ういうい、私が私じゃないみたいなの、だ。(続 頂上決戦編 其の伍)
ういうい、円、だ。
今、私と‐‐‐。
両の鎌が空を切り裂く音。
向かい合うはよく分からない者。
それは素性もだが。
私には先が見えぬ。
情報量が足りなすぎて判断不能。
託すしかないの、だ。
この隣に並ぶ‐‐‐。
◇
私は汐見。
私は怖い。
怖い、怖い、怖い。
目の前の敵。
ただただ怖い。
こんな事は初めて。
鎖鎌、それも両方の先端が鎌という特殊武器。
殺戮に特化した、そしてそれを操るあいつも。
体格は小柄だが、その黒い燕尾服から溢れる殺気は尋常じゃない。
今まで対峙して来た者達とは明らかに格が違う。
それも一段や二段ではない。
本当なら涙を流し歯や四肢をがたつかせてるはず。
それを抑え強がれているのが隣にこいつがいるから。
切り裂き円。
正直こいつの事はよく知らない。
上からの指示で最重要護衛対象になっているだけ。
それは国家の要人の中でもトップレベル。
国家に属している限り私はこいつを全力で守らなければならない。
気にくわない、気にくわない。
任務とかじゃない。
何故か私はこいつが気にくわない。
経歴は完全に書き換えられて詮索不可。
ここまでうさんくさい人物も珍しい。
何も分からないのに。
私はこいつに。
運命的な何かを感じるのだ。
それはロマンティックとはかけ離れていて。
本能が訴える、こいつとは馴れ合うなと。
決して弱みを見せるなと。
意地でもこいつの前で無様な姿を見せてやるものか。
「っ!」
燕尾服の男が今一瞬目を細めた。
あぁ、そうだ、今は余計な事を考える余裕などなかった。
警棒を構える。いや、すでに構え続けている。
先端を向け、突きの構え。
怖い、怖い、怖い。
猛獣と顔を見合わせている。
相手はまだ牙も見せず、唸ってもいない。
なのにすでに恐怖で足が竦む。
力量の数値化、私が4で切り裂き円が2。
そしてあの黒獣が5、と。
だから届くといったが。
勿論、そんな単純なものではない。
5が最高値なだけでその中でさえ差がある。
なので数値が一つ違うだけでもう文字通り次元が違うのだ。
「切り裂き円、よく聞きなさい。このまま二人で突っこめば、あんたが2秒後に死んで、その三十秒後に私が死ぬ」
「・・・・・・ならどうすればいいの、だ?」
絶望的な宣言、だがこいつは動揺しない。
こいつはこいつなりに考えているのだ、この瞬間も。
どうやってこの状況下で生存するかを。
「一瞬でいい、あいつの気を逸らせなさい、方法はなんでもいい、もう相手は待ってくれない、行くわ」
足に力を込める、これでもかと。
技は沢山ある。
でもそれは初見で放っても全て躱されるか対処される。
それほどの力量差。
ならば、その中でも最強を。
初見、初撃で、全力を。
全てをこの一撃に賭ける。
それでもまだ全然足りない。
どうせ、もう逃げられない。
後は、二択。
生か死か。
それは片方の天秤に偏っている。
◇
ういうい、円、だ。
「一瞬でいい、あいつの気を逸らせなさい、方法はなんでもいい、もう相手は待ってくれない、行くわ」
隣の汐見がそういい。
言の葉を終えるやいなや、その身に纏う闘気が一気に膨れあがった。
それに伴い。
眼前の男。
姿勢が僅かに下がる。
男の目は汐見を完全に捉えている。
眼光が、端から見ても吐き気を催すほどの。
これを逸らせろと。
無理なの、だ。
相手にとって私は道ばたの石ころに等しい。
とっくに思考している。
この絶望的な中でどう生き延びるか。
突っこめば二秒で殺され、ナイフを投げたところでこちらを見ずに避けられるだろう。
考えるの、だ。
どこまでも。
深く、深く。
こんな時、姉御ならどうする。
姉御なら絶対生き残る。
どんな小さな可能性でも見いだす。
姉御、姉御、なら。
「・・・・・・なにか、なにか、姉御なら、こんな時、姉御、なら・・・・・・」
無意識に。
思い出すの、だ。
きっと姉御は教えてくれる。
沈む。
落ちていく、意識、深く。
どこまでも、果てしなく。
姉御のいる場所まで。
視線はずっと相手を見続けて。
上から下から、光を透過させるように。
「こんな時、姉御なら・・・・・・」
◇
私、汐見は、今全力で。
足。太股、ふくらはぎ、指先。
「銃花式奥義、針穴糸天道突」
小さく呟く。
目の前の敵は。
銃花さんより強い。
だからあれを倒すには銃花さんよりも。
飛び込む。
地獄の釜に身を投げるように。
警棒を強く握り、踏み出す。
一瞬で距離は詰まる。
相手の鎌はすでに両方宙を駆けていた。
通常なら私の攻撃よりもあの鎌が私の首を落とすのが先だったろう。
だが。
初動、0コンマ、相手の動きが鈍った。
これでほんの僅かだけ。
勝機が見えた。
しかし、まだ足りない。
届くにはまだ。
まだだ。
「銃花さん・・・・・・今日私は・・・・・・」
自分で作りだしていた壁。
小さな箱に入ったままで。
自分から出ようとはせず。
だけど。
「貴方を越えます」
相手の顔。
重なるは。
最愛の人。
銃花さんの顔が。
浮かんでは消え。
その警棒の先端が。
同時に。
獣の顎を貫いた。
◇
ういうい、円、だ。
なんか我に返ったら敵は倒れていたのだ。
「あれ、なんだ、倒したの、か?」
「なんだじゃないわ、聞きたいのはこっちよ。あんた何したのよ。初動、あいつの意識が一瞬だけあんたに移ったわ。正直、あの状態でそっちに目を向けるのはあり得ない。まぁお陰でお互い命拾いしたけど・・・・・・」
正直覚えていないの、だ。
「私はただ、姉御ならこんな時どうするかと、ずっと相手を見ながら・・・・・・」
「・・・・・・信じられないけど、多分それがあいつにとって脅威に感じたのね。戦闘中でさえそっちに意識を向けるほど。その姉御ってのが誰か知らないけど、その人の真似をしたからって事かしら」
「そうか、きっとそうなの、だ。姉御が助けてくれたの、だっ」
「・・・・・・あんたにとってよっぽど大事に人なのね。なんとなく分かるわ」
「そうなのだっ、姉御は最強なのだっ、なんたって最強の殺人鬼ドールコレクターなの、だ」
「ドールコレクター? あの?」
「知ってるの、か?」
「そりゃ地上最悪の殺人鬼って言われてる有名人よ、知ってるに決まってる。でも、そう、あんたあのドールコレクターの妹。たしか彼女、最後はしっかりレベル7の執行をうけて・・・・・・あ、ごめんなさい」
「別にいいのだ。最後は姉御自身が望んだ結果、だ。それにしてもお前は姉御を軽蔑しないのだ、な。口調や表情から分かるの、だ」
「・・・・・・世間では最悪の極悪人だったかもしれないけど、あんたの前では別だったんじゃないかなって。あんたを見てるとそう思えるわ。とても敬愛してるのね」
汐見がこの時だけなぜかとても近くに感じたの、だ。
それはあっちもきっと一緒で。
だが、それはきっと神の気まぐれ。
私達は決して歩み寄れない存在だったと。
この先に嫌でも理解させられる事になる。
◇
激震が走った。
それは九尾のメンバー全員。
「ババ様っ!」
リライの大声、とても珍しい事。
本人も生まれてこれほど強く発した事があった事か。
「分かっておる、妾はもう少しかかるゆえ先に行け」
「御意」
リライの姿がその場から消える。
「すまぬな、もう楽しんでいる場合ではなくなった」
ババ様から笑みが消えた。
◇
同刻。
「ロウトウっ! 激やばだよっ★」
「・・・・・・スーアン、先にいけ、生きてたら回収、死んでても回収、瀕死なら殺せ」
「了解~☆」
小柄なゴスロリ真っ黒少女は仲間を置いて走り去る。
「え~、くすくす、なになに、敵前逃亡?」
「気にするな、お前らなぞ、俺だけで充分と判断したまで」
「くすくす、私達二人相手に強がっちゃって可愛いね。でもね・・・・・・」
終始笑みを絶やさなかった丸いショートボブの白い少女。
急激な温度差が生じその表情を凍らせる。
「本気だったら舐めすぎ、粉々にするよ?」
今まで後方で待機していた男もふわりと移動。
いつの間にか少女の隣へと立つ。
「別に舐めてはおらぬ。ただそれなりの誇りと自信は持ち合わせている、一応筆頭で・・・・・・化け物の孫なんでな」
片側、色素のない、白眼。
同じ色の二人を捉える。
◇
これは全面戦争の始まり。
私とあの人の。
「これは好機ですねぇ」
「鍵は?」
「外してください、確実に仕留めますのでぇ」
野に放つ。
この魔獣を。
円ちゃんの事は勿論ずっと見ていたけど。
まさか先にきたあの子で事足りるとは思わなかった。
でも、これで一気に攻勢は有利になった。
「撒き餌ですねぇ。これで集まってきますよ。それも一人ずつ、まずは誰でしょうかあ」
私達に牙を向けると言う事は。
姉様に牙を向けると言うこと。
勝てると思うな。
お前の相手は私でも葵シスターズでも円ちゃんでもない。
これらはただのパーツにすぎないの。
姉様を形作るただの小さな欠片。
今、それらは揃った。
もう一度いうよぉ。
勝てると思うな。
「返り討ちにしてあげるねぇ」