朝日くんと人身売買オークション
「ふむ、そこは交渉次第ね。さっき私はこいつにセクハラまでされたし、その分の慰謝料も上乗せさせてもらうわよ」
「うーん、そこはしょうがないかあ。まぁ朝日ちゃんを手に入れることができると思えば安いものかな。それじゃいくらで…」
「まって、なんの話してるの?」
俺は突然教室で始まった人身売買オークションに困惑していた。
ここは現代日本、さらにいえば国から庇護されている学び舎の一角である。
未来を担う若人がしていい会話ではない。俺に限っていえば、少子化社会の救世主になるかもしれない前途有望すぎる若者なのだ。
はっきりいって今もそこで高笑いしているぼっちのような有象無象とは格が違う。
そんな人間の人権を金銭で取引するなどと、許されるはずがない。
だから今すぐその録音を消してください。お願いします。
「司法取引ってやつよ。南雲はいくら出せるの?金額によっては考えてあげてもいいけど」
こいつ、金をゆすってきやがった…!
なにが司法取引だ。インサイダー取引の間違いだろ。今すぐ逮捕されちまえ!
「えっとぉ、今お金ないから体で払うのはダメかな?あ、後払いもいいか?いくらでも充填できるからさ!」
などと言えるはずもない。なぜならこの世は弱肉強食。強いものこそが正義なのが世の理だ。
正しき者が常に勝つとは限らないのだ。悪が蔓延る世界に生を受けたことを、これほど憎んだことはない。
とりあえず俺は体を売ることにした。現物補償ってやつだ。
俺の体には黄金以上の価値があるからな。委員長にとっても決して悪い取引ではないはず…
「ハッ」
鼻で笑われた。完全に蔑んだ目をしていた。ちょっとだけ興奮する。
「な、なんで笑うんだ!俺は未来のハーレム王であってだな…」
「厨二病乙。あんた、自分の胸に手を当ててみなさいよ。そんな価値あると思ってんの?」
俺はその言葉を受け、素直に胸に手を当てる。
おっぱいがないのが残念だが、贅沢は言うまい。
うむ、見事なまでの黄金率。俺の体はまさにパーフェクトボディそのものだ。
思わず自分に酔ってしまう。
「委員長、今から抱いてやろうか?感謝しろよ、完璧な俺がお前をハーレムに加えてやろうと言っているんだからな」
「ごめん。あんた脳が胸にあったのね。底なしの馬鹿だって忘れてた私の落ち度だわ」
何故か同情した目で俺をみてきた。どういうことだ。俺はこんなに完璧な存在だというのに…
だが体がダメだというのなら仕方ない。俺はすっかり存在感をなくしていた共犯者へと声をかけた。こういうとき、彼は会話に入れない男なのだ。
「HEY!後藤くん。有り金全部DA・SHI・NA!」
「は?俺昨日新作のギャルゲー買ったばかりだから金なんてねーぞ」
ッチ!なんてやつだ。どこまでも使えない…
後藤くんに頼ろうとしていた俺が愚かだった。
やはり頼れるのは気心の知れた幼馴染のみ。俺は最後の頼みの綱である時雨へと声をかけようと…
「やはり学校の屋上がベストか…いや、駅ビルもありだな。最後に見る景色はやはり綺麗なところがいい…」
すぐに目をそらした。彼女は漆黒に染まった瞳を机に向け、ブツブツと物騒すぎることを呟いていた。
やべぇ…やべぇよ…この子即日実行する気だよぉ…
このままでは社会的どころか物理的に俺は抹殺されてしまう。
「氷雨、委員長、その取引ちょっとまって…」
「じゃあ取引成立ね、いい交渉ができてなによりだわ」
「私も嬉しいよ。ふふっ、これで朝日ちゃんが私だけのものに…」
「Oh…」
なんてこった。既に取引終了間近となっていた。
手際が良すぎる。まずい、まずすぎる。時雨の料理くらいまずすぎる…!
「だ、誰か…誰かいないのか…俺を助けてくれるやつは…」
教室を見渡すが、やはり誰も俺と目を合わせようとはしない。
ここまでなのか…俺のハーレムの夢は、こんなところで…!
視界の隅でにこやかに笑う後藤くんを猛烈にしばきたくなるが、もうそんな余力もなさそうだ。
絶望から力が抜け落ち、ゆっくりと膝をつきそうになったとき…
「話は聞かせてもらいました!先輩は滅亡します!」
ガラリと教室の扉が開かれた。
……金蔓きたこれ!!




