ホールケーキ
次の日を迎えても彼女の手は灰色のままだった。
何でそうなったのか彼女に尋ねても良いが、理性が邪魔して質問が喉から出ない。
朝起きた時から彼女はベット脇のパイプで作られた椅子に座っていて、何だか安心した。
看護士さんが運んできてくれた朝食にデザートとしてカットリンゴが付いていた。
食べるか尋ねると、小言を言うように食べるとだけ言って小さな口でリンゴを齧っていた。
その様子はなんだかリスやウサギに似ていると思った。
彼女は特に何もすることはなかった。強いて言えばゴールデンウイークの晴れ晴れとした青い空を眺めていた。
そんな彼女を眺めて午前中を過ごした。
正午、昼休憩をお見舞いに使ったおっさんが来た。
可愛い死神が見えるようになったので、ホールケーキを買ってきてくれないかと三枚の英夫を渡すと、おっさんが困るな言っていた。
おっさんが困る一番の原因は轢いた僕が死んでしまうという事だろう。
それでもおっさんは夕焼けのチャイムが鳴るころに、ホールケーキを買ってきてくれた。
ホールケーキと引き換えに診断結果を手渡した。
おっさんは安堵の表情を浮かべると帰って行った。
少しだけ申し訳ない気がした。
そんな思いを胸の内に秘めていると、6時間くらい口を閉じていた彼女が口を開いた。
6時間前に開いたのは、デザートのカットオレンジを食べる為だ。
「貴方が死ぬとき、この世界から消えるようにしましょうか」
彼女の言った事がよく分からなかった。
「普通は貴方が死んだ後に残ったエネルギーを私が吸うのですが、昨日みたいに直接吸えば、貴方は元から存在していなかったことになりますよ」
悪魔の誘い。きっと普通の人間ならばそう思うだろう。だけれど誰も辛くならない、悲しくならないなら、僕はそれを選択する。
「ならそれでお願いするよ」
「消えたい予定日とかありますか?」
「退院した後の晴れた日が、青空が広がっている時がいいな」
「分かりました、覚えておきます」
「誕生日おめでとう」と彼女の誕生を祝福した。
ホールケーキの4分の1を僕が、4分の3を彼女が食べた。
「初めて食べましたが美味しいものですね」
彼女は当たり前の事を言ったのだけれど、それが何故か不憫に思えて僕が消える前に彼女と美味しいものを食べたいなと思った。
また僕が眠っている時に手を握っていて欲しいとお願いした。
どうなろうと握っていてくれるだけで、彼女の体温を感じるだけで安心して眠りにつけるのだから。




