うん、まずは一つ目爆心地。(殺人鬼連合 対 異端者連盟 其の十)
こんにちは、シストです。
それぞれの爆心地。
時間、場所こそ異なっていましたが。
そのどれもが大きく。
そして激しいものでした。
◇
現九尾筆頭のロウトウ。
体の自由は奪われた。
辛うじて口を僅かに振るわせる程度。
蚊ほども小さく呟いた言葉。
「・・・・・・は、母上」
そう、今、この場を完全に支配していたのは。
元九尾筆頭、本体でもあるババ様の娘シンイー。
またの名を、葵シスターズの超戦闘部員殺人鬼見習いラストミール。
すぐ傍で膠着しているロウトウの母でもあった。
「今、動ける者だけかかってきてくださーい」
この場にいるのは5人。
輪廻転死。
ババ様はじめ九尾メンバーが好んで使う秘術。
相手に自分との力量差を強制的に知らしめる事で無用な戦闘を完全にカット。
ここで動けないという事は、何度戦闘を繰り返しても勝率はゼロという事。
シンイーの輪廻転死によりこの場にいたロウトウ、名有り啄みの二羽の動きが封じられた。
唯一、動けたのは。
空気が押し出される。
前方へ大気が。
まるで空気すら邪魔だと言わんばかりに。
超高速で飛び込んで来た者。
シンイーとの距離が一瞬で詰まる。
名有り啄みの中でも三本の指に入る、当主付きの猛者。
速翼、与えられたその名は伊達ではない。
啄み部隊の誰よりも速く。
その速度は今まで誰にも捕らえられた事がない。
速翼のそのスピードがたっぷり加算された拳。
シンイーの顔面を捕らえ。
当たれば首は何周もしたことだろう。
その時、その周囲、空へと湧き上がる小気味良い鈍い音。
思わず反射的に顔をしかめる不協和音。
速翼もしばし気付かない。
自分の頭の中では女の首が背中を向いていなければならない。
なのに。
おかしい。
あらぬ方に向いていたのは他ならぬ自分の腕であった。
「あ、ああああ、ああがあああああああああああああああああああああ」
手首から肘、その丁度中間で速翼の腕は折れ曲がり90度上にそり上がっていた。
「な、なああ、ああ、あ、ありあええなあい、ど、どういう、は、なんで、は????」
速翼は混乱していた。
今まで絶対6しか出ないサイコロを振り続けてきた。
しかし、今出た目は1。
想定外、予想外、全く考えていなかった事態。
動揺する速翼、それを静かに見守るシンイー。
口元に手を当てて、少しだけ笑いを堪えた。
「貴方、あれですね、今の攻撃、絶対当たると、そう思って。あぁ、なるほど、貴方知らないんですね、自分より強い人を見たことがないから、ふふふ」
速翼は自分でもイメージ出来ていなかった。
本来なら避けられた後の対応もこなせる実力は備わっていた。
だが、それは無理というもの。
絶対が覆されることなどあり得ないと。
天地がひっくり返ることがないように、自分のスピードを捕らえ、あろうことが反撃されるなど夢にも思っていなかった。
ここで漸くなにが起きたか脳が理解しようと動き出した。
何故自分の腕が折れ曲がっているのか、改めて思考する。
あれは風と一体化して突き出された拳。
シンイーはそれを髪一重で横にずらすと。
その真っ直ぐ伸ばされた腕に、上から両肘を、そして下からは膝を。
噛みつく。
砕かれる、肘と膝という凶悪な牙はいとも簡単に速翼の腕を粉砕したのだ。
「くそが、初めて、ありえない、俺は誰よりも速く、見切られるはずなど・・・・・・」
「良かったですね、これで今度からはちゃんと考えられますね、避けられたらどうしようって。まぁ、次なんて・・・・・・ないんですけどねぇ」
女が笑うと。
紫と黒の交合した毒のような霧が立ちこめたような気がした。
「でも、残念です。久しぶりに私の輪廻転死が通用しなかったお相手だったのに。早々に腕を一本失って。せっかく楽しめるかと思ったのですが・・・・・・」
もう勝負は決したに等しい。
実力が伯仲した対戦で腕一本使えないハンデは恐ろしいほど大きい。
「もう一度輪廻転死をすれば、多分貴方は動けない。残念、残念、貴方が、慢心してるから、あの程度の速度で、避けられないなんて、あぁ、戦いたい、でも、あはぁ、そうです、良いことを、私、良いことを思いつきました」
シンイーは何を考えたのか。
自分の右腕をプラプラ揺らすと。
次の瞬間。
この日、二回目の小気味良い、鈍い音。
自分の膝に全力で叩き付けられた自分の腕。
速翼同様に、いや見た目はさらに凄惨。その腕は中央から骨が飛び出し肉が露出、そしてあり得ない角度へ曲がっていた。
「これで同じですね。さぁ仕切り直しましょう」
女の言葉。
その常軌を逸した行動。
気にする余裕はない。
なぜなら、女の姿はすでに無く。
速翼の後ろへと周り込んでいた。
壊れた腕で頭部目掛けて振りかぶる。
速翼はそれを間髪避ける。
おそらくそれは最速を誇る自分だからこそ避けられたのだと。
そう自覚させられるほど全く余裕を感じさせない攻撃。
他の啄みならあの突きだした骨が脳を貫通していたであろう。
失いかけていた自信が舞い戻る。
やはり自分は最速なのだと。
少なくともこの化け物に通用する。
ここから加速していく。
どんどん、どんどん。
「お、いいですね、でも、駄目ですよ、また調子に乗っては、ちゃんと見えてますからねぇ、想像してください、自分より強い者を、そして自分より速い者を」
制御できる限界。
そこをキープしながら移動、攻撃、回避を行う。
それなのに。
この女は。
追いつき、避けて、当ててくる。
「駄目です、駄目です、それでは、子狐達なら、あれです、この状況で、制御とか、限界とか考えませんよ、もう生きるか、死ぬか、つねに二択、貴方、生きようとしてません?」
「なんだっ、なんなんだ、貴様はっ! 一体、何者だっ!」
お互い、僅かに影を残す程度の高速展開。
その場に残され金縛りにあっていた三人にはもう認識できない。
いったいこの光の中で何が行われているのか。
数秒? 数分? 範囲の外での時間枠ではそれもよく分からない。
次に二人の姿が露わになった状況は。
「っがっあっあっ!!!」
シンイーに一差し指を掴まれ、そのまま地面に背負い投げならぬ指投げで叩き付けられる速翼の姿であった。
「捕まえましたぁ」
にこやかに。
「あぁ、今ので指折っちゃいましたね。じゃあ・・・・・・」
自分の一差し指を逆の手で握ると。
枯れ枝でも折るように。
「これでお揃いです」
そんなやり取りが。
二人が消えて、現れての度に起こっていた。
両腕はどちらももう使い物にならない状態で。
今だ健在な両足で繰り出される目にとまらぬ攻撃。
攻撃と呼ぶにはお粗末な。
ただ健在な部位でぶつかってるに過ぎない。
衝突すれば、折れ、潰れ、曲がる、人体。
二人の動きが緩やかに下降していく。
体中から血を撒き散らしている。
シンイーは相手にダメージを与えると、それと同じ部分を自傷しバランスを取っていた。
それによりつねに同じレベルの戦闘は続いていたが。
「・・・・・・まず、い。そろそろ・・・・・・」
拙くもはっきりした音量で声を出すロウトウ。
最初はまるで見えなかった二人の死闘。
今なら辛うじて分かる。
それだけ二人のダメージが蓄積されて決着が近い証拠。
それは同時に・・・・・・。
終わりは急に訪れた。
ゴングの代わりに聞こえたのは、頭蓋と頭蓋がぶつかる音。
限界を超えた速度で二人は衝突。
額と額が重なり。
そこから空気の層が広がる。
数秒の膠着。
先に動いたのは。
シンイー。
今一度と。
背骨を鞭のようにしなられ限界まで背中を反ると。
追撃。
波状する衝撃波、そして大量の血。
膝をつく速翼。
さらに。
反る、大きく。
あぁ、これが幕引きなんだと。
その場にいた者達は悟る。
三度目の衝撃音が響き。
速翼の全身は地面へと吸い込まれる。
俯せに倒れるその体。
なのに首だけは空を見上げるように上を向いていた。
ぐちゃぐちゃになった腕、指。
至る所から流血してその体は満身創痍。
そしてそれは起こった。
ロウトウの体が急に自由になる。
これを予想していたロウトウがいち早く飛び出した。
シンイーの輪廻転死が解けたのだ。
このボロボロの状態で、自分達は漸く勝てる可能性が生まれたのだ。
解放かれたのはロウトウだけではない。
最初に戦っていたあちらの名有り啄み。
その二人もすでに行動を起こしていた。
一人はこちらに。
そしてもう一人は。
立ったままピクリとも動かないシンイーへと。
「母上っ!」
叫んだのは丁度こちらを抑えに飛び込んできた鳥の爪を避けた時であった。
間に合わないと。
刹那の間でさえ。
後悔と、自責、憐れ、押し寄せ、巡り。
母を映す瞳。
覆い重なるように。
赤い華が地面から生え広がる。
彼岸花のように見えたそれは。
まるで血のようにただ赤く。
シンイーの前には一人の女性の姿。
女のつま先が空を指す。
襲いかかってきていた鳥は。
それに従うように。
大空へと羽ばたく。
自分の意思とは無関係に。
やがて重力によって落ちてくる鳥の背中を蹴りつける。
勢いよく飛んで行った先。
それは戦闘中のロウトウの元であった。
「・・・・・・返却」
成り行きで手を貸したが、あくまでこの刺客達の相手はお前だと。
「まったく貴方は昔から全く変わらないわねぇ」
奥からまた別の妙齢の女。
その声に反応したのか。
「カリバちゃんっ!」
止まっていたシンイーの体が急に活発に動き出す。
「・・・・・・拒否」
カリバの前にすごい勢いで駆け寄ろうとするシンイーを赤髪の女が遮った。
「・・・・・・あらあら、これは。ちょっと辿り着けそうにないですねぇ」
唇を尖らせ悔しそうに諦めるシンイー。
「あっちに車を用意させたわぁ。うちの系列の病院へ連れてってあげるから乗りなさい」
「カ、カ、カ、カリバちゃんっ!」
「勘違いしないでねぇ。これはあくまで頼まれたからであって私の意思ではないのよぉ」
そういいカリバは背を向けた。付き従う赤髪の女。
「あれ、貴方の子でしょお? 苦戦してるじゃない。どうしてもっていうなら私の瑞雀ちゃんを貸してあげてもいいわよぉ」
「・・・・・・あの子は現九尾筆頭だから、あの程度で負けるようならそれまで。明日も生きるなら乗り越えるしかない、だから手助けはあの子のためにならないの」
「・・・・・・そう」
「でも、きっと勝つわ。あの子はお母様の孫で・・・・・・私の子なんだもん」
元九尾筆頭シンイーこと現ラストミール 対 当主付き名有り啄み速翼。
ラストミールの勝利。
その数十分後。
現九尾筆頭ロウトウ 対 名有り啄み血吸&同名有り啄み森忍。
決着。
意識朦朧、精神、肉体ともにボロボロの状態ながらロウトウの辛勝。
途中から数人の九尾メンバーが現場に駆けつけ影ながら見守っていたが。
体にいくつも穴が開こうが、肉が裂けようが、全身真っ赤に血で染まろうが。
誰も最後まで手を貸そうとはしなかったという。
それは勿論皆自分達のリーダーたる器かつねに見極めているため、そしてなにより信じていたため、最後にロウトウ自身が決して逃げず背を向けずに立ち向かっていたからに他ならない。
瑞雀に蹴られた森忍は勿論瑞雀にヘイトを向けましたが、すぐにロウトウの追撃を受けまずはこっちを二人がかりでさっさと倒してしまおうと考えました。まぁどっちにしろって感じですが。