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焔の刻印〜没落令嬢返り咲き奮闘記〜  作者: 春ノ小河
第1章 ジョーカーは満月の夜踊る
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第1話


 ゼルゼマン侯爵の支配するパパイユ地方の郊外に位置する小さな街、サンエルム。人々の活気にあふれたこの街のとあるレストランで、小さな事件が起きようとしていた。

 小さなテーブルの一席で、大柄で乱暴そうな印象を与える男が5枚のトランプを握りしめ汗を流している。 彼の名はガートン。 ギャンブル好きの青年で、このレストランのコックを勤めている。

真剣な表情を浮かべている彼の前には、でっぷりとした体形のおでこの広がった男がニンマリとした笑みを浮かべて椅子に深く腰掛けている。 2人のテーブルの周りにはがっしりとしたボディーガード風の男たちが並んでおり、2人の様子を見守っていた。 2人はポーカー勝負の真っ最中で、ある事情からガートンにとっては絶対に負けられない一戦となっていた。

賭け金を払い終え、いよいよ手札を公開する時が来た。 ガートンは震える手で自身の手札を場に広げた。 同時に、相手の男の手札がガートンの視界に飛び込んでくる。


 「……さあ、どうだ……おや、また俺の勝ちだったようだな。それじゃ、この金は全部いただくぜ。さて、これで7勝0敗か。どうする、まだやるか?」


太った男が愉快そうに笑い声をあげた。ガートンの手札は9のワンペア。彼の手札はキングのフォーカード。彼の圧勝だった。


 「……おい待て! こんな勝負、あるもんか! お前、イカサマしやがったな!」


その場に凍り付いていたガートンが突然立ち上がり、勝負にケチをつけ始めた。それもそのはず、ガートンはさっきの勝負で今月分の給料全てを失ったのだ。 それに、7回やって一度も勝てないのならイカサマを疑うのも無理はない。


 「おいおいガートン、勝負が終わってからそんなこと言うんじゃねーよ。それに、イカサマだって?証拠でもあるのか?」

 「グッ……」


ガートンは何も言い返することができず押し黙った。実際のところ、イカサマ発言も自分の直感であり、何か根拠があるわけではなかった。


 「ハッハッハ……証拠もないのによくそんなに強い口調で言えたものだ。……それにな、ガートン君、イカサマなんてのはばれなきゃイカサマにならないんだよ……よく覚えておくといい……ハハハハハ……」


 太った男はガートンに顔を近づけ、ニヤニヤしながらそう言うと、テーブルの上に積まれた札束に手を伸ばした。イカサマを認めるような男の一言に完全に頭に血が上ったガートンは、札束に伸びた男の手を素早くつかむと自分の方に引き寄せ、怒りに任せて顔面を思い切り殴り飛ばした。男は壁まで吹き飛ばされ、つかんでいた札束はそこら中に舞い広がった。突然の騒動に、周囲の客からは悲鳴が上がり、二人が座っていたテーブルを取り囲んでいた男たちは、いっせいにガートンにとびかかった。


 「貴様! マルデル様になんてことを!」

 「やかましい! お前らの親分が卑怯な真似をしたからだ! 来るならやってやるぞ! 一人残らずぶちのめしてやる!」


 ガートンと殴り飛ばされた男ーマルデルの部下たちの取っ組み合いが始まると、店内はあっという間に

大騒ぎとなった。すると、騒ぎを聞きつけて厨房の奥からレストランの店長が飛び出してきた。


 「おいお前ら! うちの店で暴れまわってるんじゃねーよ! 警察を呼ぶぞ!…………ってガートン!? お前そんなところで何やってるんだ!」


怒り心頭に達し、威勢よく飛び出してきた店長は、騒ぎの中心で男の胸ぐらを掴んでいるガートンの姿を見つけると驚きの声をあげた。 


「し、しまった!」

「お前、仕事中だってのにまた客とギャンブルなんかしてたのか! おまけに店をめちゃくちゃにしやがって!……もう我慢できん! 今すぐこの店から出て行け!! お前は今日限りでクビだ!!!」

「て、店長! そりゃないぜ! 俺はたった今、今月分の給料丸々失ったんだぞ! 今クビになったらどうやって生きていいんだ!」

「そんなこと知るか! お前の自業自得だろう! いいからさっさと出て行くんだ!」


 ガートンはそれでも何かを言い返そうとしたが、店長が椅子やフライパン、挙句に包丁を投げつけようとしてきたのを見て、たまらず店から飛び出した。


 「ハア、ハア……おい! お前らもその気絶しているデブを連れてとっとと出て行け! 二度とうちの店の敷居をまたぐんじゃねーぞ!」


 ガートンと殴り合いの喧嘩をしていた男たちも、未だに怒りが収まらない店長に恐れをなし、気絶しているマルデルを担ぎ上げると、慌てて店を飛び出していった。



~~



店を追い出されたガートンは、陽気な街の喧騒から離れた路地裏の石段に座り込んでいた。 薄暗く湿っぽい空気に包まれた路地裏は、ついさっき仕事をクビになったガートンの心情をうまく表現していた。


「はあ……クソ、もうギャンブルには手を出さねえぞ」


ヒンヤリとした石段の上で、ガートンは今まで数え切れないほど立ててきたであろう誓いを立てる。 彼のつぶやきは湿った空気に吸い込まれ、返事をするものはなかったが、それでも構わないといった調子で一人愚痴を続けた。


「それにしても、まさか本当にクビになるとはな。そりゃ、確かに仕事中にポーカーをしてた俺も悪いが、誘って来たのは向こうだぞ。それに、たった今一文無しになった男を追い出すことはないだろう……」


口に出してみると今の自分の状況を客観視してしまい、彼の気持ちは益々落ち込み、自然と深いため息が漏れた。 すると、ガートンの気配に気づいたのか、表通りの光の差す方から路地裏に入ってくる人影が現れた。

 その影の持ち主は軽やかな足取りで俯いているガートンの側まで近づいてくると、俯いている彼にゆっくりと声をかけた。


「ちょっと、そこのあなた。 そう、うずくまっているそこのあなたよ」


突然の呼びかけにガートンが驚いて顔を上げると、目の前に1人の少女が立っていた。年の頃は14,5歳くらいだろうか。 身にまとっているシンプルなデザインの黒のドレスからは白く細い手足が異様に長く伸びており、切れ長の瞳が印象的な、端正なその顔立ちは雑多な路地裏に似合わない優雅な気品を感じさせた。

彼女はやや癖のあるダークブロンドの前髪を右手でで弄りながら再び口を開いた。 鈴を鳴らすような声が路地裏に響いた。


「あなた、こんな寂しい場所に1人で、一体何をしているのかしら?」

「……何かしているように見えるか? だとしたら病院にでも行った方がいいぜ」


謎の少女からの問いかけに、ガートンは一瞬ひるんだものの、ぶっきらぼうに返事をする。 しかし、少女は特に腹を立てた様子もなく、のんきに会話を続けた。 


「ふふ、確かにあなたの言う通りね。 何をせずとも、路地裏にいたくなることもあると思うわ。 私はないけど。 それじゃあ、普段はここでしょぼくれる以外には何かなさっているの?」

「チッ……さっきクビになったばっかりだよ。 あんたさっきから喧嘩でも売ってんのか?  大体あんたこそ、こんなところに何の用だ? どこのどいつか知らねえが、あんたのようなお嬢様がうろうろしていい場所じゃねえぞ」


少女の澄ました態度に腹が立ってきたガートンは、少女をにらみつけ、「お嬢様」の部分に目一杯の皮肉を込めて吐き捨てるように言った。 がたいがよく、血の気の多い彼に睨みつけられた人間は大抵目を伏せたり逃げ出していってしまうが、しかし、少女はまるで臆することなく、かといって反発するわけでもなく、あくまで先ほどまでと変わらない落ち着いた態度で話を続けた。


「喧嘩だなんて、とんでもないわ。 私はちょうどあなたみたいな暇人を探していたのよ。 ねえあなた、私の執事にならない?」


「…………はぁ……?」


予想だにしていなかった少女の発言に、ガートンは間の抜けた声を出す。 それを見て、少女は小さく笑うと軽く咳払いをすると、右手を前髪から放し、空中で文字を描きながら説明した。


「だから、執事よ。 し・つ・じ。 暇なんでしょ?  私の下で働く気はないかって言っているの」

「……チッ……突然何を言い出すのかと思えば、執事だって? 生憎だが、俺はあんたたちみたいな貴族様とやらは大嫌いなんだ。 生意気なお嬢様の執事だなんて、死んでもごめんだね。なんのつもりか知らないが、他所を当たるんだな」


先程から腹が立っていたガートンは、八つ当たり気味に少女の唐突な提案を突っぱねた。 おそらく、相手が小さな女の子でなければ殴りかかっていたであろう。 


「まあ、私、気に触るようなことを言ってしまったかしら。 別にからかうつもりで言ったわけじゃないのよ。 ごめんなさいね。 それじゃあ失礼するわ。 御機嫌よう」


少女は涼しげな顔でそう言うと、優雅な足取りで路地裏を去っていった。 1人取り残されたガートンは、むしゃくしゃする気持ちを、側に落ちていた石ころに込めて、思い切り蹴飛ばした。



 ~~


翌日、ガートンは新しい仕事を探すために、知り合いの仕事先を続々と当たっていた。しかし、どこにいっても良い返事は得られず、9軒目を回る頃には、すっかり陽も落ちて来ていた。

おまけに、街中を歩いているだけですれ違う人にジロジロと目を向けられるのも、ガートンの神経を逆なでしていた。


「チッ、どうやらすっかり噂が広まっちまってるみたいだ。どいつもこいつもマルデルの野郎にビビりやがって……はあ、今日はもうやめだ。どこかで酒でも飲んで帰るとするか」


ガートンはたまたま通りかかった小さなバーに入ることにした。 いつも飲んでいるところからは大分離れるうえ、小さく汚らしい店で、いつもの彼なら絶対に入らないような雰囲気を持っていたが、今日の彼にはかえってそれが好都合だった。

『ブルー・アップル』と書かれた看板がぶら下がっている玄関を押すと、ギイイという木が軋む音が店内に響いた。中は薄暗く、天井の角には蜘蛛の巣が張っている。 先客は1人もいなかった。 カウンターの奥でバーテンの爺さんがうたた寝している。

奥のテーブルにどっかりと腰を下ろし、昨日から数えてもう100回はついたであろうため息をつく。


「はあ……それにしても、ここまで仕事が見つからないとなると、この街ともおさらばした方が早いんじゃねーか? こんなことなら、昨日の執事の話でも受けておけば良かったぜ……おい爺さん、ビール1つ!」


ガートンは独り言をつぶやきながら、うたた寝しているバーテンに声をかけた。 バーテンは驚いて目を覚ますと、初めてガートンの存在に気付いたように目をぱちくりさせた。 それから、ようやく注文が彼の脳内に届いたのか、ゆっくりとした手つきでグラスにビールをつぐと、、厨房の奥に声をかけた。


「フランちゃん、お客さんだ。ビールを運んでってくれ」

「はーい、今行くわ」


バーテンのしわがれ声とは対照的な、若い女性の声が厨房の奥から響き、カウンターに姿を表した。グラスを掴み、軽い足取りでガートンの席まで運んでくる。


「お待たせしました、ビールです………あら? あなたは昨日の……」


ウエイトレスの声を聞いて、ふと、ガートンが顔を上げると、そこには昨日ガートンを執事にスカウトしようとした生意気なお嬢様がビールを片手に立っていた。


次回投稿は2/5(水)を予定しております。

初投稿です! ご意見ご感想お待ちしております! よろしくお願いします。

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