おや、これは敵いませんね (対シャーデンフロイデ編 其の四 終)
こんにちは、蓮華です。
人の心の隙間に入り込み、あるときは優しく、あるときは弱みにつけこんで、その境遇、性質、巧みに操り、自分達は決して手を汚さず、そんな狡猾で卑怯な者達、通称シャーデンフロイデの最後は・・・・・・。
ドアを開けます。
ここが奴らの活動拠点。
その辺によくある間取りのアパートの一室でした。
空気が入り込むと大量の紙が舞い上がります。
壁、天井、一面に張り尽くされてなお床に散乱していました。
黒い文字、白い紙、吸い込んだ血の赤。
中央には、正座し向かい合った二つの死体。
広がる血は紙に吸われながら広がる。
「・・・・・・遅かったですね」
どうやらこの人達はどこかでパンドラの箱を開けてしまったのでしょう。
調子にのって自分達では気付かないまま。
とても手に負えないような化け物を途中で作ってしまったのです。
「そうなるとその化け物を早急にどうにかしなければいけません」
◇
呪われてます、ワタクシ、生まれた時から呪われているのですよ。
もっと綺麗に生まれれば、もっと頭がよく生まれれば。家が裕福だったなら。
もっと、もっと、もっと・・・・・・。
ええ、分かってます、無い物ねだりなのは、世界を見れば、まだどれほど自分がましなのかも、でも、基準は今いるこの場所なのです。
だから、自分は不幸で、やはり呪われているのです。
世界に嫌われ、世界に呪いをかけられた。
綺麗なら、臭いとかブスとか言われなかったでしょう。
家が裕福なら、皆がうらやむようなもので優越感を得たかもです。
運動ができれば一目置かれたかも。
「呪い返しましょう、この身が呪いに溢れているのなら、それを周囲に撒き散らそうと思うのですよ」
足の踏み場もないほど紙が敷き詰められ、床は白かと勘違いするような。
薄暗い室内には二人の男達。
両手は後ろで縛って、その場に正座させたのでございます。
「ど、どういうことかなっ、私達は何もしてないんだよっ」
「そうだよっ、やったのは関係ない人達で・・・・・・ぎゃあああああああああああああああああああ」
一人の太股にボールペンを差し込んだのでございます。
これでもかと、力を込めて、振り下ろすと、悲鳴でございます。
「な、なんで、なにも悪い事はして、ないん、だよ」
それを見ていたもう一人がそう呟き。
でも、おかしいのでございます。
「そうでございましょう、そうでございましょう、ワタクシもです、ワタクシもなにも悪い事はしてございま・・・・・・せんっ!」
そのままもう片方の者の太股にも同じように。
「ひぃあがいあああああああああああああああああああああああああああ」
同じくらいの音量。
痛いでございましょう、痛いでございましょう。
ペンを抜くと、そこからぴゅっと血が溢れ出しました。
とめどなくでございます。
「ああああ、いいだああああああ、あああはあはああああああっははははは」
「本当だ、だ、だね、いだい、いだああああ、ああははあはあああはははあ」
おかしいのでございます。おかしいのでございます。
お二人共あまりの痛みに涙を流しだしたと思ったら。
なんてことでございましょう、笑っておられます。
「いだあああ、ああ、でも、き、君もいだ、いね? いだいよねぇええ?」
「うんうんん、いだい、でも、君もいだいね? いだいよねえええ??」
これはどういう事でございしょうか。
不思議に思いながらも今度はペンを瞳に向かって。
突き刺します。
「っひひひはぎゃあがああああああああああああああああああああああああああああ」
悶絶、想像を絶する痛みがこの者を襲った事でございましょう。
すると、向かい合っていた相方が。
「あああ、刺さって、あんなに刺さって、い、いたそう、これはああああ、いい、いいね、いいい、最悪に、不幸ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
歓喜の表情を見せるのでございます。
「あああああ、いいいだあああ、み、みえなあああ、狂いそう、痛みで、あああ気がくるいそ、あ、ずるい、早く、そっちも、見せて、片方の目で、早く、見せてっ」
片方を傷つけると、片方がそれはもう笑うのでございます。
耳を切り落とせば、大笑い。
爪を剥げば、涎を垂れ喜ぶ。
互いが互いの不幸を見て、満足するのでございます。
「とんだ変態さんでございますね」
苦痛、絶望、たしかに与え続け、しかし、それを上回る幸福感がこの者達を包み込む。
「そうでございますか、でも、貴方達はワタクシを作った、親のような者でございます、最後にこれを親孝行とするとしましょう」
交互に指を切り落とす、こっちを一本、あっちを一本。
その都度、私の創造主様は笑い、泣いて、叫んで、また笑うのでございます。
痛いでしょう。
傷つけて。
痛いでしょう。
喜んでもらえて。
痛いでしょう。
最後に創造主様達は。
遺体になって。
もう笑いません。
◇
こんにちは、蓮華です。
化け物はまだ生まれたてです。
今、最優先で捕らえなければなりません。
一連の事件の黒幕、それを屠った者に目星が付きました。
最後の学園集団飛び降り事件での関係者。
今も何食わぬ顔を学園に通っております。
私は円さん、白頭巾とともに少女の元へと。
できるだけ極秘に、速やかに、じゃないととても面倒な事になります。
◇
世界は朝なのに暗く、どんよりと、まるで色をどこかに置いてきたように。
呪われているからでございましょう、この身がでございます。
鳥のさえずりが苦痛、今日は休日だけど、普段は学園に向かうこの一歩、一歩がまた茨の道を歩いているようで。
教育熱心だった親からはとうに見限られ、恋愛など最初からこの醜い顔のせいで諦め、なにもかも実らないものに費やす努力は最初からしない、友人も、理解者も、味方も私の周囲には誰もいない。
呪われている。
無視や陰口ならまだいい、でも直接的な暴言や暴力は心をどんどん切り取っていく。
毎日、薄く、時にはごっそり、その空間にいることだけで、苦痛、痛い、痛いって、声が聞こえてくる、そう、自分、内から叫びが聞こえる。
もうワタクシを弄んでいた輩はいない、ワタクシが全部排除したから。
でも、切り取られ続けた心はもう戻らないのでございます。
下を向いて歩いていると。
「あ、こんにちは~、ちょっといいですかぁ?」
影がワタクシの前に。
顔を上げると。
エメラルドグリーンの綺麗な髪、下に行くほど濃く、深く。
その隣、金髪、歯がギザギザ、その目は眠そうなのにこれまで見たことないほど鋭い。
さらにその隣、小さい女の子、空は太陽が昇っているのに学生服の上に白いレインコートを羽織っている。
一瞬で悟った。
中央の女は微笑んではいるけど。
「ワタクシに・・・・・・なにか御用でございますか??」
呪いを振りまくように、内側から覗くように目を合わせる。
反転したワタクシが視線を向けると皆目を背けた。
敵意を、際限無しの、遠慮無しの、ワタクシは一旦走り出すともう止まらないぞと、優しく教えるそんな表情。
「いやぁ、ちょっとだけお話を聞きたいんですよね、申し訳ないんですが少しお時間頂けます?」
されど動揺はなし、ワタクシをまるで幼子のように包み込む。
危険、危険、危険、この女も、いや隣、その隣、全部、慣れてる、ワタクシの前にいるこの者達は、今のワタクシよりずっと上の存在。
その証拠に、ワタクシがとっさにポケットの中で握ったペン、それが動こうとはしないのでございます。
手を出すなと、返り討ちにあうと、ワタクシはこの時点で分かっていたのでございましょう。
そうなると、とる行動は一つでございます。
「すいませんが・・・・・・お断りします」
ワタクシは背を向けると全力で駆け出しました。
「あっ、円さん、白頭巾っ!」
「ういうい、確保なの、だ」
「え~、走りたくないなぁ」
ワタクシは運動は得意ではないのでございます。
それに対して相手はとても俊敏そうでありました。
ただ一つ、有利な点があるとすればここがワタクシの慣れ親しんだ地元だという事でございます。
狭い路地、どこがどこに繋がっているか網羅し、分かりづらい場所を選んで逃走します。
怖い、怖いのでございます。
こうなったワタクシにさえ恐怖を与える存在。
何者なのでしょう、追ってくる気配の圧がものすごく。
ワタクシは潰されそうになるのです。
怖いのでございます。
思い出すのでございます。
みんなの悪意が。
みんなの声が、人を人とも思わない態度が。
涙が溢れ、前方の景色がぼやけるのでございます。
怖いのでございます。
誰も助けてくれなかったのでございます。
呪われているから。
世界からワタクシは嫌われているから。
だからみんな、ワタクシを異端者のように扱って。
無我夢中で走って。
「待つの、だっ! もう逃げられないの、だっ!」
「あぁ、どうせ捕まるんだからもう諦めてー」
後ろから聞こえる声はどんどん大きくなって。
もう捕まるのでございます。
またワタクシは酷い事をされ・・・・・・。
もう体力の限界と。
地面にへたり込みます。
すると当然、追いつかれます。
さっきの二人が私のすぐ後ろに。
でもおかしいのでございます。
これ以上近づいてこないのでございます。
あと少し手を伸ばせばすぐ捕まえられるというのにでございます。
激しい呼吸が少しずつおさまっていくにつれて。
狭かった景色が広がっていきます。
ここはどこか見覚えがある場所で。
「よう、なんだ、なんだ、どうした?」
声が聞こえたのでございます。
振り返るとそこには。
「あ・・・・・・タシイ・・・・・・さん」
アンティーク調の椅子にどっしり座るタシイさん。
それだけではありません、タシイさんの周囲には。
「おい、切り裂き、ここがどこだか分かって足を踏み入れたのかい?」
「あ~、白雪ちゃんす、学校以外でも私に会いに来たっすか?」
この前知り合った面々が。
「ミイサ、こっちに」
そう言ったのは芳香さん、ワタクシは無様にも犬のように這いながら奥に逃げ込んだのでございます。
タシイさんが立ち上がり、二人の前に進みます。
その周囲に広がるように仲間達が同様に向かい合い。
「なんだ、切り裂き、うちの者になんか用か、あ?」
「そいつはある事件の重要参考人なの、だ。こっちに引き渡してもらうの、だ」
「はぁ? ここは私ら殺人鬼連合の溜まり場なんだよ、そっから一歩でも近寄ってみろ、ぶっ殺すぞ」
「それは困りましたねぇ」
少し遅れてやってきたのは先ほど中央にいたエメラルドグリーンの女。
「深緑深層・・・・・・お前まで出張ってたとはね」
一瞬その場の空気が変わりました。
掴み所の無い、明らかにこの場にいる者達とは別次元の雰囲気。
「もう何度もいうようですがこっちにも面子がありますのでね、大人しく引き渡せてもらえるとそちらとしても無駄な損失を抑えられますよ?」
人数はこっちのほうが多い、でもでございます。あの切り裂きと呼ばれる女は多分別格なのでございます、だってタシイさん以外の全員があの女を見ているのでございます。みな、あの女の行動に目を見張っているのでございます。
「だろうなぁ、本気の切り裂きとやり合えばこっちは下手すりゃ全滅だ」
なんと、それほどまででございましたか。
「そうですね、分かってるじゃないですかぁ、ならここは無駄な争いはせず・・・・・・」
また呪いなのでございます。今度はこの方達にすら振りまいてしまいました。
あんなに良くしてもらった人達にすらワタクシは迷惑を。
ここはワタクシが素直にあの人達に捕まれば・・・・・・。
「タシイさん、申し訳ございません、ワタクシのためにご迷惑を・・・・・・もう大人しく捕まりますの・・・・・・」
言いかけた言葉、それをかき消すほどの甲高い音。
それはタシイさんが地面に叩き付けたバールの音でございました。
「お前は黙ってろ、いいか、お前はもう私達の仲間なんだ、ならお前は私が守る、最初に言ったろ、お前はもう一人じゃない、私達が傍にいてやる、だから安心してそこにいろ」
いままで誰もワタクシを助けてはくれなかったでございます。
なのに、なのにでございます。
「いいんですか? どう考えてもそちらが被害が大きいですよ。私は貴方達を敵に回せるんです、それは後ろ盾を含めてですよ」
あちらの切り裂きという女の姿勢が変化したのでございます。
同時に、こちら側全員も武器を構えました。
「上等だ、こいつはずっと一人だった、だけど、これからは死ぬまで一緒だ」
「アタシはタシイに付いてくって決めたんだ、あの時からね」
「私はみんなと一緒なら死ぬのは怖くないっすよ」
「次期当主を守るのも分家の勤めですわ」
「せやな、同感や」
「この子は私が見つけました、横取りはさせませんよ」
「・・・・・・・・・女の人相手だから眼鏡は外さなくていいですね」
睨みあう双方。
本来は数秒、でもワタクシにはとてもとても長い時間に感じました。
「はぁ・・・・・・私の負けですね。その子の境遇は多少調べたつもりです。それを踏まえて・・・・・・まぁ今回は引きましょう」
深緑深層と呼ばれた少女が背を向けました。
同時に切り裂き女が体勢を戻したため、一気にその場の緊張が解けました。
「少し貴方達が羨ましいです。私もそんな風に何不利構わず行動してればって・・・・・・」
透き通るような緑色の髪を靡かす、その後ろ姿はなんだかとても悲しげに見えました。
「あぶっね、死ぬとこだったわ、あはは」
「アタシもいよいよ今日死ぬのかと思ったよ」
「私もっす、でもそんときは絶対白雪ちゃんは道連れにしようと思ってたっす」
さっきとはうってかわって和やかな雰囲気に包まれ。
「よし、あの深緑深層に勝利した記念だ、今日は派手に飲み食いだ」
「もちろん、タシイが全部だしますー!」
「いつもありがとうございまっす!」
「さすが次期当主様ですわっ!」
「一生付いていくんでっ」
みなワイワイと出かける準備を始めます。
「おい、勿論、お前もだぞ」
「は、はいでございます」
これも呪いなのでしょう。
世界から呪いをかけられて。
それはこれからもずっとでございます。
一生続く呪い。
でもこんな呪いなら。
悪くないのかもしれません。
思ってたのと違う終わり方になりましたけど、途中殺人鬼連合出しちゃったのでまぁこうなっちゃいました。