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なんか、色んな道が交わるみたい。

 バトルの人達が大暴れ中ですが、箸休めにリョナ子の話割り込ませます。

 私はこれまで文句ばっかり言っていました。


 狭いアパートの一室で母親と二人暮らし。

 裕福とはほぼ遠い生活。

 欲しいものを我慢し、忙しい母に代わって家事をし、何故自分だけこんなに恵まれてないのか。

 考えれば考えれるほど自分が不幸に思えて仕方ありませんでした。


           ◇


 こんにちは、リョナ子です。


 ある日、後輩である一級拷問士の子から相談を受けた。


内容はこうだった。


 その子の家族が一ヶ月前に突然この世を去った。


 路上に倒れていたため当初事故に思われていたが、搬送先の病院での診断は内因性のくも膜下出血のよる発作であった。


 病死と判断されたためすでに警察によって敷かれていた緊急配備は解除される。


「・・・・・・亡くなったのは私の母です。その日、母は私の忘れ物を届けにここに向かう途中でした」


「・・・・・・そうか、それは、とても・・・・・・」


 こういう時うまく言葉が出てこない。


 しかし、すでに病死として処理されたこの件。


 この子は僕に一体なんの相談があるというのだろうか。


「一報を聞き、私はすぐに病院に駆けつけました。その時はまだ意識不明の昏睡状態で・・・・・・」


 ここで彼女は僕に数枚の写真を見せた。


「これは?」


「その時病院で撮った母の写真です。手の甲や、足首などに擦過打撲傷、皮下出血などが見られました」


 確かに、僅かだがそういう痕跡が数カ所見受けられた。


 ここで僕は漸く彼女が言わんしていることに察しが付いた。


「私にはどうしても・・・・・・母が病死だったとは思えないの、です。母は事故、つまりひき逃げにあったのではないかと・・・・・・そう思えて、なりません」


 彼女は言葉を詰まらせながらも、はっきりと僕にそう告げたのであった。



         ◇

 

 彼女は心身共に窶れていた。


 たった一人の身内。


 とても仲の良い親子だったらしい。


 女手一つで自分を育ててくれた母親にまさにこれから少しずつ恩返ししていく予定だったと彼女は弱々しく語ってくれた。


「どんなに忙しくても毎日お弁当作ってくれて、それがとても美味しくて‥‥」


 藁をも掴む想いだったのだろう。どこで聞きつけたのか、僕の顔の広さに彼女は一縷の望みをかけた。


 彼女の母親が倒れていたのは、人通りも少ない狭い路地。


 防犯カメラ、目撃者もなし。


 彼女の真剣な眼差しに心をうたれ、つい協力を了承したものの、さてどうしたものか。


 彼女が頑なに事故と疑っているのにもちゃんとした理由がある。


 実はこの母親の遺体はちゃんと司法解剖が行われていて、そこで一度は外因性のくも膜下出血と診断させていたのだ。


 外因性、つまりそれは彼女のいうとおり、事故による外的要因が関わったということ。


 なのになぜ最終的に病死と結論づけられたのか。


 それは、最初に診断した臨床医が主張を頑として変えず、司法解剖した医師もその可能性を否定しなかったからである。すり寄せの結果、臨床医の意見が通ってしまった。


 確かに外傷は、転倒のさいについたとしてもおかしくない。


 彼女はさらに検察審査会の制度も利用している。


 これは警察の判断に不満がある場合、審査会に審査を要請できるものだが。


「今だ審査中みたいだけど、審査会で決定が覆されることは稀。それこそ結論が出されたらもう手詰まりになる」


 こうなると僕にできる事は何も無い。


 それなら餅は餅屋に頼むしかない。


         

          ◇


「おお、なんだ、リョナ子、久しぶりじゃないか」


 そう明るく僕を迎入れてくれたのは。


 少し癖のある長い黒髪、色気を大量に撒き散らす赤ブチ眼鏡で白衣の女性。


 監察医、神野証子先生である。


 先生は、僕の大学にたまに来ては教鞭を振るってくれていた。


 僕ら拷問士は制度を利用してこういう専門的な知識の授業を無償で受けることができる。


 特級になると忙しくてほぼ顔を出せないから、二級あたりで頻繁に通うのが一般的。僕は比較的早く上に登っちゃったから勉強不足を補うため今でもたまに顔を見せる。


「先生、お久しぶりです。実は、かくかくしかじか・・・・・・」


「・・・・・・ふ~ん、なるほどね。どれ資料を見せてみろ」


 先生は、手渡した司法解剖の診断書や意見書に目を通し始めた。


「・・・・・・この司法解剖を行った医者は本当に法医学を学んだ者か?」


 先生の顔がどんどん険しくなる。


「内因性のくも膜下出血の場合、脳底部の動脈瘤が破裂するケースが多く、仮にその動脈瘤が見当たらない場合でも着色水を注入することで・・・・・・。外因性の場合は外力がかかる事によって脳挫傷や脳表面の血管が破裂するものであって脳底部動脈瘤はない。そして外傷の皮下出血だが、これも帯状圧迫痕が見られ、これは単なる自己転倒によるものでは・・・・・・」


 先生はペラペラと専門的な言葉を並び立てる。


 すでに僕の理解は超えており。


「先生・・・・・・てことはつまり?」


「これは外因性のくも膜下出血である可能性が極めて高い。したがって死因は病死なのではなく、状況的に事故死・・・・・・私に言わせればひき逃げによる他殺だ」


「っ!」


 僕はすぐにスマホを握った。


「あ、蓮華ちゃん、今大丈夫?」


 これはもしかしたら助かったかもしれない命。ひき逃げは絶対許されることではない。

 まずはすぐに蓮華ちゃんへ再調査の依頼をお願いした。


 そして、次に依頼者である・・・・・・。


「あ、僕だけど・・・・・・」


 ここで先生による診断結果、すでに事件の再調査が開始された事を伝えた。


 「あ、あああ、あ、あう、あぁぅう」


 彼女は必死に涙を堪え、言葉を詰まらせながらも。


「あ、ありが、とう・・・・・・ございま、す。わ、私、ずっとあの日、私が、う、忘れ物さえ、しなければって、ずっとずっと・・・・・・」


「・・・・・・うんうん」


「これ、で、もし、母が事故に巻き込まれていたならって。実は犯人がいて、って、そしたら、うう、母の無念はって、う、ううわああああああああ」


 ついに我慢できずに大声で泣き始めた。


 この子はこの子なりに責任を感じて、これまでやれることを全部してきたのだろう。


 大好きな家族を亡くした失意の中でも精一杯。


 現場検証、聞き込み、各所への協力要請。


 たった一人で、警察に医者、誰にも届かない言葉を叫び続けながら。


 彼女は受話器越しにしばらくお礼と嗚咽を交互に繰り返していた。


「リョナ子、私がちゃんとした意見書を作ってやる。私が出来るのはそこまでで、後は分かるな?」


「・・・・・・はいっ」


 先生が改めて再検査してくれる。


 蓮華ちゃんなら絶対犯人を特定してくれるだろう。


 拷問士は近い身内が関わる案件には手が出せない。


 僕は彼女に協力すると約束した。


 ならば最後まできちんと果たそう。


「ここからは僕がしなければならないね」


            ◇

 

 私はこれまで文句ばっかり言っていました。

 

 でも大人になり、私は色々知りました。

 貴方がどれだけ大変だったか今なら分かります。働きながら子供を育てて、それでも毎日欠かさずお弁当を作ってくれて。とても美味しかった、この言葉を何故あの時言えなかったのか。


 貴方は眠れない時歌を歌ってくれました。一緒に絵を書いてくれました。髪を結ってくれました。

 思い起こせばいい思い出しかありません。


 貴方は私を愛してくれました。

 私はとても幸せでした。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新待ってました!! ありがとうございます。 とても久々のリョナ子ちゃん回。 とてもシンミリしてしまった。 今回は拷問士であり、解剖学を知っていたからこそ気づけたのですかね。 自分だった…
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