ういうい、戦闘スタートなのだ。(対ゾディアックファミリー編其の二)
泣いて泣いて泣いて泣いて。
俯くだけ、足は止まり、何も喉を通らず。
大事な人を失って。
私はただ、あの人の名をずっと叫ぶだけ。
死にたい、死にたい、死にたい、死んで、あの人の元へ・・・・・・。
それを見かねたレンレンが、私をある人に預けた。
蛇苺。殺し屋で、一言でいえばただただ強き者。
彼女は言った。
「ねぇ、君、今あの子を追っても同じ場所には行けないよ。人の大半は地獄に送られる。彼女は一番深い場所に向かっただろう。君、自分があの子と同等とでも思っているのかい?」
姉御は、私を待ってる。
だけど、そこは今の自分では辿り着けない場所。
小さく、首を振って否定した。
今の自分は、姉御の足下にも及ばない。
「なら、近づいてみせな。彼女と同じ場所へ、また会えるよう」
ゲーム開始から数十分。
最初に出会ったゾディアックメンバー達を蛇師匠に任せ、自分は周囲を確認。
参加者は公平ではない。
最初に支払う代金で、格差が生まれる。
金額に応じて、待遇が違うのだ。
最高ランクなら、安全は保証され、獲物は事前に選べる。
私達が選んだ最低コースだと、最初のような時間的ペナルティを与えられる。
これにより、私達の初動は多少遅れたのだ。
それもこれも、キラキラの方から頼んだくせに費用はそっち持ちとか言いだし、レンレンも非公認の任務だから予算は出さないといい、蛇師匠なんかは守銭奴だから一円も出してくれず、結局、私のポケットマネーから三人分捻出しなきゃだったのだ。
「うぐぐ、最低コースとはいえ、旅費などもいれるとかなりの出費なの、だ」
ブツブツ言いながらも、通路を二人で歩く。
他の参加者は、もう全員解き放たれてるだろう。
もう狩りは、そこら中で始まっている。
身近な廃墟ビルの屋上を目指す。
高い場所から位置を確認するのだ。
「・・・・・・思った以上に広い、のだ」
ここからなら一望できる。そう踏んだのだが、高い建物は他にもいっぱいあり、どこが境目かはわからない。
ただ、丘の上に不似合いな建物が見える。
外観が新しい洋館のような。外には人影もちらほら。
私の予想では、あれは・・・・・・。
「きゃああああああああああ」
下の方から、悲鳴が耳に入る。
子供のような声。
獲物が襲われているのか。
聞こえた方を上から覗き込む。
すると、白頭巾くらいの少女が、男達に追われていた。
少女は必死に逃げていたが、ついに壁際に追い詰められ。
「助けて、助けてぇえええええええ」
泣き叫ぶが、この状況で誰も来るはずもなく。
「へへ、誰も来ねえよ、大人しくしろ」
「たっぷり遊んだあとに、解体してやるよ」
三下らしいセリフを吐きながら、男達は少女にジリジリ近寄る。
私は、特になにも思わず、踵を返した。
私達の目的はゾディアックファミリーの殲滅。
他の参加者がなにをしようと関係はない。
ない、のだけど。
少女の一言が、私の心を動かしたの、だ。
「助けて、助けてっ、お、お姉ちゃぁああん」
足が止まる。
「・・・・・・やれやれ、なのだ」
妹を助けるのは姉の義務。
その姉が来ないなら、代わりは必要か。
「白頭巾、持って来たロープを私にかけるのだ」
今から階段を降りていたら間に合わない。
ラペリングで一気に降下するのだ。
左側面に通し、右手を上、左手を身体の下で構える。
後は、男目掛けて、落ちるのみ。
「行くの、だ」
ビルの屋上から身を投げる。
左手で降下速度をコントロールしながら、地面へ。
ものの数秒で足は地面へ。
男が振り向く。
その時点で、私のナイフは男の首を裂いていた。
振り抜く、振り向く、男達の身体が傾く。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
へこたれる少女は、怯えていた。
「私は別にお前をどうこうする気はない、のだ」
それ以上関わろうとせず。ロープを外し、その場を後にする。
「あ、あの、ありがとう、ございます」
少女はお礼を言ったが、振り向くことはない。
「待ってくださいっ! あ、あ、あの、お願いがありますっ! お姉ちゃんが、お姉ちゃんを」
またその単語が私を引き留める。
顔だけを向けると、少女は地面に頭をつけ必死に嘆願していた。
「お姉ちゃんが、まだっ! お、お願いします。助けてください、連れて行かれたんです、最初にっ、お前は選ばれたってっ」
そうか、姉は最高ランクの参加者に目をつけられ最初から別の場所に連れて行かれたのか。
でも、これ以上の干渉は、本来の目的達成に支障をきたす。
残念だが。
「お願いしますっ、お願いしますっ、たった一人の家族なんですっ! 私、お姉ちゃんがいなくなったら・・・・・・」
はぁ、全く。それは反則なのだ。
「・・・・・・お前の姉は、多分・・・・・・」
視線を先ほど見つけた洋館の方に向ける。
本当やれやれ、なのだ。
白頭巾と合流。
少女を連れ立って、蛇師匠のいた場所に。
「お、来たね、こっちはもう終わったよー」
地面には血だまりが点々と。
手や足、臓器が散乱しており。
「さすが、蛇師匠なの、だ」
朽ちた標識、そこに、三人の頭が団子のように突き刺さっていた。
皆、すごい形相をしている、相当手ひどくやられたらしい。
白頭巾が気をきかせて、連れてきた少女の目を後ろから両手で覆った。
「ん、なにその子?」
「・・・・・・実はかくかくしかじか、なのだ」
経緯を説明すると、蛇師匠は肩をすくめた。
「おいおい、円、このイベントには時間制限があるんだよー」
それは充分承知なのだ。
「分かってる、のだ、だから・・・・・・」
言いかけて。
近づく気配で口を閉じた。
「うわー、エイブラムとレッグ、アナベラがやられてらー」
「見たとこ参加者でしょ、なんで、殺されなきゃならねぇんだ」
「おい、こら、間違いじゃ済まないぞ」
「しかも、よりによって俺達に手を出すとは」
「うきょ、可哀想ー」
「・・・・・・殺さず全員連れてこう」
青に黄色のラインが六人。
男も女も、全員目がどす黒い。
これは偶然か、いや、見てる、か。
「蛇師匠、さっきの続きなのだ。時間制限がある・・・・・・だから」
私はナイフを抜き、一歩踏み出す。
「スピードアップ、なの、だ」
ざっと見回す。
特にやばそうなのは、いない。
「白頭巾、一番、左の、お前が殺るの、だ」
「はーい」
残り、五人は。
「おーい、お前達、随分余裕みたいだけど気をつけろー、うちの弟子は強いぞー」
踏み込む、瞬間、脳裏に浮かぶ。
あの蛇師匠との日々。
蛇師匠は、ある国の軍にコネがあるとかで。
傷心の私を、軍のスクールの放り込んだ。
パラレスキュー、スナイパー、コンバットダイバー、レンジャー。
他にも色々やらされたのだ。
スナイパーコース、五週間、時に1.6キロ先を射貫く精鋭。ここでは、標的を探すこと、距離を目算、それらを迅速に。距離を知らされない標的を10個、200メートルから900メートルまで、1発目で当てれば10点、2発目で5点。70点以上で合格。蛇師匠がスポッターをしてくれたとはいえ、素人には射撃は困難。他にはギリースーツでの隠密行動、冷たく不潔なぬかるみを進み、水は冷たく、凍死したくないなら動きつづけるしかない。ここでは戦術的忍耐、不快な状況にも耐え抜く精神的強さを養い。候補者達は最後には半数になっていた。
パラレスキュー、最初の候補者は122人いたのだ。筋トレ、水泳、チーム訓練、これを毎日毎日繰り返し、トレーニングは日々きつくハードに、これを9週間。後半の集中訓練時には23人まで減り、ここで失格なら終わりの地獄の21時間。匍匐前進で丘を上がり、頭を少しでもあげれば最初からやり直し、肉体的精神的にとことん追い込まれる。終わればプール演習、限界まで潜って息継ぎに戻りの繰り返し。装備をつけたまま潜水、顔を出せば容赦なく水をかけられ、それが終われば30キロの装備を背負い6キロマラソン、また匍匐前進、銃を地面につけるな、止まるな、の罵声。遺体の回収訓練では、死体を丁重に扱え、手を引っ張るなと散々言われたが、もう身体も頭もボロボロだった。最後まで残ったのは14人。
コンバットダイバーコース。6週間。最初は57人。これも潜水訓練、途中で身体を水面に出したり底につけたら即失格。手足を縛られた状態で水深3メートルのプールに投げ込まれ、90メートル泳がされたり、前転したり、浮いたり、潜ったり、水中のストレスは凄まじい、その状況でも心を穏やかに、ペース配分が命。視界の悪いゴーグルで訓練、レギュレーターを外され、身体を水中で回され、意図的に低酸素状態に陥らされる。それでもパニックにならずこなさなければならない。最後までやり遂げたのは当初の三分の一。
レンジャースクール。二ヶ月、340人からスタート。集められた候補生はすでに各隊のエリート達。最初の三日間が査定に当てられる。素手での本気格闘、一ラウンドを終えると、相手を抱えて100メートル、次に熊歩き、これをノンストップで数時間繰り返す。終われば5キロ走って次へ。二人一組の障害レース、一人飛んで一人が引き上げる。その間絶えまない叱責が飛ぶ。凍るような水を這い、上手く動かない手でバーを握って渡りきる、勿論落ちたらやり直し。24時間訓練、その後3時間の睡眠、食事も一回。訓練は二日目へ、ここで39人脱落。水中訓練、水は当然のように冷たく、三十倍の速度で体温を奪う。呼吸困難、身体は麻痺、だが泳がなくてはならない。最低限のカロリー摂取の中、27キロの装備を背負い、24キロ歩く。そのまま訓練は三日目突入。50時間休み無し。始まってまだ三日、なのにここで3分の一が脱落。ここからは森で一日20時間の戦闘訓練、食事はここでも最低限。これが終わればキャンプダービーで8日間、ここまでで91人が脱落。お次は山岳地帯で戦闘訓練8日間。前に12キロの銃、背中には30キロの装備、つねにこの状態。最後は模擬演習、沼地を進んで麻薬工場を制圧だとか、敵のスパイを拉致するため、施設強襲訓練などなど。
地獄に行く前に地獄を見たのだ。
何もかも繰り返し、繰り返し、繰り返し。
吐いては、失神寸前、なんて事は何度もあった。
蛇師匠は最初に言ったのだ。
「死んでも強くはなれないぞー、だけど死ぬ気でやれば大抵はなんでもできる」
強さにはそれを裏付ける根拠が存在している。
だから、これらを全部最後までやり遂げた私は・・・・・・。
「本日は晴天なれども、波高し・・・・・・」
空を見上げ、相手を見据え。
「いや・・・・・・」
5人へと一気に飛び込む。
簡単には殺せない。
だから、機動力を奪っていく。
縫うように移動、相手の足を次々と突き刺していく。
右足、左足、太股、その際、致命傷にならない他の部分も狙って切り裂く。
最奥、両目を横薙ぎに。
溜まらず顔を両手で押さえる男、そのがら空きの鳩尾に一撃。
強烈な蹴りがめり込む。
目を押さえ、嘔吐しながら崩れる男を見下ろす。
私の通った後には、悶え苦しみ呻く奴らが地に伏せた。
「存外、波は低そう、なのだ」
ナイフについた血をさっと振って、私はそう呟いた。
次は殺人鬼連合視点ですかね。