっているのだから俺の苦労が分かってもらえるだろうか。
最近は真剣に胃薬の購入を俺は検討し始めている。
いくら二人が可愛かろうと、人間は修羅場に耐えられるようになどできてはいない。
俺のメンタルは常に崩壊の危機に立たされているのだ。その中で双子にとって一種の中立地帯である学校という空間は、もはや俺にとって一種の癒し空間と化していた。
俺は教室のドアに手をかけ、息を整える。さぁ、希望の未来へレッツゴー!
「なに立ち止まってるの、朝日ちゃん?」
「さっさと中に入れ、朝日」
まぁもっとも、ふたりも同じクラスなんですけどね!
双子は普通別々のクラスに配置するものではないのだろうか。
俺は運命を呪いつつ、泣く泣くドアを開けるのだった。
ブクマありがとうございます
皆さんよいお年をお過ごしください