朝日くんと三つ巴の修羅場
「朝日、どうして他の女と一緒にいる。浮気か、浮気なのか?」
「リンゼちゃんと仲良くしてたのは知ってたけどまだ告白してないときだったから見逃してあげてたのに…これはお仕置きが必要なのかなぁ?」
「まってまってお願いマジ待ってハイライト仕事して」
怖い、めっちゃ怖いよこの双子。
目が漆黒の闇の輝き放ってるもん。ダークネスだもん。SAN値直葬ものだよこの視線。
俺はあまりの恐怖に失禁しかけていたが、俺の後ろには雪村がいたことを思い出した。
そうだ、あいつは俺を慕ってここにきたんだ。ならあいつだけでも生きて帰してやらないと…!
「雪村!せめてお前だけでも早く逃げ…」
「はぁー…修羅場最っ高…この光景だけでご飯イケるわぁ…」
振り返ってみた雪村は、何故か恍惚とした顔をしていた。
めちゃくちゃ楽しくて仕方ないといった様子だが、何故この状況でそんな顔ができるのか分からない。二人の狂気に当てられて、錯乱してしまったのだろうか。
だとしたら…それは俺の責任だ。俺がひとりの少女の精神を壊してしまったのだ。
悔やんでも悔みきれない。後悔の念にかられた俺は、雪村に謝罪せずにはいられなかった。
「雪村…すまん!こんな状況に巻き込んでしまって…責任を持って俺のハーレムに加えるから許してくれ…」
「どさくさまぎれにハーレム入れようとするとか、相変わらずですね先輩。お断りします♪」
くそ、正気だったか…イケると思ったんだが、雪村は存外タフであったらしい。
「リンゼか…お前、また朝日にちょっかいをかけようというのか。覚悟はできているんだろうな」
「朝日ちゃんはいつでもお仕置きできるものね。リンゼちゃん、お話しましょ♪」
「あは、先輩方はお変りないようでなによりです。私、すっごくワクワクしてますよぉ」
並の女性なら間違いなく悲鳴をあげて泣き崩れるだろう視線を浴びても、平然と雪村は立っていた。むしろ余裕の笑みさえ浮かべている。
これは…もしや、雪村がそうなのか?雪村こそが俺の救いの女神だったのか!
俺は一筋の光明を見出していた。
麻宮双子と対等に渡り合える逸材を、俺はついに見つけたのだ。
雪村がいれば、きっとハーレムルートへの道が開かれるはず!
三つ巴の怪獣大決戦が開幕しようとしていたが、俺は自分の明るい未来を妄想し、目の前の修羅場からは目を背けていた。
早い話が現実逃避である。南雲朝日はやはりクズであった。
「とりあえず弁明させてもらいますけど、今日は本当にたまたま朝日先輩とここで会っただけなんですよ。なにかするつもりなら、ちゃんと場所をセッティングしてからしますよぉ」
「む…」
「まぁそうよね、リンゼちゃんって用意周到なところあるし」
雪村の言葉に、双子は納得したようだった。
確かにここは天下の往来だ。昼休みで生徒が行き交う廊下のど真ん中である。密会場所としてここまでふさわしくない場所もないだろう。
もっとも今の人っ子ひとりいないのだが。この場に漂う瘴気に当てられ、全員我先にと遁走していた。我が校の生徒の危機管理能力は、存外優秀なようである。
雪村の言葉を受けて、二人の目にも光が戻ってくる。
すごいぞ雪村。頑張れ雪村。このまま二人を追い払ってくれ!
俺は雪村の小さな背に隠れながら応援に徹していた。
極力被害を避けようという魂胆である。実にゲスい。
「で・もぉ。せっかくこうして高校で再会できたことですし、私としては中学の時と同じくらい。むしろもーっと朝日先輩と仲良くなりたいなぁ、なーんて」
「ゆ、ゆゆゆゆ雪村!」
そう言って雪村は背後に隠れていた俺に抱きつき、密着してきた。
むぎゅっと大きなお饅頭が俺の胸の中で潰れていく。
はわわわ…やわらけぇ…やわらけぇよぉ…
ここが桃源郷か…俺は至福の時を味わっていた。
「そうか、やはり貴様は敵だったか」
「そういうことするのね、リンゼちゃん。あなたとは仲良くできると思ってたのに」
だがすぐにフィールドチェンジが行われた。
桃色の理想郷は彼女たちの魔眼により、闇が蠢く伏魔殿へと塗り替えられたのである。
より深き深淵を覗かんとして双子の瞳は異界へと繋がっていく。
そのブラックホールアイズのフィールド効果により、俺は幼児退行をおこしてしまう。
己を守ろうとする本能のなせる技だった。
「雪村ママァッ!助けて、あの子達が俺をいじめるよぅ!」
恥も見栄もかなぐり捨て、俺は後輩に助けを求めた。
だって怖いんだもの、怖いんだもの!
今も俺を濁った瞳でじっと見てくるその視線に、凡人でイケメンで未来のハーレム王たる俺が耐えられるはずがない。
ようは適材適所だ。俺は金髪ツインテールの後輩に全てを託すのだった。