寛永心霊譚:柳生十兵衛と過去の柳生十兵衛と未来の柳生十兵衛
「この調子なら、明日には、熊本城下に到着出来ますな。そこから霊巌洞に向かいましょう」
天草四郎(自称は森三郎)と宮本武蔵(本物かは不明)と恐竜系知的生命体の一行は、夕暮れ時の街道をとぼとぼ歩いていた。
「誠にすまんな、四郎殿」
「三郎にございます」
「時に気付いておるか、この殺気を……」
「えっ?」
その時、前方よりこちらに向って刀を手に駆けてくる旅姿の侍達が有った。
大柄な者と小柄な者の2人組で、小柄な方が前で大柄な方が後だ。
「見付けたぞ、自称・宮本武蔵‼ 覚悟いたせ〜ッ‼」
「おい、四郎殿、烏天狗。奴らの狙いは拙者じゃ。お主は、道端にでも隠れておれ」
「くどいようですが、三郎にございます」
だが、次の瞬間……。
ぶんっ‼
前方に居た小柄な方が手にした刀を投げる。
だが、武蔵は、その刀を避け、自分の刀を抜いた。
続いて、武蔵が小柄な方の侍を攻撃した瞬間……その侍は自分の頭上で両手を合せる。
そう、この技こそ、彼の名高き柳生新陰流の極意・真剣白刃取りである。
だが、問題が1つ有った。
宮本武蔵(自称)は、この小柄なる侍より、更に小柄だったのである。
「……自分より背が低い者を相手にしておるのに、上からの攻撃を防ぐ技を使うマヌケが居るか?」
だが、1人目の襲撃者は何かを言おうとしていた。口の形からすると「い・ま・だ」と言いたいらしいが、武蔵(自称)の剣が下の方から深々と喉を貫いている為、声を出す事は出来ない。
「うおおおお〜ッ‼」
後に居た大柄な侍が、1人目の侍の背に足を乗せ……。
だが、宮本武蔵は、次なる襲撃者が踏み台にしている1人目の侍(既に死体)の足を払う。
「うわあああああ〜ッ‼」
死んだ仲間の体を踏み台にして、上から武蔵(自称)を攻撃せんとした2人目の侍は、肝心の踏み台が崩れた事で、地面に落ちた。
「1人目の体で、2人目の姿を隠す事が要諦の技で、何故、図体のデカい方が2人目をやる?」
宮本武蔵(自称)は、地面に倒れた2人目の侍に刀を突き刺した。
「これで、刺客人が勤まるとは……太平の世とは寂しいものよ喃」
「流石は、自称とは言え宮本武蔵。この者達など敵では無かったか」
だが、実は、更に背後に3人目が居たのであった。刀の鍔を眼帯代りにしている精悍なる容貌の三〇台半ばの侍である。
「判った、判った。田舎芝居の如き、クサいセリフは良いから、さっさとかかって来んか、柳生十兵衛殿」
「あの……これは一体全体……」
「ぴぎゃ……」
何が何だか判らずツッコミを入れる天草四郎と、心配そうな声を出す恐竜系知的生命体。
「いや、ちょっと……拙者の偽物を成敗に行く前の景気付けに……少しばかり江戸で柳生宗矩の門弟どもを可愛がってやってな……」
「お待ち下さい‼ 将軍家指南役の門弟に……喧嘩を売ったとですかッ⁉」
「ああ……結果的には、そうなるな」
「そう云う訳だ。自称・宮本武蔵の連れどもよ。我が門弟達の仇、ここで討たせてもらう」
だが、この時、天草四郎の顔を見た、柳生十兵衛は、何故か、首を傾げた。
「仇?」
「あ〜……その……死んだ者も居ると云う事ぢゃ」
「死者一五名、不具となった者は、その倍以上。戦乱の世の合戦もかくやと云う真似をやっておいて『死んだ者も居る』とは、ご謙遜も結構なれど、やり過ぎれば冗談にしか思えませぬぞ、自称・宮本武蔵殿」
「お待ち下され、宮本武蔵を名乗る御老人。十兵衛兄者を討たねばならぬのは、この柳生兵助厳包。ここは拙者に勝負を譲っていただけまいか?」
更に、齢の頃、二〇少し前の若い侍が現われた。
「これは懐かしや、尾張柳生の兵助か……。しかし、己を討たねばならぬとは、どう云う事かな?」
「十兵衛兄者には怨みは有りませぬが、事情はお判りの筈。いざ、尋常に勝負して下され」
「いや、さっぱり判らん」
「早い話が父親同士の啀み合いの結果にござる」
「あぁ……何となく判った。そうであれば仕方無い」
賢明なる読者諸兄諸姉におかれては、既に御存知の事であろうが、一応の解説を行なう事にしよう。
十兵衛達、江戸柳生は将軍家指南役、一方、兵助達、尾張柳生は尾張徳川家の指南役。だが、柳生新陰流の正統を継いでいるのは尾張柳生。即ち、柳生新陰流が2つに分れ、しかも、どちらが格上かがややこしい状態になっているのである。これで、両派の間で啀み合いが起きない訳が無い。
「まぁ、身内の喧嘩なら、勝手にやっておいてくれ。拙者達も勝手に見物させていただく」
「いや、でも……」
「四郎殿、江戸柳生と尾張柳生の跡継ぎ同士の勝負ぞ。見ようと思って見れる見世物では無いぞ」
「三郎にございます」
「待たれよ、尾張柳生。御事も中々に出来るようだが、まだ、兄上には及ばぬ。そこで、兄上と、この柳生左門友矩の勝負を見物しておるが良い」
そこに、更に新たなる侍が現われた。
「左門……友矩? はて? 柳生一族に、そのような御仁は居りましたでしょうか?」
兵助は首を傾げる。
「居たじゃろうッ‼ 己の弟じゃッ‼」
十兵衛がツッコミを入れる。
「記憶にございませぬ」
「居たは居たが、死んだ筈じゃぞ、こいつは幽霊か?……それに……」
続いて、宮本武蔵(自称)がツッコミを入れる
「しかし、美しか御仁ですな……『女子と見まごう』とは、あの御仁のような……」
天草四郎は、柳生左門の容姿を見て、そう感想を述べた。
「いや、そりゃ、女子と見まごうのは当然じゃろ、どう見ても、ヤツは女じゃ」
「いや、美しか方ですが、男では?」
「女じゃ」
「そうは思えませぬが……」
「そなたの目は節穴か?」
「五月蝿い。私は男だ‼ どう見ても男にしか見えぬであろう⁉ 耄碌されておるのか、御老人⁉」
「それにどう云う事じゃ? あの左門友矩を名乗る女子、そなたに良く似ておるぞ、四郎殿」
「三郎にございます。……しかし、そんなに似ておりますか?」
賢明なる読者諸兄諸姉におかれては、既に御存知の事であろうが、この時代の日本にはガラス鏡は、まだ、ほとんど普及しておらず、鏡と言っても写りが悪い金属鏡が大半であった。ましてや、天草四郎の生まれ育った家は、没落した下級武士。天草四郎が、自分の顔を良く知っている筈など無かった。
「え〜っと……その……つまる所……この左門友矩なる御仁は、十兵衛兄者の弟なのですか、それとも妹なのですか? 果たまた、十兵衛兄者の亡くなった弟を名乗る別人……」
何とか状況を理解しようとしている兵助であったが……。
「聞くなッ‼」
十兵衛はそう叫んだ。
「はっ?」
「どこの家にも、他人に詮索されたく無い事の1つや2つ有ろう‼ 察してくれい、兵助‼」
「あの……十兵衛兄者……」
「何じゃ……」
「他人と言われますが……江戸柳生と尾張柳生は、親戚にございます」
「あ……」
「あと、俺と、その左門なる御仁が似とるらしか事も詮索せん方が良かでしょうか?」
「詮索されても、何故、お主と左門が瓜二つなのか、己にも、さっぱり理由が判らん」
「では、その左門殿なる御仁は、そもそも、男なんか女なんか……」
「それを詮索すれば、貴様の命は無いものと思え。真実に辿り着けずとも、詮索しただけでも、江戸柳生総力を上げて、貴様を抹殺する」
「では、兄上、余計な話も済んだご様子故、さっさと刀を抜かれよ。兄上と父上への怨みの数々、ここで晴らさせてもらう」
「父と兄への怨み? 一体何が……?」
兵助が当然の疑問を口にする。
「聞くな‼」
「聞くな‼」
十兵衛と左門が同時に答える。
「十兵衛兄様‼ 左門兄様‼ おやめ下さいませ〜ッ‼」
その時、地響きと共に現われたのは……宝蔵院胤舜すら遥かに上回る体格の、いかついが、どこか愛嬌の有る顔の……若い女であった。
「茜‼ 来るなッ‼ そなたに兄上が死ぬのを見せとうないッ‼」
「茜殿……? はて、そのようが御仁が、江戸柳生に居たなど聞いた事も……」
「聞くな〜ッ‼ 聞くな、兵助‼ たのむから、これ以上、我が家の事情を詮索せんでくれ〜ッ‼」
「やめて下さいませ〜ッ‼」
「おのれ、兄上‼ 茜は私のものじゃ〜ッ‼ 兄上になど渡さん‼」
そして、十兵衛と左門、そして、その2人を止めようとする茜の三つ巴の戦いが始まった。
だが、しばし後……三人の豪傑も、流石に息切れをし始めた頃……。
「が……眼帯は……どこじゃ……? 己の……あの眼帯が無いと……大変な事に……。いかん……しかも……日が既に沈んでおる……」
乱戦の中、いつの間にか十兵衛の目の眼帯が外れていた。しかし、その眼帯の下の目は……濁っている訳でも、傷付いている訳でもなく、塞がってもおらず、焦点も合っているようで……早い話が、周囲の者達からすれば……正常な目にしか見えなかった。
「ぴぎゃっ?」
乱戦の中、十兵衛の目から外れた眼帯は、たまたま、恐竜系知的生命体の足下に転がっていた。
「おお、そこに有ったか……早く、その眼帯を……。天海僧正より授かりし、真言密教の秘呪が込められし眼帯が無ければ……ヤツらが……」
「はて? 天海は真言では無く天台の坊主では無かったか?」
宮本武蔵(自称)が疑問を口にした。
「どこの宗旨にも他宗の者に詮索されとうない事情の1つや2つ有るじゃろう‼ 察しろッ‼」
「あの……それと……ヤツらとは……その……つまり、この気色悪い者どもの事で……?」
いつの間にか、辺り一面に、腐乱死体の如き姿の半透明の者達が現われていた。
「なんじゃ……これは?」
「判らんが……幼き頃より……己の片目は、こいつらを見る事が出来た……そして……こいつらは、こいつらの姿を見る事が出来る者に寄って来る習性が有り……しかも、こいつらが見える者の近くでは力を増すらしい……」
「で……では、その……」
「そうじゃ……己の周囲では、こいつらにより、人が次々と憑り殺される……。それを防ぐ力が有るのは……その眼帯のみ……」
「チビ介〜、はやく、それを、その御仁の目に付けろぉ〜‼」
亡霊の如き者達は、一同の身に段々と迫って来ていた。
「ぴぎゃっ‼」
「おお、すまぬ……これで……あ……しもうた、逆の目に付けて……」
その時、亡霊の如き者の一体が、十兵衛の体に入り込んだ。
「ぐえっ‼」
十兵衛の口から絞め殺される鶏の如き苦鳴が出たかと思うと……十兵衛の片目が赤く輝いた……。
「ごああああああッ‼」
続いて、獣の如き咆哮と共に、十兵衛の体より、凄まじい「気」が発せられた。そして、亡霊の如き者達は消えていた。十兵衛に取り憑いたモノを除いて……。
「ぐふふふ……我は……愛洲移香斎の弟子、柳生十兵衛満巌。我が子孫である柳生十兵衛三巌の体を乗っ取り、ここに復活せり……」
愛洲移香斎……それは、柳生新陰流の更に源流である陰流の開祖の名である。
「なんか、ややこしい事になった喃……」
「たしかに、柳生家の先祖に、そのような方が居らしたと聞いた覚えが……」
「我が子孫の体を借りて、生前に果たせなんだ想いの数々、きっと遂げてみせよう。まずは、そうじゃの……これ、そこの御老人、一番近い女郎屋に案内していただけぬか?」
「はぁっ?」
「御先祖様とは言え、十兵衛兄様の体を、そんな穢らわしい事に使うなどぉぉぉぉぉ〜ッ‼」
次の瞬間、柳生十兵衛満巌に取り憑かれた柳生十兵衛三巌は、柳生茜の張り手により、宙を舞った。
「一応、生きてはおるようじゃの……」
「では、眼帯を正しい方の目に……」
だが、その時、更に別の亡霊の如きモノが柳生十兵衛の体に入った。
「お……おい……まだ居ったのか?」
そして、十兵衛の目が開いた……今度は、青い光を放ちながら……。
「私は、柳生十兵衛三巌の三百五十余年の後の子孫、柳生十兵衛光巌と申す者……先祖の体を借りて、この時代の皆様に警告を行ないに参りました」
「はぁ? 更に訳が判らん事に……」
「でも、一応、聞くだけは聞いた方が……」
「私の時代に日本の国土そのものが海の藻屑と化しまする。日本沈没にございます。この事を警告しに参りました……」
「待たれよ、未来の世の柳生十兵衛殿。警告と云う事は、この時代で何かをやれば、日本沈没とやらを防ぐ事が出来ると言われるのか? 人間如きの手に、未曾有の天変地異を何とかする手段が有るとは思えぬが……」
「あ……言われてみれば……」
「馬鹿馬鹿しい。皆の衆、行くぞ。三百五十余年後の天変地異は、その時代の者に何とかしてもらえば良かろう」
「確かに宮本武蔵(自称)殿の言われる通りかと」
「まぁ、今の兄上を討っても、本当に兄上を討った事になるか訳が判りませぬしな」
「では、御縁が有れば、また、いずれ……」
「ぴぎゃっ」
5人の人間と、1人の恐竜系知的生命体は、それぞれの方向に向かって、再び旅を続けた。
柳生十兵衛満巌と柳生十兵衛光巌に取り憑かれた柳生十兵衛三巌、そして名も無き裏柳生の者2名の死体を残して……。
「時に、左門兄様……2〜3日前に、似たような話を聞きませんでしたか? 三百五十余年後に天変地異が起きるとか……」
「そう言えば、そうだのう、茜……。まぁ、あの御老人の件は……まずは、また、別の『宮本武蔵』殿に立ち向かえるだけの仲間を集めねば、どうしようも無い」
「別の『宮本武蔵』様とは……何で、ございますか?」
「そうじゃのう……貴公も手を貸していただけるとありがたいのだが……尾張柳生の兵助殿とやら……」