うん、そして第二の爆心地 (殺人鬼連合 対 異端者連盟 其の十一)
其の十一て。
こんにちは、シストです。
今から僕も一仕事、まずはシャワーを浴びて・・・・・・。
おめかしをしたら。
さぁ出かけましょう。
◇
兎の仮面。
ぴったりと肌に張り付く、空気抵抗を極限まで抑えられた黒いインナーとショートパンツ。
殺し屋集団、ハイレンズのボス、蛇苺。
集団というのはすでに過去、現メンバーは蛇苺一人。
その昔、対峙したある殺人鬼によってハイレンズは蛇苺を残して壊滅していた。
「私は仕事に私情を挟まない。誰を殺そうが誰が死のうか関係ない」
話しながらも距離を少しずつ詰めていく。
仲間ならなおの事、必要とあれば簡単に捨て駒にする。
敵ならそれこそ容赦はない、過剰なほどの報復も辞さない。
元々この仕事は非情じゃなければやっていけない。
だけど。
「まだまだ未熟なこんな私にも弟子が二人いてね。その内の一人がこの前襲われて大怪我おったのよ」
蛇苺の歩みが止まる。
向かい合う二人の距離は互いの間合いの中。
長身の鳥マスク、当主付き名有り啄み〈蛇喰〉を見上げるように言い放つ。
「師匠としちゃ仇は取ってやらないとでしょ。なんでも襲った連中は変な鳥のマスクをかぶってたってさ。そう、丁度そんな感じの・・・・・・」
言い終えて、振りかざされる強烈な拳。
それを〈蛇喰〉が膝を振り上げて顔面への直撃を阻止。
攻撃は終わらない、体を反転、裏拳に切り替える。
しかしそれも長い足によって弾かれ。
止まらず追撃、身を屈んでその邪魔な足を目標を定めた。
狙うは膝、脛、足払い。
上から順に攻めるが、全て受け流される。
蛇苺のターンはここまで。
攻守は入れ替わった。
長い長い足から振り下ろされる踵落とし。
避ける、も地面は割れ。
軌道はそのまま斜め上。
これもギリギリ体を捻る、しかし無理矢理。
蹴りが描く線は消えない、変幻自在に最高速を保ったまま上から下、斜め、そしてまた上昇、かと思えば垂直真横に振り期す細剣のような足。
〈蛇喰〉の軸になっていた足先がミシリと音を立てた。
急旋回、極限まで捻られた体から繰り出されたのは。
突き。
細く、鋭い、長槍のようなそれは蛇苺の腹部目掛けて突き進む。
弾け飛ぶ蛇苺。
地面をゴロゴロ転がりながら後方へと押し出された。
「・・・・・・へぇ」
感嘆の声を上げたのは見事反撃を成功させた〈蛇喰〉の方であった。
「すご、なにあの蹴り、まともに食らったらお腹に穴あくよ」
すぐに立ち上がる蛇苺。
勿論、その腹部にダメージはない。
代わりに両肘、両膝のプロテクターが抉れ素肌が露出していた。
「とっさに肘と膝で包み込むように私の蹴りをガードしたのね、やるじゃない貴方」
「そりゃどうも、でも今度は肌じゃなくて骨が見えちゃいそう、同じ事はできないね」
出来るだけ余裕を見せているが、その実、蛇苺をしては心中穏やかではなかった。
自分より長身の相手、何より手足のリーチが違い過ぎる。
淡い期待だができれば初手の攻撃で終わられたかった。
この時点で、蛇苺の全力の攻撃はまるで通じず、反対に相手の攻撃がとんでもなく脅威ということが判明。
「・・・・・・あれだけの・・・・・・一瞬、軸足・・・・・・回転」
しかしこれは好機でもあった。
〈蛇喰〉も全く同じ事を思っていたので、ここで相手に余裕が生まれた。
余裕とは言い換えれば油断であり慢心。
距離が離れたのは〈蛇喰〉にとって好都合。
肉弾戦ならリーチの長い自分が圧倒的に有利とさらに余裕に拍車がかかる。
これが蛇苺に考える時間を与えた。
今、〈蛇喰〉が追撃を行えば、なんの対抗策もない蛇苺には為す術もなかった。
これが敗因。
〈蛇喰〉がこの時点では格下だった蛇苺に負けた理由となったのだ。
「相手の動きは分かる、でも体がそれに付いてこない、まいったねぇ」
美しくもしなやかな体、そこから捻り回転を加えた攻撃は、通常の蹴りの何倍も威力が増幅している。
「あいつの蹴り技、うちのリンシャン並ヨ」
「ボソボソ・・・・・・」
「そうネ、その中でもあの突きを特化させた蹴りは脅威ネ」
膝をつきながら二人の戦いを見守るシャレイとリライ。
「あの兎ではあれには勝てないネ。どうする、あれがやられたら次は私達ヨ」
「ボソボソ・・・・・・」
「そうネ、私達は九尾、ここで死ぬようなタマじゃないヨ」
シャレイは何か思ったか大声で叫ぶ。
「おいそこの兎、考えてから動いても遅いネ、その分行動が遅れて誤差が生じてるヨ」
「いや、そうなんだけど。なんだい、あれかい、考えるな感じろってやつ? 無理無理」
実際そんなこと蛇苺が一番分かっている。
相手の動きに一切無駄がなく技に美しさが加わったような。
例えるなら氷上を華麗に滑る一流のフィギュアスケート選手。
流れるように間隔無しで飛び交う蹴りの応酬。
それをいちいち見極めながら次の行動を決めなければならない。
これは躱せる、これは無理、なので防御、一瞬現れる隙、そこで攻撃。
答えが出る頃には相手の行動はもう何巡も先へと進んでいる。
考えるな、感じろ、それが出来ればいいのだがと。
「いや、できるネ。お前は耳だけに集中するヨ」
「はぁ?」
「私達がお前の目になるヨ。お前はそれに従って体を動かせばいいネ」
「どういう・・・・・・」
「どうせ死ぬなら私達を、そして自分の体を信じてみるネ」
「・・・・・・そうか、そうだね」
九尾の二人のダメージは深刻であったが。
その目は健在だった。
いくつもの死線を越え、肉片を、屍を、踏み、そして映してきた。
「これより狐は兎に手を、いや目を貸すヨ、共に鳥退治といくネ」
蛇苺が軽く息を吐く。
考える分を体に回せる。
預けるのはまさに命そのもの。
しかしその恩恵は計り知れない。
「もういいかしら、いい加減モタモタしてると私の可愛い妹分が死んでしまうわ」
さすがに痺れを切らした〈蛇喰〉が動いた。
地面を滑るように距離を詰める。
先に間合いに入ると。
そこから再び巻き起こる回転ダンス。
「右、次、斜め、軸交換、左突き、左、下から、交換、右下、斜め振り上げ・・・・・・」
目を借りるといっても蛇苺も目を閉じてる訳ではない、なので簡単な指示で充分すぎるほどのサポートとなる。
「なっ」
〈蛇喰〉が驚くのも当然。
先ほどはいかにも我武者羅の全力で避け防いでいたこちらの攻撃を。
今は舞い落ちる木の葉を避けるようにいとも簡単に、いとも緩やかに。
まるで別人。
優しく〈蛇喰〉の攻めをいなしていく。
それもそのはず。
目は二つだけではない、ここにいる九尾は二人。
「中段っ、膝狙いっ、足下っ、頭部っ、そのまま逆足追撃、同時に軸入れ替えっ」
「小突き、左下回し蹴り、そのまま振り落とし、その後振り上げ・・・・・・軸代え、反撃、今っ」
軸足が代わる瞬間の僅かな隙。
シャレイ、リライ、シャレイ、リライ、シャレイ、リライ、シャレイ、リライ・・・・・・。
二人による連続見極め、これによりほぼ先読みに近い指示が蛇苺に送られる。
普段声を出さないリライもここぞとばかりに声を張り上げる。
蛇苺の膝が〈蛇喰〉の脇腹にめり込んだ。
へし折られる肋骨。
肉体は鍛え抜かれている、それでもそれは柔軟性と体幹を主にされたもので蛇苺の攻撃を防げるほど分厚いものではなかった。
「っぐあ」
〈蛇喰〉のバランスが崩れた。
これによりもう次に指示が飛んでくることはなかった。
「目は返すヨ。もう充分ネ、後は好きにすればいいヨ」
勝負は決した。
蛇苺が相手の顔を両手で掴む。
引き寄せてからの顔面膝蹴り。
右、そして左。
仮面の中で砕ける骨。
ここからは乱舞。
素早い左の拳、からの強烈は右ストレート。
押し出すようにラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。
相手の顔だけを執拗に狙った、コンビネーション。
ハイキック、からの顎狙いのアッパーからの裏拳、からの・・・・・・。
すでに意識はない、鳥人形は宙に浮いたまま後ろへ後ろへと追いやられる。
最後に。
蛇苺は、体を捻る。
今の。
限界まで。
そこから繰り出される。
足による突きは。
「確かこんな感じだったかな」
〈蛇喰〉のものと遜色ないものだった。
めり込む。
つま先が鳥仮面を貫き、中身を抉り削った。
蛇苺+九尾の瞳 対 当主付き名有り啄み 蛇喰
相手死亡により、蛇苺+九尾の瞳の勝利。
◇
倒れ全く動かない〈蛇喰〉の前で何かしている蛇苺。
「うへー、自慢のお顔を拝もうを思ったけどこりゃ駄目だね、何もないや」
立ち上がるその手には血だらけの〈蛇喰〉の鳥マスクが握られていた。
「本当は首付きで持ってこうと思ったけど・・・・・・まぁそれはあっちでいいか」
「ひっ」
視線を向けたのはすでに死んでいる雨覆、そして瀕死の雪薔薇であった。
「それどうするネ?」
「弟子のお見舞いさ。手ぶらじゃなんでしょ」
「はは、そりゃ弟子も喜ぶヨ」
「君らにはお世話になったね。私も随分鍛えたと思ったけどまだまだだね。君らとの差も全く変わってないみたいだ」
「そりゃ私達もいまだ成長中ネ。ま、お互い、これからも頑張るネ。できれば敵としては会いたくないヨ」
「それは私も同感だね」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、リライはさっきので一年分くらい声を出したからもう当分喋らないヨ」
◇
こつこつと白い宮殿のような通路を数名の人影が歩く。
そこら中に鳥マスクの死体が散乱していた。
「もう終わったのか」
「そうですね、多分」
「凄いのが前にいるのは確か、果たしてどっちですかね」
「どっちでもいい、そのためのお前らであり、私達が用があるのはその先」
ここからでも香る激闘の残り香。
勝者がどちらかなのは、もう少し歩けば分かる。
水星の魔女、面白い-。