第5話
続く4戦目、フランヴェル嬢がカードを切る。マルデルは口元に笑みを浮かべながら、ゆったりとパイプを燻らせている。その様子を、ガートンは少し離れたテーブルでその様子を見ながら、先ほどまでの展開に考えを巡らせていた。
(さっきの試合……出た役は平凡なものだったが、何かが引っかかるぞ……いや、もっと言えばその前の試合からだ……まず、マルデルの野郎の態度だ。何かおかしい……やけに大袈裟というか、芝居がかっているというか……)
しかし、ガートンが違和感の原因に気付く前に、次の試合が始まろうとしていた。フランヴェル嬢が5枚づつカードを配り、残った山札をテーブルの真ん中に置いた。
「さあさあ、始めましょうか。 何より、今の私は波に乗っているんでね、このままの流れでいきたいものですな……それにしても、そろそろ1万ペインづつ賭けていくのにも飽きてきましたな。……どうです、ここらで少しレートを上げましょうか」
マルデルは鼻歌交じりの上機嫌で言うと、参加金として先程までの倍である2万ペインを卓上に置いた。その様子を見て、ガートンの中にあった疑惑が確信に変わった。
(間違いない! あいつ、何かイカサマを仕込んでやがるな! このタイミングでのレートアップ、勝つ確信があるんだ!……しかし、一体なんなんだ?どうにかして手口を見破らねえと……)
一方のフランヴェル嬢は、マルデルの方をちらりと見ると、静かに卓上に2万ペインを置き、自身の手札を手に取った。マルデルは自分の手札を眺め、口角を少し上げた。一方のフランヴェル嬢は、手に取った手札を見ようとせず、マルデルの様子を見ていた。
「……おや? どうかしましたか?」
フランヴェル嬢の様子に気づいたマルデルが、不思議そうに声をかけた。
「いえ、別に、何でもありませんわ。……ねえあなた、何かドリンクを貰ってきてくださらない?」
フランヴェル嬢は素っ気なく返すと、後ろに立っていたスーツの男に注文をつけた。
「わ、私がですか?」
男は驚いたように目を白黒させ、自分の顔を指差した。マルデルも驚いたようにパイプから口を離し、慌てた声を出した。
「お嬢さん、何も、今じゃなくても……」
「私は今喉が渇いているの。早く持ってきて頂戴。 それとも、自分で取りに行けって言うのかしら?」
「い、いえそんな! ……た、ただ今ご用意いたします……」
急にわがままを言い出したお嬢様の語気に押されて、男は渋々席を離れてカウンターに向かって行った。フランヴェル嬢は小さく息を吐くと、自分の手札に目を通し始めた。一方、マルデルはさっきの上機嫌は何処へやら、明らかに動揺した様子で自身の手札とフランヴェル嬢の顔を交互に見比べていた。
「ああ、早く持ってきてくれないかしら。……どうしたの? 次はあなたから賭ける番よ。いくらになさるの?」
フランヴェル嬢に急かされて、マルデルはハッと顔を上げた。額には脂汗が滲んでいる。
「ええ、そうでしたな……それじゃあ、2万ペイン、賭けましょうか……」
「あら、さっきはスリルが欲しいと言っていたのに、2万ペインでいいの? ……まあいいわ。私も2万ペインで、コールしましょうか……」
フランヴェル嬢はからかうように言うと、山札からカードを3枚交換した。 マルデルは怒りの表情を必死に噛み殺して、山札に手を伸ばし、2枚交換した。 するとその時、ちょうどスーツの男がグラスを片手にテーブルへと戻ってきた。
「お嬢様、お待たせしました」
「ええ、ありがとう」
フランヴェル嬢は男からグラスを受け取ると、笑顔でお礼を言った。しかし、マルデルはその様子を見て声を荒げた。
「お前、随分と遅かったじゃないか!」
「も、申し訳ありません!」
スーツの男はペコペコと頭を下げる。
「……どうしてあなたがそんなに怒っているの?」
フランヴェル嬢が不思議そうな顔をしてマルデルを見る。そう言われるとマルデルは、我に返ったように慌てて取り繕った。
「はっ……いえいえ、お待たせして申し訳ないなと思いましてね……失礼しました、それでは再開しましょうか」
マルデルは落ち着きを取り戻すと、再び自分の手札に目をやった。その様子を見て、ガートンの中で先程からの覚えていた違和感がますます大きくなっていた。
(やっぱり……絶対におかしいぞ。 今は落ち着き払っちゃいるが、さっきのマルデルの態度には何かが隠されている。 何かイカサマを仕掛けてやがったのか? だとしたらまずいな。 何とか仕掛けを見破らねえと……)
ガートンが疑いの目を持ちながらテーブルに目を凝らしている一方、フランヴェル嬢はマルデルの態度などまるで気にかからない、といった様子で、持ってきた貰ったドリンクを口に含んだ。 しかし、次の瞬間、少し顔をしかめると、後ろに立っている男の方に振り返り口を開いた。
「あなた、これは一体何を持ってきたの?」
「はっ、これはピーチベースのカクテルです。先程甘いものがお好きだと仰っていったので……」
男が困惑しながら説明すると、フランヴェル嬢は不機嫌そうにグラスを突き返して言った。
「お酒はもういらないわ。 悪いけど、他のドリンクを持ってきて頂戴。そうね……オレンジジュースでいいわ」
フランヴェル嬢の発言を聞いて、マルデルは弾かれたように立ち上がり、驚きの声を上げた。一度引いた脂汗が再び額に滲んでいる。
「なっ! ちょ、ちょっと待ってください!」
「何? 何か問題でも?」
「問題!?…………そ、そういうわけではないのですが……しかし、その……」
「とにかく、私は喉が渇いているの。早く持ってきて頂戴」
マルデルの要領を得ない発言を無視して、フランヴェル嬢は男に命令を下す。
「し、失礼しました、ただいまお持ちします……」
男は戸惑った様子で再び席を離れ、せかせかとカウンターに向かっていった。
マルデルは毒々しい目で男の背中を見送ると、深いため息をついた。
「それじゃあ、再開しましょうか。マルデルさん、次はいくら賭けるの?」
フランヴェル嬢はマルデルの様子など一切気にすることなく、淡々とゲームを進行する。
「……2万ペインで、コール」
「あら、随分と弱気なのね。 さっきまではあんなに威勢が良かったのに。 まあ、私は別に構わないけど……手札を確認してみましょうか」
そう言うと、フランヴェル嬢は2万ペインをテーブルの上に置いて、手札を公開した。3のスリーカード。マルデルは苛立ちと焦りの入り混じった表情を浮かべながら、ゆっくりと自分の手札を公開した。キングのワンペアだった。
「うふふ。私の勝ちだったようね。なんだか悪いわ、せっかく波に乗ってきたみたいだったのに……」
フランヴェル嬢はあざ笑うように言うと卓上に積まれた12万ペインをかっさらっていった。 マルデルは顔を真っ赤にしてその様子を凝視している。すると、ちょうどオレンジジュースを持った男がテーブルに戻ってきた。男は2人の様子を見て事態を察したのか、バツの悪そうな顔を浮かべながらオレンジジュースをフランヴェル嬢のそばに置いた。
「お、お待たせしました、オレンジジュースをお持ちしました」
「あら、ありがとう。もうすっかり喉がカラカラよ」
そう言いながら、フランヴェル嬢はオレンジジュースを一口だけ口に含んだ。
「ああ、美味しいわ。……ドリンクも来たことだし、気を取り直して5戦目に参りましょうか。」
「……ええ、そうしましょう」
マルデルは短く言うと、再び卓上に2万ペインを置き、サングラスの男にカードを切らせた。5枚づつカードが置かれ、2人が手に取る。マルデルはなんとか平静を取り戻したようだが、しきりに額の汗を拭い、視線をキョロキョロと動かしている。その様子を見て、フランヴェル嬢は再び背後の男に注文をつけ始めた。
「……あなたも気が利かないのね。ご主人様があんなに動揺しているっていうのに……何か気付けになりそうなお酒でも貰ってきてあげたら?」
「はっ、いや、しかし……」
予想外の発言に、男は困った様子でマルデルの顔を見やった。 マルデルも驚いたようで、慌てて手を振る。
「いやいやお嬢さん!そんな心配は結構ですぞ!」
「そう? でもさっきからひどく落ち着かないようだし……それに、空のグラスなんて味気ないわ」
「〜〜! それなら、自分で貰ってきますので!」
マルデルは勢いよく立ち上がると、テーブルを後にした。フランヴェル嬢はピーチカクテルを片手に、マルデルの後ろ姿を不思議そうに見つめていた。
〜〜〜
「クソッ! あの生意気な小娘めっ!!」
マルデルは真っ直ぐドリンクを取りに行かず、化粧室に立ち寄っていた。自分1人なのを確認すると、溜まっていた鬱憤を怒号と共に吐き出した。その顔は怒りで醜く歪んでいた。
「ちょっと運がいいからと調子に乗りおって……よくもワシのイカサマを台無しにしてくれおったな……あのバカも一緒だ。大人しくガキの言いなりになりおって……お前がいなければワシのイカサマが成立しないことくらい分かっているだろうが……」
そう、ガートンの読み通り、マルデルはイカサマを働いていたのだ。フランヴェル嬢の背後に立っている男からサインを受け取ることにより、フランヴェル嬢の手札を把握するという手を使って。 マルデルは男からのサインを判別するために、しきりに指を叩いたり、男に視線を送っていたのだ。
「……しかし、ヤツの幸運もここまでだ。さっきまでは思わぬ偶然が重なって取り乱してしまったが、もうそのようにはいかんぞ……」
マルデルは鏡に映る自分を見てニヤリと笑うと、化粧室を後にしてカウンターへと向かい、ウイスキーのロックを注文した。
次回投稿は2/15(金)を予定しております!