ういうい、過去は何をしても変えられないのだ。
毎晩。
同じ時間。
「・・・・・・うぅ、うう~ん・・・・・・」
現在、同じ部屋で暮らし、一緒に寝ている白頭巾がうなされ始める。
「・・・もう、いや、お願い・・・・・・」
毎夜、毎夜、白頭巾はこんな様子で苦しみの表情を浮かべている。
苦悶、涙、大量の汗。
そんな白頭巾の頭を、優しく撫でるも。
「・・・・・・誰か、誰か・・・・・・助けて・・・・・・」
苦しみが収まることはない。
「・・・・・・レッドドット」
原因は分かってるのだ。
この子が、最年少レベルブレイカーとなった原因。
クラスメイト全殺し。
白頭巾は、小学校時代、酷い虐めにあっていた。
その積もりに積もった痛みが、ある日突然爆発した。
家庭科室から持ち出した包丁で次々と同級生を殺していった。
事前に計画していたのだろう。
入り口を塞ぐように、狙う先は喉元。
何回も何回も、脳内で殺した。
だから、何もかも想像通りに。
小さな身体は、どんどん床に転がっていった。
誰も彼女を助けてやれなかった。
誰も彼女を救えなかった。
こうやって白頭巾は、事件を起こす前から、そして今でも、変わらず苦しんでいるのだ。
あの時、私がそばにいれば。
そう思えど、どうしようもない。
白頭巾の髪をながらも、私もじょじょに微睡みの中へ。
気付いたら、私は別の場所に立っていたのだ。
ここは・・・・・・。
街のど真ん中。
今、私が住んでいる居場所。
夢が幻か。
私は確かにベッドで横になっていたはず。
周りを見渡すも、人の往来もあり、いつもの街そのもの。
だけど、僅かな違和感。
「・・・・・・あの店は、たしか3年前に潰れたはず、なのだ」
他にも、看板、オブジェなど、細かい所が変化している。
いや、戻っている、のだ。
「・・・・・・と言うことは」
近くのコンビニに駆け寄る。
中に入って新聞を手に取ったのだ。
「・・・・・・日付は・・・・・・5年前」
新聞をゆっくり戻す。
5年前、か。
そして、この日は。
白頭巾が、事件を起こした日。
外に出る。
今も、5年前も風景は同じだ。
人はせわしく、太陽や、風も、変わらず動いている。
しかし、これはなんだ。
周囲を、もう一度見ると、景色は所々ノイズが入ったかのように歪む。
白頭巾の記憶が、私に流れ込んだ、のか?
夢の中で、二人の記憶が混じり作りだした世界。
そう考えるのは早計。
確信はなく、私のただの想像。
だけど、夢でも幻でも。
ここは、過去の世界。
「・・・・・・五年前・・・・・・」
私には、白頭巾の事。
そして、もう一つ、考えてしまった。
「・・・・・・この世界なら・・・・・・」
またあの声が聞けるかもしれない。
また、あの人に会えるかもしれない。
彼女は。
まだここなら生きている。
憧れ、愛し愛され。
誰よりも、大切だった人が。
だけど、歪みは時間と共に大きくなっている。
これが夢ならば、タイムリミットはある。
どちらかが目を覚ましたらこの世界は崩壊するだろう。
どうする。
選択肢は二つ。
そして、どちらか片方しか選べない。
「・・・・・・ま、考えるまでも、ない、のだ」
こうして、私は足を向ける。
♦
もう駄目、もう駄目、もう無理、もう無理。
皆、私を汚物のように扱い。
物は無くなり、破られ、隠され。
無視、じゃなきゃ暴言。
皆が陰口をたたき、皆が私をあの目で見る。
先生はこの状況を知っている、見ている。
なのに、何もしてくれない。
それどころか、他の生徒と一緒になって私を罵る。
同調し、笑い、貶し、蚊帳の外へ。
押し潰される。
私が私ではなくなる。
夜も眠れず、ただただ泣き続ける毎日。
親も、そんな私を助けてくれない。
休ませてくれない、負けるな、強く生きろと、強制するのだ。
逃げられない、私は、そんなに強くない。
もういなくなれ。
誰もかれも。
消しちゃえ、消しちゃえ、消しちゃえ。
頭が埋まる、黒い文字がぐるぐる回る。
休み時間。
ふざけていた男子達の一人が、私に触れた。
「うあ、シラミに触ったー、うわー」
「お前が押すからだろーっ!」
「きたねー、逃げろ、あはは」
わはははははははははははは。
うふふふふふふふふふふふふ。
きゃははははははははははは。
笑え声が木霊し。
私は、さっき家庭科室から持ち出した包丁を机から・・・・・・。
その時だった。
教室の扉が開いたのは。
「はぁはぁ・・・・・・間に合った、のだ」
見知らぬ女の人。
金髪で。
激しい呼吸の中、息を整えるため俯いていたその顔が上がる。
歯はギザギザ。
教室を覗くその目は。
恐ろしいほどの眼光を見せた。
♦
必死に走ったのだ。
時間は知っていたから。
妹の事は何から何まで調べていた。
その苦しみ、その痛み、少しは分かっているはずなのだ。
学校の塀を飛び越える。
助走をつけ、壁に足をつけ、手をかけるとそのまま一回転で中へ。
後は一目散に白頭巾の教室へと。
扉を勢いよく開け放つ。
乱れた呼吸を元に戻す。
顔を上げると、中にいた全員がこちらを見ていた。
その中に。
いた。
良かった、間に合った、のだ。
となれば、後は、やることは一つ。
最近の私は。
丸くなったとか。
大人しくなったとか。
冷静になったとか。
よく、言われる、のだ。
だけど、それは姉御のようになりたいから。
近づきたくて、そう意識してただけ。
本来、なにも変わってない。
三つ子の魂は百まで。
身をひそめていたかもしれない、けど。
殺人鬼の私は、ここに確かに。
いる、のだ。
「うくく、これは夢なのだ、だから、レンレンに怒られることもない、久しぶりに、全開で、いく、のだ」
教室全体を見渡すように。
睨め付けた。
瞬間、ガキ共の顔が引き攣る。
「喋ったら殺す、喋らなくても殺す、騒いだら殺す、騒がなくても殺す、泣いても殺す、泣かなくても殺す、動いたら殺す、動かなくても殺す、つまりは皆殺し、なのだ」
さぁ、始まり。
ナイフを、右手に、左手に。
手先が見えないほど早く。
投げつけたナイフが、一人の男子の眉間に突き刺さる。
同時に飛び込み。
近くにいた女子の首を切り裂いた。
そのまま回転、隣の男子、その髪を掴む。
机に顔を叩き付け、ナイフを胸に突き刺す。
次、別の男子の腕を掴むと、力いっぱい窓へと投げつける。
ガラスを派手に割り、男子は外へと落下。
ここは4階。まぁ、生きてるとは思えない。
首を掴む、首の骨を折るほど強く、細い首は粘土のように歪んだ。
声を上げる暇はない。
悲鳴の前に首が傾く。
血が吹き荒れ。
鈍い音が響き。
これは一方的な殺戮。
無抵抗?
子供相手?
知る、か、私は元々こういう人間だ。
血を好み、肉を裂く感触がなにより好きで。
そして、何より、私の妹を苦しめた、のだ。
相手が誰であろうと、万死に値する。
腹を切り裂く。中身が飛び出す。
こめかみにナイフを突き刺す、目が少しだけ飛び出した。
床が机が、血で赤く染まっていく。
途中、誰かが扉を開けた。
休み時間が終わったのか。
担任の先生が入ってきた。
最初は普段通り、鐘がなってもまだうるさく騒ぐ子供達を宥めるように・・・・・・だが、惨状を見て、目が見開く。
「ちょっと貴方達、いつまで騒いで・・・・・・って、え、なに・・・・・・」
若い女教師。
私は知っている、のだ。
こいつは、現状を知ってもなにもしなかった。
だから、お前も、同罪、なのだ。
教師の状況判断が済む前に、私のナイフが手から飛び出す。
女の眼球に飛び込むように、一直線に根元まで突き刺さる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」
咄嗟に叫ぶ女。
私は一気に距離を詰めると、突き刺さったナイフを引き抜き。
半回転、耳を飛ばし、喉を切り、最後に逆の眼球に突き刺す。
女は、それ以上声を上げることなく、地面に背中から倒れた。
教室に数十の死体が転がり。
女の子一人だけが残った。
その子は、ただ黙って見ていた。
物言わず、目をそらすことなく。
そんな少女の目から一筋の涙が落ちる。
「・・・・・・怖い、か?」
その涙は恐怖からだと
だが、少女はすぐに首を振る。
「・・・・・・そうか」
私は、これ以上会話しようともせず、踵を返した。
これで、白頭巾が救われたのか。
正直、分からないのだ。
だが、今私が出来るのこれだけで。
教室を出ると再び走り出す。
残り時間をどれくらい、だ。
もしかしたら。
行けるかもしれない。
5年前の姉御はまさに犯行の真っ只中。
誰にも気付かれず。
誰にも悟られず。
この時は、レンレンすらまだ糸口を掴めていない。
犯行の範囲は分かっている。
白頭巾同様、姉御の事は何でも知っている。
姉御は、この頃、何食わぬ顔で学校に通っていた。
その学園はここから近い。
着く頃には丁度、学校から出る頃。
そこを抑えれば。
必死に走り。
私は、当時、姉御が通っていた学園に着いた。
もう放課後になっており、生徒達はすでに校門をどんどん抜けていた。
この学校は有数のお嬢様学校で一貫校だからとても人が多い。
生徒達のわらわら出てくる。
だけど、私なら。
校門の先。
黒い塊が見えた。
全身に黒い靄がかかっているような。
明らかに異質。
両目は健在。
見た目には麗しき少女。
だけど、同世代の少女の中にいて全くの異端。
間違いなく姉御。
生きてる。
動いてる。
一瞬、涙がこみ上げたが、堪える。
早く、時間がない。
こっちに。
急に景色が大きく歪んだ。
あぁ、もう少しなのに。
後、ちょっと、なの、に。
無理矢理でも気付かせる。
今の私に、出せるだけの狂気を。
「姉御ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお」
一気に放出する。
これが、今の私なのだ。
見て、欲しいのだ。
少女が、姉御が。
届いたのか。
こちらを見た。
目が合う。
「・・・・・・・・・・・・貴方、凄いねぇ」
にっこり微笑んで。そう言った気がした。
気付いたらベッドだった。
カーテンから日の光が漏れている。
朝、なのだ。
隣の、白頭巾を見た。
その顔は。
とても、穏やかで。
心地よさそうに寝息を立てる妹の髪をもう一度撫でた。
今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。