麻宮姉妹と朝の胃痛
「おい、朝日。起きろ、そしてさっさと私を選べ」
朝目覚めて開口一番、俺はそんなことを言われていた。
ついでにいえば胸ぐら掴まれるおまけ付きだ。優しい朝の目覚めとは程遠い。
朝日を浴びてキラキラと輝く銀髪や、日本人離れした綺麗な顔立ち。さらにいえば美少女幼馴染に起こされるという魅力的な要素満載なはずなのに、冷たく見下ろしてくる無表情の鉄面皮の前では、魅力半減どころの話ではない。
むしろ妙な威圧感さえあり、正直言って朝からちびりそうになっていた。
「おい待て時雨。離してくれ。これは断じて幼馴染を起こしに来る女の子のやり方じゃない。俺の夢を壊さないでくれ」
「なに言っている。起きないやつを起こしにきたのというのに。現にお前はこれで目が覚めたんだ。礼をいわれることはあっても、文句を言われる筋合いがどこにある」
悔しいことに正論である。
麻宮時雨という少女は真面目な優等生として知られており、学校では風紀委員に所属している。
そんな彼女にとって幼馴染がだらしなく不真面目であるということはどうにも許せないことらしい。たびたびこうして朝から部屋に不法侵入され、起こされることがあったりするのだ。とはいえここまで乱暴な起こされ方は記憶にない。
どうにもあまり機嫌がよろしくないようだった。時雨は普段からほとんど表情が変わらないだが、そこらへんの感情の動きを多少なりとも感じられるようになったのは、幼馴染ゆえだろうか。あまり嬉しくない特権だった。
「まぁそうなんだけど…てか時雨、なんか機嫌悪くない?」
「…お前、さっきの私の言葉を聞いていなかったのか?」
仕方のないやつだと、時雨がため息をつく。どうやら呆れているようだ。
自慢ではないが俺は記憶力はよくはない。起き抜けならなおさらだ。いや、ほんとに自慢ではないのだが。
「さっさと私を選べと、そういったんだ。氷雨ではなく、この私をな」
そう言って俺の目を時雨は覗き込んでくる。綺麗な青い瞳と視線が重なった。
まっすぐ見つめてくる時雨になんとなくいたたまれなくなり、俺は思わず目をそらす。
「いや、そういってもだな…どっちも付き合いの長い幼馴染だし、そう簡単に選べるかよ…」
「なにを迷う必要があるんだ?私は男を立てる女だぞ。伴侶としてこれ以上相応しい相手などいないと思うが」
えらい自信だ。それが正しいことだと信じているようで、自分の言葉を疑う素振りすらない。
胸を張って話す時雨を見ているとほんとにそうだと信じてしまいそうになってしまった。ついでに胸を見てしまうのはしょうがないとも思う、だって大きいんだもの。
「伴侶って、かっとびすぎだろ。氷雨だって悪いやつじゃないし、そりゃ迷うって」
「氷雨は駄目だ。あいつは男を駄目にするやつだぞ。ダメンズというやつだ」
「実の妹にえらく辛辣っすね…」
俺は朝からげんなりしてしまう。
ちなみに時雨の妹、麻宮氷雨からの姉の評価も似たようなものだ。そういう意味では、どうやら似たもの姉妹らしい。
「まぁ恋敵でもあるしな。というか、いい加減さっさと起きろ。時間がそろそろまずい」
「げっ、本当じゃん」
時計を見て、俺は慌てて跳ね起きる。
確かにヤバそうだ。すぐに服を着替えはじめるが、そんな俺を尻目にさっさと時雨は部屋を出て行った。どこまでもクールな幼馴染である。
「とはいえちゃんと選ばないといけないよなぁ…」
着替え終えた俺はカバンを持って、階段を下りていく。
最近の俺の悩みの種。それは同い年の幼馴染であり、学校でも人気の美人姉妹に同時に告白されたことであった。
「あ、おはよ~朝日ちゃん。いい朝だねー」
朝食を食べるべくリビングに入った俺を、のんびりした声が出迎えた。
平坦でどこか冷たささえ感じる時雨とは真逆のボイスだ。その発信源はムスっとした顔をしている時雨の隣である。並んで座るもうひとりの少女は、時雨と瓜二つな顔を持つ、銀色の髪をした美少女だった。
その少女こそ見るものを癒す魅惑の微笑みを常に浮かべる、俺のもうひとりの幼馴染であり、時雨の双子の妹。
美人双子姉妹の片割れ、麻宮氷雨である。
彼女はコーヒーを片手に、俺に向かってゆっくりと手を振っていた。
「ああ、氷雨。おはようさん」
無表情な時雨と真逆の穏やかな表情を見て俺も思わず笑みを浮かべそうになるが、時雨からの強烈な殺気を感じ、咄嗟に表情を引き締める。
時雨は満足げな顔をしていたが、氷雨はそんな俺をきょとんとした顔で眺めて、やがてポンと相槌を打った。
「あ、そっか。時雨ちゃんがまた怖い顔をしてるから朝日ちゃんも怖がってるんだね。ダメなお姉ちゃんだなぁ。私からちゃんと言い聞かせておくから、安心してね。将来朝日ちゃんのお義姉ちゃんにもなるんだから、今からちゃんとしつけしないとね」
「……氷雨、貴様」
「なあに、時雨ちゃん」
…何故だろう。まだ朝だというのに、妙に胃が痛い。
氷雨は普段は天使といっていいほど慈愛の精神を持つ少女なのだが、双子の姉である時雨に対しては一切の遠慮を見せない。周囲に対する善の心を、姉に毒を吐くことで中和しているのかもしれなかった。
それも天然なのか素なのか分からないからある意味タチが悪い。というか怖くて聞けない。
ちなみにこの姉妹はここまで一度も視線を合わせていない。ピリピリした空気が漂い、妙な緊張感がリビングを支配している。
もう逃げ出したかった。いや、俺は逃げる。逃走経路は確保しているのだ。問題はない。というわけで――
「あー、二人は相変わらず仲良さそうだし、俺はもう先に行こうかなーなんて…」
「朝日」「朝日ちゃん」
二人の声がユニゾンした。さすが双子だ。妙なところで息はぴったりであるらしい。だがそれを俺で発揮しないで欲しかった。だが、俺も負けるわけにはいかない。主に俺の胃のために!
「いや、そのー」
「座れ」「座って」
「…はい」
知っていた。双子からは逃げられない。
黒い眼差しを放つ二人の視線にさらされながら、俺は泣く泣く椅子へと座るのだった。
今回はラブコメものです
シリアスではありません、多分