生まれ変わる前に
「これが私が転生する異世界なの?」
「ええ。大気の成分や地形、重力などの自然法則、環境的にはあなたの居た世界と非常に似てるので暮らしやすいと思いますよ。強いて違うところがあるとすれば、知的生命体がエルフ、オーク、ゴブリン…」
「強いて言うべき違いじゃないよねソレ、かなり違うよね」
ここは死後の世界、天界というべき場所。
転生先の異世界について説明を受けている女性が、布津奈子。サルから進化した知的生命体に支配された惑星のとある島国で平和に暮らしていた女子大生だ。
死亡の経緯は、大学のサークルの新人歓迎会に出席しようと先輩の男子学生と一緒に会場へ向かっていたところ歩道に突っ込んできた居眠り運転中のダンプカーに突っ込まれてお陀仏、といったところである。ちなみに同行していた男子学生は奈子をおきざりにして全員助かっている。さらに言うと、男子学生の中にはダンプカーから逃れるための退路を確保しようと奈子を引き倒した奴もいて、これが直接的な死因になっている(この男の行為については証拠も証言も本人の自白も無かったため書類送検もされず、現在も平和に学生生活を謳歌している)。もっと言うと、この事故がなければ、奈子はその夜このクソ男と場末のラブホテルで初体験を済ませる運命にあった。
そして奈子がこれから転生する世界の解説をしていたのが、天界人のファーグ・ギエラ。天界人に性別・年齢という概念は無いが、見た目としては男子中学生に相当する。1294万5400年生きているが、奈子には年下だと思われている。
ファーグは非常に心優しく、誠実な天界人である。どれくらい心優しいかというと『お前の名前、悪魔みたいだな』という天界でもタブー中のタブーとされる誹謗中傷を受けても「それでも親からもらった大事な名前ですから」と笑顔で受け答えする程である。天界語で「ファーグ」は「貫徹」を、「ギエラ」は「復讐」を意味する。ちなみにギエラが苗字で、天界で1世帯にしか存在しない姓である。
「わぁ~、素敵な世界。青い空、緑の森、牧歌的な街並み、温厚な住人たち…犯罪も天災も戦争もないなんて」
「素晴らしい異世界でしょう。あなたの居た世界と違って失敗作ではありませんからね」
「えっ、あの世界って失敗作だったの?」
「あっ、すみません。天界では常識なもので、つい口に出してしまいました。故郷の悪口を言われるのは気分が悪いでしょう」
「その話して!」
「いえ、お話しするには良心の呵責が…」
「いーいーかーらーおーしーえーてー!!!」
「分かりました! 言いますよ言いますから手を離してゲフォゲフォオエッッ」
奈子はファーグの首根っこを両手でつかんで、ぐわんぐわんと揺すり出す。ファーグの見た目が年下の少年に見えるものだから、かなり強気に攻めている。それに加えて知的好奇心が擽られていることもある。死後、世界の秘密が初めて明らかになるのだから。
「ハァハァ…奈子さんの居た世界は設計工程に時間が掛かり過ぎて、7日で製造しなければいけなかったんです。最後の7日目なんて製造担当がボイコットして出勤しなかったので、かなり作りが荒いんですよ」
「そんな神話聞いたことあるような気がする。多分その製造担当ってさ、私の世界で一番信仰されてる宗教の神様だよ」
「うわぁ、我々は何て取返しのつかないことを…」
「(あれ? もしかして傷つけちゃったのかな…)」
奈子はファーグを慰めると、気を取り直して自分の異世界転生について話を戻した。
彼女の転生する天災、戦争、憎しみや嫉妬といったマイナス感情とも無縁の世界だった。不条理な死に方は一切存在せず、寿命による穏やかな死以外に人生の終わり方は無い。殺人や窃盗といった犯罪は存在せず、そもそもこの世界の住人はそのような発想をする事が出来ない。憎しみや嫉妬を感じないからだ。
そんなあまりにも平和で幸せしか感じる事の出来ない「成功作の世界」に奈子は転生した。彼女の異世界での一生はあまりにも普通で、平和で、平凡で、幸せで、文字に起こすには死ぬほどつまらないため割愛する。