わわ、壮絶な椅子取りゲームの始まりだよ(殺人鬼連合 対 異端者連盟編 其の一)
この場の空気を全て吸い尽くしてしまうのではないかと。
全身が強く上下、それは木馬が暴れるように。
固く、鋭いものを押しつけて。
「はぁはぁはぁあああはあぁあはああああ」
鼓動は激しく、逆流してしまいそう。
◇
聖フィリップラヴクラフト女学園。
今は昼食時。
学生の大半は広大な学食でのランチを楽しんでいた。
「で、それでタシイさんがぶち切れちゃって~、でもそこは目黒さんが一声かけることでおさまったんすけどねぇ」
「九相図はすぐ切れるから、眼球アルバムがいて良かったね」
紅 紅子と白頭巾こと白雪の二人は奥のテーブルで食事をとっていた。
このテーブルはこの学園では特別な場所。
本来選ばれ認められた特定の者達しか使用できなかった。
本来中等部であるこの二人が使う事自体異例な事であったが、以前ある出来事があって全校生徒がこれを認める事になっていた。
そんな光景が当たり前。
しかし始まりがあればいつか終わりが訪れる。
テーブルには二人が頼んだ高級なフレンチ。
いくつもの皿、上には色とりどりの料理。
喉を鳴らす二人。
今、まさに互いのフォークが自皿に向かっていた、その時。
割れる食器、宙に舞う中身。
生徒達の談話は、同じく轟音によって吹き飛んだ。
二人のテーブルに叩き付けられた椅子。
食堂に備え付けられたその一つを両手で持って振り下ろしたのは一人の少女。
「ぷ~い、どうも、こんにちは」
特殊なコンタクトか、黒目が異様すぎるほど大きく。
その目に見つめられるとどこか不安な感情がわき起こる。
それは白雪達も多少なりとも感じとる。
「・・・・・・なに、この子、紅子の友達?」
「いや~、同じ中等部みたいっすけど、この私にこんな態度取る奴知らないっすねぇ」
二人は座ったまま相手を見据える。
「なに、怒った? 怒っちゃった~?? え~、怖い、怖い~」
デカ黒目が体をくねらす、その隣にはもう一人いて。
「殺人鬼連合、紅 紅子ですね、まぁ聞く間でもなく、あぁ無駄な時間、勿体なきなき」
背が高く線は細く、小さな三角の顔がより一層そう連想される、形容するならそれは蛇。
「・・・・・・何者っすかね~」
素性を知られていると、紅子も嫌でも身構える。
「名乗るのが遅れました、私、一条 嫉と申します」
「私は、近衛 憤、覚えておいて、今すぐ、頭にいれろ、な? ね?」
二人は自分に名を名乗ると、最後にこう付け足した。
「私達、どちらも・・・・・・異端者連盟・・・・・・所属、です」
二人の不気味な笑み。
異端者連盟。紅子と白雪は互いに顔を見合わし、そして首を傾げる。
「聞いた事ないっすね~」
「・・・・・・どうでもいい、どこの誰だろうが、せっかくの食事を無茶苦茶にされた」
二人は椅子から立ち上がり、向かい合う。
「そうっすねぇ、これ、どういうつもりっすか?」
「・・・・・・・・・・・・制服も汚れた」
殺人鬼、その素があふれ出る。未熟な二人はうまく隠せない。
感情のコントロールは苦手、だから敵と認識した相手への威嚇は全力。
睨め付け、今にも飛びかかりそうな、牙を剥きだして、爪と突き立てて、二人は目の前の女達に目を合わせる。
「おおおお、怖い、怖い、やっぱり怒ってる? 怒っちゃった?? ちゃま、ちょま、お子ちゃまぁ」
「まぁまぁ、ちゃんと弁償しますよ、食事も、クリーニング代も、払えばいいんでしょ? お金ならなんぼでもありますから」
二人は意に返さず、人を食った態度で二人を見つめ返す。
一色触発、周囲にいた生徒達、誰の目にも明らか。
「ちょっと、貴方達、何をしてますの!?」
そんな二組に割り込むように表れたのは三人の生徒。
「ん・・・・・・受け継がれし先輩達っす」
「・・・・・・元ね」
止めに入った三人の高等部生徒は以前この学園で絶大な影響力を誇った三椿、その直系の妹達。三椿制度自体はすでに廃止されてはいたが、今だ、本流である彼女達もまたその存在感は健在であった。
「あらこれは先輩方、なんの御用でしょう?」
「そうそう、これは私達の問題、口出しされたくない、の、よ? だぞ?」
異端者連盟を名乗る二人の態度は変わらず、それは受け継がれし先輩に対しても同様だった。
「そうはいきません、紅さんと白雪さんは、私達も認めた、真の受け継がれし者達なのです」
三人の先輩達は白雪達を庇うように前に立った。
しかし。
「本当に? その二人が? 真の受け継がれし者~??」
「よく見てください、先輩方、いやここにいる全員だ、だぞ、見ろ、な?」
デカ黒目の女の顔が天を仰ぎ、両手を広げる。
「勿論です、特にこの白雪さんは、あの黒椿、葵様の直系。葵様の妹でもあった円様の妹なのですよ、資格としては充分です」
「そうです、そうです。そして紅さんのお姉様はそれはそれはお美しいくて、まさに神が作り出した最高傑作で・・・・・・」
デカ黒目が大きく広げていた両手、それを勢いよく元に戻し大きく叩いた。
手が合わさり、食堂全体に響く乾いた音。
「だからなんだ? 直系だが何だか知らないけど、凄かったのはその黒椿やその妹だろ、実際、こいつら自体はなにか凄いのか? 家柄は? 成績は? 美貌、運動、なにか一つでも備えてるのか? え? どうなん? だろ? な? ね?」
「そういう事ですよ、先輩方、その席、本来誰が相応しいのか、それは・・・・・・」
「私達だ、ぞ? な? だろ?」
しばしの静寂、皆頭で今の言葉を考えていた。
「もう一度、問います。私達は一条と近衛、家柄は最高。成績も運動も申し分無し、加えてこの美貌、この選ばし者が座るというこの席、一体どちらが相応しいのでしょうかね?」
誰も言い返せない、この場にいるのはほとんどがお嬢様。
ならば、その言葉の意味も充分理解できた。
一条と近衛は確かに家柄としてはこの国でも最高峰。
それが意味するところはこの学園においては大きすぎた。
◇
紅子、です。
数日前までちやほやされていた紅子です。
今は誰も近寄ってきません。
あの一見以来、私達の取り巻きは一斉にあの一条だか近衛だかに付きました。
クラスメイトも急に他所他所しくなり、今は教室の隅っこで食パンをかじってます。
「なんで、こんな事に・・・・・・」
「・・・・・・しょせん、メッキだったんだよ、私達は」
そう薄く張っていた金箔が剥がされたんす。
成績なんてトップを争うどころかどっちが最下位になるのかっていった感じで。
教室で食べてるのにも理由があるっす。
食堂にいけば・・・・・・。
[あれ、なんか貧乏人の臭いがしますわねぇ]
[お馬鹿さんの臭いもしますわ]
なんてどこからとも無く聞こえてくるんすよ。
前に受け継がれし先輩達に楯突いた時のように味方は誰もおらず二人きり。
こういうのはエスカレートしていくもので。
「また靴がない・・・・・・」
「私なんかまた机がない」
学園カースト最上位から一気に最下層へと。
「くそぉ。あの二人、殺そう、まじで、もう殺してやろう」
「前もいったけど、あの二人の家柄が凄いならあんた達でももみ消せないでしょ」
そうなんすよね。私も一応お嬢様なんすけど、あいつらは別格。
分かりやすく貴族で例えれば、私はしがない田舎男爵、白雪ちゃんにかぎっては平民。
そんであの二人は公爵ときた。そりゃみんなあっちにつきますわ。
「こうなったら相談するしかないっすっ!」
「え? 誰に?」
拳を握り立ち上がるっす。
「勿論、私の頼れる姉貴分であるタシイさんにっすよっ!」
「九相図助けてくれるの? なんかそういうのは自分でやれって冷たく突き放すイメージなんだけど」
「そんな事ないっすよ、タシイさんは他人や敵には鬼や悪魔っすけど身内や仲間にはとても優しいんすっ! 実際、前メンバーが集まってた時・・・・・・」
確かアジトで、新メンバーが入る度言うんすよ。
「いいか、お前ら、私達は仲間だ、困った時は私にいえ、悩むな、迷惑になるなんて一切思わなくていい、私に限った事じゃない、仲間が困ったら皆全力で助けろ、自分が困ったら仲間を頼れ、私達は一心同体、喜びも苦しみも悲しみも、同じだ、私達は」
その時のタシイさんの顔は本当に凜々しくて美しくて。
私達は元からおかしくて、狂ってて、拠り所もなくて、でも一人は寂しくて、弾かれても、交われなくても、やっぱり寂しくて。
「てなわけで、私はタシイさんに遠慮なく頼ろうと思うっすっ!」
◇
殺人鬼連合、アジト。
年期の入ったアンティーク椅子にどっしり座る美女。
神々が織ったかのような煌びやかな絹糸のような髪を掻き上げ。
スマホを耳にし一言こういった。
「おう、分かった、後は全部私に任せろや」
◇
数日後。
聖フィリップラヴクラフト女学園。
昼食時、学食は相変わらず賑わっており。
少し前まで紅子と白雪が座っていた席で食事をしているのは。
「ふ~ん、ここの学食もそれほど悪くないですね、無理矢理転校させられたうえ食事も不味かったら最悪でした」
「会長も少し大げさだったんじゃない? ね? だろ? 殺人鬼連合だかなんだか知らないけどメンバー一人に対して私達二人も来る必要なかったよ、ね? だろ?」
「確かに、あれ以来、あの二人も特になに・・・・・・」
異端者連盟、一条 嫉と近衛 憤の座るテーブルが突如跳ねた。
当然、上に置かれていて食事も飲み物も飛び上がる。
飛び散ったそれらが二人の顔や制服を汚す。
「・・・・・・どういうつもり、です、か・・・・・・ねぇ」
「・・・・・・おい、お前ら、動くな、よ、な? 一歩もだ、いまから少しでも動けば、な? 分かるね、だろ? な?」
怒りに震える二人。
振り上げた片足での踵落とし、それをテーブルに激しく叩き付けたのは、勿論。
「あぁ、汚しちゃいましたか、すいませんっす、あぁ弁償するんで」
紅 紅子。
その隣には白雪。
さらに。
「この学園にもうお前らの味方なんて誰もいない、ぞ、おい、潰す、もういい、もう殺す」
「じっくりいびり殺してやろうと思ったが、もうやめ、人思いだ、平民、お前ら、処刑、だ、ぞ? な?」
どこからともなく、怒り狂う二人の後ろに取り巻き達が集まってきていた。
「あらあら、大層な家柄の割りには、言葉が汚いですわね」
「せやなぁ、そんなんじゃお里が知れるで~」
今度は紅子と白雪の後ろにも人が大勢集まる。
その集団を率いるは、ここの制服を着る。
「わたくし、百目鬼 空音と申しますわ」
「うちは大下倉 古論や」
殺人鬼連合所属の二人。
「ち、北の百目鬼家、西の大下倉家」
「これはこれは、大物が釣れたわ、な、だ」
◇
紅子からの助けを受け、タシイがスマホを切るなり大声で叫んだ。
「古論っ、空音ぇ、すぐにお前らラヴ女に転校して紅子の力になってやれ。そのさい、お前らの息のかかった奴ら全員連れてけ」
「それは構いませんが、さすがにその人数急に受け入れられますかね」
「愚問や、不可能を可能にするのがうちの大将やろ」
こうして古論と空音は元いた学園の生徒達数十人を引き連れラヴ女へと。
◇
そして現在。
「私達、百目鬼家と大下倉家は、いまから紅子ちゃんに付きますわ。私達の地元方面の方々はこちらに付いた方が色々面倒がありませんことよ」
「担ぐ神輿は軽いほうがええしな」
「確かに私達は小さくて体重も軽いっす」
「そうだね」
睨み合う二つの塊。
これはただの火種に過ぎない。
これから起こるは。
殺人鬼連合 対 異端者連盟。
小さな火はじょじょに大きく燃え上がる。
葵誕生日回はネタが思いつきしだい遅れて更新したいと思います。
ちなみにラヴ女、三椿関連は無印リョナ子の[あのねアザトース様が見てるのの学園潜入編]、そしてここの[わわ、受け継がれし者達に目をつけられたんだよ]を読んで頂けるととより分かりやすいかもです。