第4話
○ペインについて
この話で出てくる「ペイン」とは、この国のお金の単位で、1ペイン=およそ4円です。ガートンの1ヶ月の給料は約3万ペインでした。
○ポーカーのルールについて
本編で触れていない役の強さについて簡単に書かせていただきます。ポーカーに詳しくなくても問題はないようにはなっているので、あまり興味がない方は以下の説明は飛ばしていただいて大丈夫です!
上から強い順に、
・ロイヤルストレートフラッシュ(同じスートでエース、キング、クイーン、ジャック、10のストレート)
・ストレートフラッシュ(同じスートで5枚のカードが連番)
・フォーカード(4枚が同じランク)
・フルハウス(スリーカードとワンペア)
・フラッシュ(5枚とも同じスート)
・ストレート(5枚が連番)
・スリーカード(3枚が同じランク)
・ツーペア(ワンペアが2つ)
・ワンペア(同じランクのカードが2枚)
前置きが長くなってしまいましたが、本編お楽しみください!
黒いスーツの男がトランプを細かく、素早くシャッフルする。フランヴェル嬢は蜂蜜酒が入ったグラスを片手に、男の指先を眺めている。 マルデルはグラスの中身を一気に飲み干すと、少し意を乗り出し、フランヴェル嬢に笑顔で話しかけた。
「それじゃあ、始める前にいくつかルールを確認しておきましょうか」
フランヴェル嬢はゆっくりと視線を上げると、のんびりと口を開いた。 微かに甘い吐息が漏れる。 酔いがだいぶ回ってきているのか、頬のピンクが先ほどよりも濃くなってきている。
「……ポーカーのルールなら知ってるわよ。 配られた5枚のカードで役を作ればいいんでしょう? あとはそう、1回だけカードを交換できるのよね」
「ええ、ええ、その通りです。役の種類についてはいいでしょう。それと、賭け金についてですが、こちらは説明した方がよろしいでしょうな?」
「そうね、ギャンブルは初めてだから、教えてくださる?」
「もちろんですとも。 まず最初に、お互い「アンティ」―参加金を支払います。その後、カードを配られた後に1回、カードを交換した後に1回の計2回、「ベット」―賭け金をかけます。 「ベット」には、「コール」―前の人と同じ額をかけるものと、「レイズ」―前の人より多い額をかけるものの2種類がありますな。 ちなみに、この時に自分の手札に自信がなければ「フォールド」―試合を降りることもできますぞ。 ただ、「アンティ」は返ってきませんがな…………さて、ここまでで何か分からないことはありますか?」
「参加金と賭け金があって、勝てないと思ったらフォールドすれば、賭け金は戻ってくるけど参加金は戻ってこないのね…………ジョーカーは?」
「そうですね……1……枚入れましょうか。その方がスリルがあるでしょう……さてさて、ルールの確認はこんなところでよろしいでしょう」
マルデルは満足そうに頷いて、フランヴェル嬢に笑顔を向けた。 傍からは、これから始まるゲームに純粋に心を躍らせているように見えただろう。 しかし、彼の眼光は既にフランヴェル嬢を哀れで愚かな獲物として捉えていた。
一方で、「賭け金」という単語を捉え、離れた席に腰掛けていたガートンは真剣な表情を浮かべ、より一層2人のテーブルの会話に耳を澄ました。
そう、今回の2人の作戦で最も重要で、かつ不安要素となっていたのがこの「アンティ」と「ベット額」であった。 一晩でマルデルから金を巻き上げるという計画上、この賭け金が安過ぎては例え作戦が上手くいっても得られる利益はごく僅かなものになってしまう。 一方で、今回2人が用意できた金額は、2人の貯金ほぼ全額の8万ペインであり、賭け金が高すぎた場合、マルデルのイカサマを見破る前に試合を続行できなくなる可能性もある。 おまけに、フランヴェル嬢がお金持ちのお嬢様という設定でマルデルに接近したため、いかに高額な賭け金であってもそのレートで勝負を受け入れざるを得ないという状況になってしまっていた。
(まずはアンティがいくらになるかだが……マルデルの野郎、この前俺とやった時は確か500ペインでスタートだったな。500じゃあ1晩で一攫千金狙うにはいくらなんでも少ない気がするが、最初の勝負だしあまり高く張られない方がこっちとしても得策だな。)
ガートンがあれこれと思考を巡らせていると、マルデルの快活な声がその思考を妨げた。
「それでは、始めましょうか! さて、アンティは……始めは1万ペインくらいでよろしいですかな?」
(何!?1万ペイン!!?)
ガートンは思わず声を上げそうになったのを、なんとか堪えて平静を装った。しかし、その顔には衝撃の色がしっかりと深く刻まれていた。
(1万ペインだと!いくらなんでも高すぎる!野郎、世間知らずのお嬢様をカモに大金巻き上げる気だな……しかし、大丈夫か? フランが焦っているのが顔に出たら、最悪正体がバレちまうぞ……)
しかし、ガートンの動揺をよそに、フランヴェル嬢は顔色1つ変えることなく懐から札束を取り出すと、テーブルの上に静かにおいた。
「これでいいかしら? それじゃあ、カードを配ってくださる?」
「素晴らしい!やはり1万ペイン程度では端金でしたか! 流石、良家のお嬢様は違いますな!ククククク……」
マルデルは堂々としたフランヴェル嬢の様子を見て嬉しそうに笑い、自分も懐から1万ペインを取り出しテーブルに置いた。その様子を見て、ガートンはますます冷静さを失いつつあった。
(あいつ! あっさり1万ペイン出しやがった! ……いや、間違った動作じゃない。出すのを戸惑って金持ちっていう嘘がバレちまうよりははるかにマシか……しかし、この状況分かっているのか? さては、さっきの蜂蜜酒で酔っ払っているんじゃないだろうな?……そういえば、この前飲んでいたのはオレンジジュースだったし、実は大して酒も飲めないのに、無理して飲んでいたんじゃないだろうな?)
ガートンがフランヴェル嬢の様子を心配する最中、サングラスをかけた方のスーツの男がシャッフルを終え、2人の前にカードを配り始めた。その様子をマルデルは愉快そうな、フランヴェル嬢は少し眠そうなトロンとした眼で、そしてガートンは眉間にしわを寄せ、集中した目で、三者三様の表情を浮かべて見つめていた。
(ついに始まったな……しかし、最初から油断できねえぞ。何しろ、この1発目でヤツのイカサマを暴かなければ、場合によっては試合終了だ。)
2人の前に5枚づつカードが渡され、残ったカードはスーツ姿の男の前に積まれた。フランヴェル嬢は、手を伸ばし、マルデルの方に配られたカードの束を手に取った。 その様子を見て、テーブルに注目していた全員が ――ガートンも含めて――驚愕した。
「なっ!?……何故私の方に配られたカードを!?」
マルデルが思わず大きな声を上げる。
「あら? どっちを取るのか決まっていたのかしら? てっきりレディファーストかと思って、先に取ってしまいましたわ」
「クッ……いや、いいでしょう。勿論、そんな決まりはありませんからな……」
マルデルは渋々フランヴェル嬢の前に配られたカードに手を伸ばす。その様子を見て、ガートンは頭を抱えていた。
(アイツ、何故わざわざマルデルの方に配られたカードを手に取ったんだ! どう考えても不自然だろう。酔っ払っている場合じゃないんだぞ!)
しかし、そんなガートンの思いは届くはずもなく、フランヴェル嬢は相変わらずの調子でゲームを進めていた。
「ええと、確はかここで賭け金を賭けるのよね。……それじゃあ、とりあえず1万ペインでいいかしら。」
「……コール。私も1万ペイン賭けよう」
2人は再びテーブルに1万ペインを置き、フランヴェル嬢は1枚、マルデルは3枚カードを交換した。その後、2度目のベットタイムで更に1万ペインづつ賭けあい、いよいよ勝負の時が来た。お互いに手札を見せ合う。マルデルの手札は4のワンペア、フランヴェル嬢の手札は……クイーンのフォーカードだった。
「うふふ。 1戦目からフォーカードなんて、ついてるわね。ビギナーズラック、ってやつかしら」
フランヴェル嬢は無邪気な笑みを浮かべて言った。 マルデルは一種苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたが、すぐにテカテカの笑顔を貼り付けて、笑い声をあげた。
「いやいや、流石だ! お嬢さん、これにはこの老いぼれも一本取られましたな!まさかまさか……」
「それじゃあ、このお金は私のものね。 ふふっ、ギャンブルって楽しいわね」
フランヴェル嬢はニッコリと笑ってテーブル上の金を自分の方に引き寄せた。この一部始終を、ガートンは驚愕の表情で見ていた。
(な、なんてやつだ……初戦でフォーカードを出すとは……本当にビギナーズラックなのか? 待てよ……確かアイツは1枚しかカードを交換していない。ということは手札は配られた時点で少なくともクイーンのスリーカードが揃っていたっていうことか? それに、あの手札はアイツの気まぐれが無ければ本来はマルデルの手に渡っていた……まさか……)
そう、ガートンの読み通り、マルデルはカードが配られる時点でイカサマを働いていたのだ。自身の手下である男にカードをシャッフルさせ、公平に配っているように見せかけて自分にだけ強い役が来るように配らせるという手を使って(セカンドディール)。
マルデルは表面上はにこやかな顔をしていたが、その心中は穏やかではなかった。
(クソ、あの小娘! 素人だかなんだか知らんが、ちょこざいな真似を! ワシのイカサマが狂ってしまったじゃないか! ……こうなってしまった以上、同じ手は使えんな……最初の一戦は花を持たせてやったが、次はこうはいかんぞ!)
マルデルはテーブルの周囲に立っている2人のスーツの男たちをキッと睨みつけると、アイコンタクトを送った。
続く第2試合、今度はフランヴェル嬢が山札を切り、2人にカードを配った。お互いに手札をチェックし、マルデルから順に1万ペインづつ賭け金を支払った。 今度はお互い2枚づつカードを交換し、2度目のベッティングタイムを迎えた。 フランヴェル嬢は相変わらずわずかな微笑を携えながら手札とマルデルの顔に交互に目をやっていた。 一方のマルデルは、絶えず視線を動かし、指でテーブルを叩いていた。
「……そろそろ決まった? コール? オアフォールド?」
フランヴェル嬢が待ちかねたようにマルデルに声をかけた。その声を聞き、マルデルは低く唸って頭を掻きながら言った。
「うーむ、すまないが、今回は降りさせてもらいますよ。 どうやら今はあなたに流れがきてるように思える。 いやあ、小心者なものでね」
マルデルは恥ずかしそうに笑いながら「フォールド」を選んだ。そんなマルデルの様子を見て、フランヴェル嬢の細い眉が一瞬ピクリと動いた。
「そう……それじゃあ参加金は頂くわよ。……手札を見てみましょうか」
お互いに手札を見せ合う。フランヴェル嬢の手札は9と11のツーペア、マルデルの手札は3のワンペアだった。
「いや~、危ない危ない! なんとか首の皮一枚繋がった、というところですな!」
マルデルは大袈裟に額の汗を拭い、大きく息を吐いた。
(チッ、いちいち大袈裟な奴だ。 しかし、手札の細工を封じられた以上、もうイカサマの手がないんじゃないのか? 実際、今の勝負だってフランが勝っていたんだし。 これはひょっとすると、意外と楽に事が進むかも知れねえぞ)
しかし、そんなガートンの思惑とは裏腹に、続く3試合目、マルデルはまたも落ち着かない様子で視線を動かしたりテーブルを指で叩いていたが、ついにジャックのワンペアで勝利を収めた。
「よしよし! ようやく私の方に流れがきたみたいですな! ハッハッハッ……」
マルデルはすっかり調子を取り戻したように上機嫌に笑って、テーブルの上の金をかき集めた。その様子に、ガートンは微妙な違和感を抱いていた。
3試合を終えて中盤に差し掛かったポーカー戦、テーブルの上では5人それぞれの思惑が渦を巻いていた
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