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水色の空の下で  作者: みやこ
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現実 01

 この世界は本当に、憎しみ合う世界なのだろうか…………

『奪い合う』『後悔』『憎しみ』

 そういう感情に支配された世界なのだろうか…………

 もしそうだとしても…………

ピッピッピッ

 目覚まし時計の電子音が聞こえる。

 昨日の夜に食べたポテトチップスの袋が机の上にあり、何日か前に読んだ少女マンガがベッドの端に散らばっている。ノートパソコンは使い終わっても閉じるのが面倒くさくて、液晶画面に付着したほこりが朝の光のせいで目立つ。

「うぅん…………」

 すぐに目覚まし時計を止めてしまわないようにと、机の上に置くようにしている。愛子は気だるい体を起こし、机の上に手を伸ばした。フローリングの床に右足を踏み込むと、ちょうどそこには放り投げていたCDのケースがあって、バリッと音をたてて割れた。

「えっ? ウソ!」

 寝ぼけた目が一気に大きく開いた。足を急いでどかしてケースを見ると、大きくひび割れている。

「もうっ! ついてないなぁ」

 CDのケースをベッドの上に放り投げた。

 イライラしていると、追い討ちをかけるように目覚まし時計の電子音が

ピッピッピッ

 大きくなる。

「起きてるって!」

 目覚まし時計を乱暴に握ると、裏にあるアラームのスイッチを切った。

 ベッドの上に座り、「はぁ」とため息をついた。

 すると

ガチャッ

 ノックも無しにドアが開く。

「もうっ、お姉ちゃん! 起きた?」

 妹の香織かおりだ。甲高い声で姉を起こしに来た。愛子はベッドに座ったまま、顔だけを妹に向けた。

「起きてるわよ! 見てわかんないの!」

 妹は姉の言葉を無視して、机の方に視線をうつす。

「また寝る前にポテトチップス食べたんでしょ? 夜のご飯の量を少なくしたって、そんなんじゃ意味ないからね」

 妹は腰に両手をあてて生意気なことを言う。愛子は近くにあった低反発枕を掴んで妹に投げた。しかし妹には当たらずに、ドアの横のカラーボックスにぶつかった。その上に乗せていた小さなぬいぐるみがボーリングのピンのように倒れ、ポロポロと絨毯の上に落ちた。

「ふふっ、ノーコン」

 香織はそう言うと、ドアをバタンッと強く閉めた。早足で階段を下る音が聞こえる。

「香織のやつ、日に日に生意気になっていくわね」

 時計に目を向けた。あまり余裕はない。目は覚めているだが、体がだるい。それに少し肌寒い季節になってきたので、布団がなごりおしい。首を大きく横に振って邪念を振り払った。愛子は一気に立ち上がった。

 まず一階の洗面所に向かった。先週までは食べた後に歯を磨いていたが、どうやら食べる前に磨いた方が虫歯になりにくいらしい。それをテレビ番組で聞いて、それからは食べるよりも先に磨くようになった。唾液が出やすい体質なのだろうか、妹の香織のように歩きながら歯を磨くことができない。だから洗面所の鏡の前でゴシゴシと磨く。

 鏡に映る自分の顔をなんとなく見てしまう。寝起きなのもあって随分と丸っこく見える。夕飯の食べる量を減らすと、父親には『中学生なんだから、ちょっとポッチャリしている方が可愛いのに』などと言われる。父親は良い意味でそう言っているのかもしれないが、『ポッチャリ』という言葉は残酷にも愛子の体系を正しく表している。右手で歯ブラシを動かしながら、左手で頬をつまんだ。ちょっと横に引くと焼く前のパン生地のように伸びた。なぜ食べた物がこのプヨプヨのほっぺたに変わるのだろうかと、落胆とともに人体の神秘を感じた。

 食べる時にポロポロとこぼすから、制服に着替えるのは食事の後にしている。だからパジャマのままリビングに 向かった。リビングの南側には大きなガラス戸があるので、光が食卓を照らしている。目を細めながら窓側の定位置に座った。

 父親が家を出る時間は愛子たちよりも早い。母親は父親と一緒に食べるので、朝は香織と二人で食べる。『二人で』と言っても先に席についた方から食べはじめるので、バラバラに食べているのも同じだ。香織は制服に着替えてから食べるので、愛子が食べる終わる頃にリビングにやってくる。

 愛子はテレビを見ながら、バターを塗った食パンをゆっくりと食べていた。母親が牛乳と紅茶を持ってきた。

「ほらっ、早く食べないと、また走って駅に行くことになるわよ。もう、みっともないからやめてよね。三軒先の加藤さんの奥さん、知ってるでしょ? 愛子ちゃんは毎朝走って元気で良いわねぇ、って、そんなふうに言われると恥ずかしいの私なんだから」

 愛子は差し出された牛乳に目を向けず、母親が持っているカップに手を伸ばす。

「そっちがいい」

 だるい日の朝に牛乳を飲む気にはなれない。断られると思ったが、母親は「あっ、そうね」と言って、湯気の出ているカップを愛子の前に置いた。

 母親は「牛乳って意外と太るからね」と、笑いながら言わなくて良いことを言う。

「うるさいなぁ」

 紅茶を口にすると、あまり興味のない為替レートのニュースを眺めた。二、三分ボーッとしていると、母親に「ほら、急ぎなさい」と言われた。

「はいはい」

 愛子は自分の部屋に向かった。階段をのぼる時に香織とすれ違った。制服のスカートからのびる細い足。足首まである白い靴下が細い足首に似合っている。香織は愛子の視線には気付かずに、ステップを踏むようにトントンとリズムよく階段を下りていった。愛子は振り返り、香織の後姿を眺めた。細い手、狭い肩幅、小さいお尻。自分のお尻を触ってみたが、明らかに大きい。なぜ姉妹なのにこれ程違うのだろうか。母親も細い方だし、父親も背が高くスラッとしている。寝る前に食べるポテトチップスや、夕飯の前に食べるチョコレートがこの体形に影響しているのだろうか? しかし因果関係を明確に証明することができないので、きっと今日の夜も食べてしまうだろう。

 部屋に入るとすぐにパジャマを脱いで、ベッドの上に放り投げた。ブラジャーをつけると、なんだかきつく感じた。今年の春頃にカップを大きくしたばかりなのに、ちょっと押し付けられるように感じた。今が十月だから半年くらいしかたっていない。自分の胸をちょっと上に押し上げて、鏡を見た。

「これはポテトチップスのせいなのか? チョコレートのせいなのか?」

 テレビ番組などで男性のタレントが『大きい胸が好き』などと言うが、大きすぎるのは良くないと、胸の大きめな愛子は思う。それに愛子はグラビアアイドルのような体系ではない。肩のところにもプヨプヨの肉がついている。ウエストはそれほど太くないのだが、お尻は大きい。太腿はその名の通り太く、ムチムチしている。顔も丸い。

「あぁ、もう、しょうがない、しょうがない」

 急いで制服に着替えると、

「なんか、服も…………」

 白いブラウスを着ると肩のあたりがきつく感じた。しかし上着を着ると肩パットとシャープなデザインによって随分スッキリと見える。私立だからかもしれないが制服を有名な人がデザインしたそうで、きっとその人は成長著しい乙女のことを考えてくれたのだろう。

「うんうん」

 膝上10センチくらいの丈のプリーツスカートで太い足を隠した。

「うーむ」

 しかし丸っこい顔を隠すことはできない。

 少し長くなった前髪を横に流しても何本かは目の前にきてしまう。首元くらいまである後ろ髪も先っぽだけがちょっと曲がってしまう。ブラシを何回か通しても直らず、あきらめてブラシをベッドの上に放り投げた。ベッドの上にはひび割れたCDケース、脱ぎ捨てられたパジャマ、ブラシがあり、絨毯にはぬいぐるみが何匹も散らばっている。しかし片付けている暇はない。鞄を掴んで、すぐに階段を下った。香織はもう出てしまったようだ。

「行って来まぁす」

 愛子はキッチンの方にいる母親に聞こえるように大きな声を出すと、返事を聞く前に家を出た。

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