名探偵・天草四郎:2人の宮本武蔵の謎
カチッ……。
霊巌洞の入口付近に仕掛けられし、火炎放射の罠を何とか突破した宮本武蔵(自称)・天草四郎(自称:森三郎)・恐竜系知的生命体の一行であったが、早くも疲れ気味の恐竜系知的生命体が小休止を取ろうとして壁に手を触れた時、その音がした。
「ぴ……ぴぎゃっ……?」
「馬鹿者〜‼ うかつに壁に手を触れるでない〜ッ‼」
ゴンッ‼
背後から轟音がした。
「走れ〜ッ‼」
「お待ち下さい、武蔵様……」
「ん?」
後方の床には巨大な鉄球がメリ込んでいた。
2つ目の罠は、床の強度不足により発動しなかった。
「助かりましたな……。ですが、あ……あと、いくつ罠が有るのでございましょう……?」
洞窟を下りながら天草四郎は、ゲッソリした口調でそう言った。
「待て、早くも、3つ目の罠じゃ……止まれ」
宮本武蔵(自称)が、そう言った。
床には何か透き通ってはいるが光を反射するものが無数に有った。
「こ……これは……」
「ガラスの破片が床にバラ撒かれておる……草鞋や素足で、ここを通ると……」
「では……もし、2つ目の罠がマトモに動いておれば……」
「ああ、背後から来る鉄球より慌てて逃げんとすれば、ガラスの破片が足に突き刺さる、と云う寸法じゃ……」
「じ……地味に嫌な罠でございますな……」
「さて、何か、ここを通る手は無いか喃?」
「壁に下駄がいくつかブラ下っておりまする」
この先に居るらしい「もう1人の宮本武蔵」も、どうやら、ここから出る時や「招かれざる客以外の客」が来た時の事は考えていたようであった。
3つ目の罠は、案外、簡単に突破出来たやに見えたが……。
「ぴ……ぴぎゃ?」
「どうした?」
足の構造が人間と違う為に下駄を履けない故、四郎に背負われている恐竜系知的生命体が何も無い空間を指差した。どうやら、人間とは異なる視覚を持つ彼ないしは彼女には危険と思しき「何か」が見えているようであった。
「何か、おかしか物でも見付けたとか? でも、何も無かぞ」
「待て、手を延すでない‼ それと……下れ‼」
宮本武蔵は、そう言うと、何も無い空間を刀で斬り付け、次の瞬間、後に飛び退いだ。
ぴんっ‼ ぴんっ‼ ぴんっ‼
ひゅんっ‼ ひゅんっ‼ ひゅんっ‼
だが、宮本武蔵(自称)の袖や袴が、わずかながら「何か」に切り裂かれている。
「な……なんで、ございますか……この音は?」
「漆を塗り付け黒くした細いが丈夫な針金よ。それが、辺り一面に張り巡らされておったようじゃ」
「で……では……」
「もし、2つ目の罠が動いておった場合、鉄球より逃げんとすれば、足の裏にガラスの破片が突き刺さり、それで、よろめいた挙句に、目に見えぬ鋼線に体をズタズタにされる、と云う訳じゃ」
「一体全体、もう、お一方の『宮本武蔵』様とは……どんな御方で……。何をすりゃ、こんな意地の悪い事を思い付けるとですか?」
賢明なる読者諸兄諸姉は既にお気付きの事と思うが、「相手を追い詰めた先の床にガラスの破片が」と云うアイデアは、韓国映画「守護教師」より拝借しました。イム・ジンスン監督と主演のマ・ドンソク兄貴に、この場を借りてお礼を述べる次第であります。
「あと、1つ罠が有るとすれば何かの?」
一方、宮本武蔵(自称)は、天草四郎の質問に答えず、厳しい表情を浮かべた
「あと1つの罠……にございますか?」
「最初は『火』。硬き鉄球は『地』。透き通りしガラスは『水』。目に見えぬが存在しておる鋼線は『風』。……では、残る1つの『空』の罠は何じゃ?……『有って無き罠』『空っぽの罠』とは一体全体……?」
宮本武蔵(自称)は、顎に手を当てて、考え込みながらも、洞窟の中を進んでいった。
その時、天草四郎が何かに気付いたような表情になり、手にしていた松明を床に捨てた。
「武蔵様ッ‼ お気を付け下さいッ‼」
「うん? うわっ⁉」
天草四郎は、落下しつつ有った武蔵の腕を掴んだ。
「『有って無き罠』『空っぽの罠』と言われて思い付くモノは唯1つ……落とし穴にございます……」
この男、学問とは無縁だった為に、語彙が少ない≒ツッコミ力が残念なだけで、丸っ切りの馬鹿では無かった。
肥後細川家に仕官している、もう1人の「宮本武蔵」と対決せんとしている宮本武蔵(自称)こと「作州牢人・平田武蔵政名」。
それに、成行きで巻き込まれた、実は生きていた天草四郎(自称:森三郎)。
他に行く当ても無いので、この2人についてきている「忍法・異世界転生」によりこの世界に召喚されし恐竜系知的生命体。
この3人は、もう1人の「宮本武蔵」こと「播磨出身の新免武蔵玄信」が居るらしい霊巌洞の最深部に辿り着いた。
「よく来られたな、もう1人の『宮本武蔵』殿」
妙に甲高い事が響く。
洞窟の奥には、宝蔵院胤舜に匹敵する体格の、わざと汚ない格好をしているようにしか思えない、髪の毛が残念な事になっている老いた侍が座っていた。
「貴様ッ‼」
「お待ち下さいッ‼ 武蔵様ッ‼」
もう1人のデカくて汚い方の武蔵目掛けて駆け寄らんとする小柄で小綺麗な方の武蔵……。しかし、天草四郎は、慌てて襟首を掴み引き戻す。
ガンッ‼ ガンッ‼ ガンッ‼ ガンッ‼ ガンッ‼
音と共に、壁より無数の槍が出現した。
「何じゃと……」
「もう御一方の『宮本武蔵』様が、意地の悪か御方なら、こちらの武蔵様に『罠は5つ』と思わせて、もう1つ罠を用意するのでは、ございませんか」
「……三郎殿、お主……丸っ切りの馬鹿では無いようじゃの」
「四郎にございます」
天草四郎、馬鹿では無いが、粗忽ではあるやも知れぬ。
「さて、もう1人の『宮本武蔵』殿、今頃になって、何の御用にございますかな?」
「知れた事、拙者の名を騙る貴公を成敗しに参ったのよ」
「何を言われますか? 貴殿と拙を並べて、肥後細川家中の方々に『はて、どちらが『宮本武蔵』であろうか?』と聞けば、どのような答が返って来るかは明らかでござろう。貴殿は、今や、御自分を拙じゃと思い込んでおる(差別用語につき自粛)にござる」
「ふざけるなッ‼」
「では、伺うが、そもそも『宮本武蔵』とは、何者でござろうか?」
「何? そうじゃな……例えば……我が名を高めたるは佐々木小次郎との勝負。ならば、佐々木小次郎を倒した者こそ『宮本武蔵』であろう」
「面白い事を申される喃、もう一人の『宮本武蔵』殿。貴殿が『佐々木小次郎を倒したるは我なり』と云う確たる証拠を持っていたとしよう……それ位の事で、世間が貴殿を『宮本武蔵』と認めると思われておるのか?」
「何を言うておる?」
「例えばじゃ……もし、仮に、世間の者の……全てとは言わぬまでも7割5分は『1+1は3じゃ』と信じておったとしよう。では……その際に、貴殿が『いや、違う。1+1は2じゃ』と、動かぬ証拠を世間に突き付ければ、どうなりますかな?」
「そ……それは……」
「貴殿も薄々判っておろう。そうなれば、貴殿が『1+1は2じゃ』と、動かぬ証拠を世間に突き付ければ突き付けるほど、世間の者達は、貴殿を(差別用語につき自粛)扱いするであろう。『何ムキになってんですかwwwww』とかSNSに書き込む者も大量に出ようて」
「うるさいッ‼ そんな事が有る筈は……」
「山程、有ったから、拙を倒さんと、わざわざ、ここまで来られたのじゃろ?」
「……うぐっ……」
「貴殿が一番思い知っておられる筈。仮に貴殿の妄想が真実で、舟島で佐々木小次郎を倒したのが貴殿なりと云う動かぬ証拠が有ろうとも、今や、真の宮本武蔵は拙であり、貴殿は、己を宮本武蔵と信じておるだけの狂った哀れな老人よ。いい加減、大人になられよ、もう1人の『宮本武蔵』殿。その齢で厨二病はみっとも無いと存ずるが……」
「な……なにが、厨二病じゃッ‼」
「世間が白を黒と言うなら、己も黒と言うのが大人で、その白が本当に白でも、白である証拠を世間に突き付けんとするのは、反抗期のガキだけにござるよ。貴殿は、その齢で、まだ、チ○チ○の皮が剥けておられぬのか?」
「む……武蔵様……俺は無学ゆえ、御二方が何を言い争われているか……良く判りませぬが……」
天草四郎は、小柄で小綺麗な方の宮本武蔵に、そう声をかけた。
「な……なら、黙っておれ……」
「ですが……俺には……武蔵様が、既に、負けを認めてしもうておるように見えまする」
「……あ……いや……そんな……筈は……」
「いっそ、この先、『天下一の武芸者・宮本武蔵』ではなく、どこの誰でも無い『作州牢人・平田武蔵政名』として生きていかれた方が……武蔵様も、楽しゅう心穏やかに生きていく事が出来るんじゃなかとですか?」
「そうか……いささか癪だが……そうかも知れぬな……」
「でうす……いや、何でも有りませぬ、言い間違えた。お天道様が、もう1人の武蔵様の事ば、悪い人じゃと思われたんなら、その時は、もう1人の武蔵様に天罰か何かが下りましょう。でも、そうじゃなかなら、俺達が、もう1人の武蔵様を罰っして良いのでしょうか?」
「お主の言う通りやも……」
「いや、待て、話の前提が、そもそも間違っているから、話は最初からやり直しじゃッ‼」
その声は、大柄で汚ない方の宮本武蔵の背後の辺りより響いた。
「誰じゃッ⁉」
「どなた様で⁉」
「ぴぎゃッ⁉」
「そもそも、どこから入ったッ⁉」
「勝手口が開いておった」
「勝手口⁉」
「それは兎も角、儂を見忘れたかッ⁉」
「だから誰じゃッ⁉」
「以下同文じゃッ⁉」
「あ……しもた……。確かに言われて見れば、数十年ぶりじゃから、すぐには判らんか……。じゃが、ある意味で、デカか方の宮本武蔵の言う事は正しか。確かに、この数十年、儂が生きている証拠をば、何人もの人間に突き付けたが、どいつもこいつも、儂を『己を佐々木小次郎じゃと思い込んじょる(差別用語につき自粛)』扱いしてくれたわッ‼」
「ま……まさか……」
「貴公は……まさか……」
「ようやく、儂を思い出したかッ、宮本武蔵その1・その2‼ 実は生きておった巌流・佐々木小次郎じゃ‼ 儂も、この齢じゃ。先が長くなかけん、冥途の土産に、貴様らの命をもろうて行くッ‼」
「くくくく……かつて、一度、倒した相手に、むざむざ殺られる宮本武蔵と思われたか、実は生きておった佐々木氏」
そう言って、大柄で汚ない方の宮本武蔵は、自分の体の両側に置いてあった2本の櫂の木刀を手に立ち上がる。
「敗れたり、宮本武蔵その1‼ この狭い洞窟で、そんなにデカか木刀を、どうやって振り回すつもりじゃッ⁉ まこと、短小包茎ほど、デカか武器ば使いたがり、pixivあたりにフタナリもののエロ画をUPする時にはナニを『女子の穴に入れたら傷害致死確実』級にデカく描きたがるとは、この事じゃッ‼」
「それは、貴殿とて同じであろう、実は生きておった佐々木氏‼ 貴殿の物干し竿なる長刀も、ここでは満足に使えまいッ‼」
「マヌケがッ‼ 儂は、元々、富田流の小太刀の使い手じゃッ‼」
「あ……しもた……」
宮本武蔵(小柄で小綺麗な方)・天草四郎(自称:森三郎)・恐竜系知的生命体は、大柄で汚い方の宮本武蔵と、実は生きていた佐々木小次郎が喧嘩を始めた隙に、霊巌洞を脱出した。
「のう……天草四郎殿……。もし、お主以外の誰かが『我こそは天草四郎なり』と名乗ったとしたら、どうする?」
「俺は生きちょる事がバレたら、天下のお尋ね者になりますけん……さて……これ幸いと別人として生きるか……そんな危なか真似をするマヌケを止めに行くか……どっちか……ちょっと、お待ち下さい」
「気を付けられよ……お主の目は、その若さにも関わらず、まるで、戦乱の世の生き残りの如き目……あまりに多くの人の死を見てしまった者の目じゃ。見る者が見れば……天草の乱に関わりが有る者と看破しようて……」
「……は……はぁ……気付かれていたとですか……。それは、そうと、結局、佐々木小次郎様を倒したのは、どっちの宮本武蔵様じゃったとですか?」
「忘れた」
「まさか、2人がかりで倒したとか云う事は……?」
「だから、忘れた」
その時、天草四郎は、ある事を思い出した。
「も1つ聞いて良かですか?」
「何じゃ?」
「何で、武蔵様は、この前、戦った柳生の2人組の技を『大柄な者が小柄な者の姿を隠すのが秘訣』じゃと御存知じゃったとですか?」
「ん? 何が言いたい?」
「あの技は……元々、武蔵様達の技で、柳生は、それを盗んだんじゃなかとですか? じゃから、柳生はあの技の秘訣を良く知らず……武蔵様の方が、あの技の秘訣を知っとった……。宮本武蔵とは、元から……デカか武蔵様と、小さか武蔵様の2人で1つの名前じゃなかとですか?」
「忘れたわ。お主と昔の相棒に言われた事で、全てフッ切れたわ。儂は、これから、誰でも無い1人の老人として、宮本武蔵ではない儂の人生を楽しむ事にするわ」