夢の世界 02
階段を下るとそこはリビングで、真ん中には大きな木のテーブルがある。木を組み合わせて作られたのではない。大きな切り株を薄く切り、そのままニスを塗って作られたテーブルだ。家の中にいながらも大自然を感じることができる。椅子も木製で、木目が美しい。壁は薄いピンク色で、外からの日光を受けて淡く光っている。視覚で幸せを感じると、次に嗅覚で幸せを感じる。こうばしい香りがする。焼きたてのパンの香りだ。竹の大きなかごに入れて、カオリが持ってきた。
なぜだかわからないが、カオリとアイコは似ている。似ているとは言っても、もちろん二人には違いがある。カオリはアイコよりも顔立ちが少し幼く、アイコよりも少し胸が大きい。似ているからこそ違う部分が気になる。
「あっ、アイコ。今日は意外に早く起きたんだね」
カオリは挨拶もなしにこんなことを言う。アイコはムスッとする。
「挨拶!」
「あっ、あぁ、そうね」
カオリが竹のかごをテーブルに置くのを待って、アイコは両腕を広げた。カオリはちょっと恥ずかしそうにして、軽く両腕を広げる。アイコは跳びつくようにカオリに抱きつく。強く抱きつくと、カオリの体がビクッと震えた。カオリも朝の挨拶をしなくてはならないと思っているようで、アイコの背に両手を回した。弱い力で抱かれる。カオリとアイコは同じくらいの身長なので、アイコは抱いたまま自分の頬をカオリの頬になすりつけた。グリグリと大きくゆらすので、何度か唇と唇が触れた。しかしアイコはお構い無しにスリスリと頬を動かす。カオリは顔を少しそむけたが、嫌がってはいない。恥ずかしいのだ。アイコはもっと強く抱いて、カオリの動きを制した。
「うぅぅん、カオリ、おはよう」
カオリは顔をそむけながらも「お、おはよう」と挨拶した。そんなことをやっているとナナが階段から降りてきた。後からまた頭をポクッと叩かれた。
「カオリは朝食の仕度をしてるんだから、邪魔すんな」
それでもアイコはカオリの背に回した手を離さなかった。ナナに首根っこを掴まれ、強く引っ張られた。カオリにも弱い力で胸の当たりを押されたので、仕方なく離れることにした。カオリは微笑みながらも苦笑いを含ませた。
「もう、アイコったら。朝の挨拶をしてるだけで一日が終わっちゃうよ」
「だって、僧侶様に朝の挨拶は力強く抱きしめなさいって言われてるんだもん」
カオリは「ふふっ」と笑うと、キッチンの方に戻った。
「アイコはやりすぎだって」
二階からユキノが降りてきた。椅子に座ると新聞を手に取る。ユキノはアイコと同じ歳なのだが、どこか大人っぽい。いつも自然体で、芯の強い子だ。この家の中心的な存在なのだが、威張ったりはしない。女の子にしては少し雑なところもあり、サバサバした性格だ。ためらったり悩んだりするところをあまり見ない。
アイコはすぐにユキノの席の後に回って、後からユキノに抱きついた。
「ユキノ、おはよう」
アイコは頬をグリグリとなすりつけた。ユキノは「んっ、ん、もう」と言いながらも、アイコの腕をやさしく撫でた。
「おはよう」
人に触れられることに慣れているのだろうか。他の人とは違い、アイコの愛撫を素直に受け入れてくれる。
「アイコ!」と大きい声で怒ったのはナナだった。仕方なくユキノの体から離れた。
カオリが銀色の淡い光をまとったトレイにティーポットを乗せて、ゆっくりと歩いてきた。
「アイコ、まだスープができるまで時間がちょっとかかるから、先に着替えてきてね」
「うん」
アイコはタンタンと音をたてて、二階の自分の部屋へ向う。部屋に戻ると、すぐにパジャマを脱いだ。もう冬がせまっているから下着だけになると肌寒い。すぐ白いブラウスをタンスから出して、手を通し、すばやく胸元のボタンをとめた。ブラウスには少し大きめなレースが縫い付けられているので、鏡を見てレースが歪んでないか確かめた。首に細めのリボンを通して、それを蝶々結びにした。襟を正した。膝下丈のチェックのスカートに足を通し、胴をしめるようにスカートを引っ張り、金色の留め金で固定した。ブラウスにしわができていないか、鏡の前でクルッと回転して確認した。小さめのブラウスが細い体によく似合っているなと自ら思い、鏡の前でうなずいた。
アイコの髪は寝てもあまり崩れず、何回かクシでとかすと良い形になる。髪の色は金色と銀色の中間くらいで、色素が薄い。頭の中央よりも少し左で分けて、目のところまできている前髪を少しサイドに流す。すると髪が細い眉を少し隠し、バランスが良くなる。耳にかかりそうになった髪を後に持っていく。髪の長さはちょうど首を隠すくらいだ。後ろが少しはねていたので何度かクシを通すと、すぐに綺麗にまとまった。ちょっと顔の角度を変えて確認した。
「よし!」
階段を下り、リビングに向かうと、テーブルには既に食事の用意がされていた。中央にはパンとサラダが置いてあり、スープと紅茶が四つずつ置いてある。アイコが席につくと、四人で声を合わせた。
「いただきます」
何口かパンをかじると、ナナに見られているのを感じた。
「ん?」
「あっ、いやぁ、アイコってさ、パジャマ姿の時と仕事着を着ている時とじゃ、印象がすごく変わるなぁって」
何度か言われたことがある。外に出る時は着る服も髪型もきちんとしているからだろう。
「いつまでも寝ぼけていられないでしょ。それに白のブラウスを着ているから真面目に見えるだけじゃないの?」
カオリがサラダを小皿によそってくれたので、「ありがと」と言って受け取った。
「口調も変わるよね。仕草も大人っぽくなるし」
一番長く一緒に暮らしているカオリがそう言うのだから、そうなのだろう。外出しようと思うと、気持ちに変化が表れるのだろうか? 身構える気持ちはあるかもしれないが、特別に意識したことはない。
「まぁ、未成年とはいえ、寺院のお仕事をさせてもらっているからね。自然にそうなったのかな」
ユキノはパクパクとサラダを口に放り込んで、一気にゴクンと飲み込む。
「アイコはやっぱり、寺院の僧侶のようになりたいの?」
「そうね。人を幸せにする努力を続けていきたいなぁって。それを続けていけば僧侶様のようになれるのかなって。そういった私の想いをこの世界では実現できるって思うの」
「あっ、うん、そうなんだ。アイコらしいよね」
ユキノは微笑んでいるが、ナナは「偉そうなことを言う前に、朝寝坊をどうにかしてほしいけどね」と皮肉を言う。皮肉を言われたのに、アイコはなんだか嬉しくなった。
「この家にいるときは、みんなに頼って暮らしたいな」
人に頼ることがこんなに嬉しいのだから、頼られる方だって嬉しいはずだ。アイコは身勝手にそう思う。アイコがナナを見つめると、ナナの頬は少し赤くなる。
「私がみんなにもらった幸せは、必ず他の人に配るからね。だから家では甘えさせて」
ナナは手に持っていたパンを急いで口の中に放り込んで、すぐに飲み込む。
「わ、私も着替えてくる」
そそくさと階段を上っていった。その姿をカオリは目で追い、ナナの部屋のドアがバタンッと閉まると、クスクスと笑った。
「なんのかんの言っても、ナナはアイコのことが好きだからね。顔、真っ赤にしてたよ」
アイコは幸せを感じた。
「私だってナナのこと好きだよ。負けてないんだから」
カオリは「ふふっ」と穏やかに笑う。
「そんなことナナの前で言ったら、きっと恥ずかしくて倒れちゃうよ」
アイコは紅茶の香りを楽しむと、口をつけ、それを飲む。
「今度、言ってみようかな」