おや、今回だけは触らぬ神に祟り無しです(対シャーデンフロイデ 其の三)
こんにちは、蓮華です。
大詰めですね。
そっと扉を開きます。
薄暗い部屋に光が差し込んで。
入り込んだ風で無数の紙が舞い上がる。
◇
人工的な明かりがその全て。
「し、死んだよっ! こうも早くだよっ」
「そうなんだね。とても興奮して、誰が死んだのかな?」
「飛び降りたんだ、クラスメイトだよっ!」
「例の子かな?」
「それが違うんだ、クラスメイトはクラスメイトなんだけど、当初ターゲットだと思ってた子とは違う子だったよ」
「へぇ、途中で代わったのかな? あの子の気まぐれ、思春期の子だからね、時に予想外な事が起こるね」
「そうだね、でも次こそは間違いなくあの子だよ。あの子が死ぬよ」
「うんうん、そう思うよ。でもしばらくはお預けかな、ほとぼりが冷めるまで」
「だね、そうなるととても残念だよ。死んだ子の資料は少ない。これじゃ半減だね」
「生い立ち、家族構成、どのように虐められたのか、ターゲットじゃないなら完璧な同調ができないね」
「次はこういう事がないように他の子達もちゃんと調べたいね。誰が巻き込まれてもいいように」
「そうだよ、傍観者が一番、だけどいつ当事者になるかは分からない、ごく些細な事で状況は変わるんだよ」
「大丈夫、時間はあるよ、あの子が死ぬまでまだ猶予はあるんだね」
◇
顔はダメだと彼女は言った。
小さい部屋、そこは箱。
まだか、まだかと彼女達は箱を、ドアを叩く。
次は私だ、いや私だと。
競い合って、我先にと。
箱を開けると、人形が一つ。
手にとり、彼女達は交互に遊ぶ。
壊れないように。
優しく。
壊すように。
粗暴に。
腕、足を引っ張りながら。
奪い合う。
◇
「ま、また死んだよ。飛び降りたんだ」
「え、昨日の今日だよ、今度こそあの子かな?」
「それが違うんだよ。クラスメイトはクラスメイトなんだけど今度もまた違う子だったよ」
「二日連続でかな。こんなことあるんだね」
「学校の、最上階の窓から落ちたんだよ。体はグチャグチャだったみたいだね」
「こんなに早く次の子が死ぬなんて、全然調べ終わってないね」
「しょうがないよ。今回は諦めるしかないね」
「そうだね。でも勿体ないね。これは急いだ方がいいかもしれないよ」
◇
彼女は言った。絶対コロスなと。
他のみんなはその言葉に従い。
慎重に、大切に扱った。
この人形はみんなの所有物。
着せ替えさせれば分からない。
でも脱がしたらその肌は。
浅黒く変色し、切り傷で埋め尽くされ。
でも大丈夫。
新しい洋服を着せれば元通り。
いつでも新品のように見えた。
◇
「お、おかしいよ。まただ、またなんだよっ」
「どうしたのかな? なにがおかしいのかな?」
「三日連続、三日連続で飛び降りたよ。今度もあの子じゃなかったよ」
「・・・・・・同じ学校で、同じクラスの子が三日連続で飛び降りる、そんな事ありえるのかな?」
「現に起こってるんだね。これは詳しく、慎重に調べる必要がありそうだよ」
「そうだね。まずは死んだ子達だね。そうなると牧羊犬にまたコンタクトを取る必要があるね」
「前にこんなことあったんだよ」
「こちらの思い通りにいかない、湧き出る焦燥感、あってはならないんだよ」
◇
こんにちは、蓮華です。
理想は何も起こらないこと。
理想は事前に何もかも止めること。
事件も、事故も、惨劇も、悲しみも、悔しさも。
そのために私はずっと見てるんです。
見逃さないように。
誰も傷つかないように。
事故が多発する場所には原因があります。交差点だったり、見通しが悪い場所だったり、スピードを出しやすい道路だったり。
事件も一緒です。この人は事件を起こしそう、この場所は犯罪しやすいなど、前もって知ってれば防げるんです。
今はまだこの街だけですが。
いずれはこの国全体、そして世界まで。
生い立ち、遺伝、環境、何もかも把握、はてはコントロールして。
加害者も被害者も、血も涙も流れない、そんな清浄なる世界を。
◇
「四日連続、だ、よ」
「・・・・・・四人目。いよいよおかしいね・・・・・・」
「判明したのは、この四人が牧羊犬の取り巻き、つまり例のターゲットを一緒に虐めてた子達だったという事なんだね」
「虐めれる側じゃなくて、彼女達は虐める側だったんだね。なら尚更謎なんだよ」
「もしかしてだけど・・・・・・」
「そうだね、もしかしてだよ」
「「いつの間にか手にしていたリモコンはもうすでに別の者の手にあるのかもだよ」」
◇
意志を持つ着せ替え人形は命じられるままに。
シャツのボタンを外していく。一つ、上から、ゆっくり。
徐々に晒される肌はもう人のものではなかった。
柔肌は抉られ、切り裂かれ、変色し。
生気が失われ、その場にいるのに存在が希薄。
「もう何もかも諦めたって感じだな」
「しょうがありませんわ、ここまでされたら」
「せやな~、もう今日の分は・・・・・・」
「最初はいっぱい泣いてたのに、最近は声もあげない」
「ごめんなさい、女の子には優しくしたいのだけど、貴方は運が悪かった」
「他の死体は片付けたし、こいつもういいじゃない?」
「え~、今日私の番だったんすけどっ!」
「我慢しろ紅子、次はお前からにしてやる、仕上げだ、こいつに最後の最後、人に戻してやろう」
◇
なんで私がこんな目に。
私はただあの子を見てると。
今思えば何があんなに気に入らなかったのか。
いや、行為自体に快感を抱いていたのか。
結局誰でも良かったのか。
その場にいて、対象として都合がよくて。
変な脳内物質が私を狂わせたのだ。
ただ楽しくて。
背徳漢は、あったのか、いや周囲との連帯感、繋がりのようなものか。
考えれば考える程よく分からない。
漫画やドラマで私の役柄があればそれは確実に非難され嫌われ、認められない存在。
それを何故、現実という自由な配役で自らそれを選んだのか。
愚かだった、と。
胸を抉られ、服の下は切り傷、穴だらけ、こんな状態を見て。
漸くそう思えた。
◇
「ご、五人目だよ」
「・・・・・・また飛び降りかな?」
「今度は違う、線路で電車に轢かれての自殺だよ」
「それはクラスメイトなのかな?」
「・・・・・・牧羊犬、つまりこちらが当初用意し誘導役にしていた例の子だよ」
「・・・・・・それが本当ならだよ。同じ学校のクラスメイトが連日同じ校舎の屋上から一人ずつ飛び降りていき、そして最後にそのリーダー格だった少女が線路に飛び降りて自殺したと、そういう事になるね」
「そうだね。でも、そんな事普通に考えたら・・・・・・」
「あり得ないよ。何かがおかしい、理解の外で何かが起こっているんだ」
◇
そうでございます。そうでございます。
直接的、肉体的な暴力は勿論の事。
何気ない一言が心を抉るのでございます。
深く深く、何本も何本も、肉体ではなく心が傷つけられていき。
やがて心が先に死ぬのでございます。
空になった肉体はもう無用で。
いつでも脱ぎ捨てられる準備ができてしまうのです。
線路の上に。
寝そべるのはワタクシをこのように変えた張本人。
その目は空だけを見ていた。
雲一つない晴天で。
乾いた唇が僅かに動いたのです。
「・・・・・・最後に一つだけ・・・・・・貴方を虐めて悪かったわ。大した意味は無かったの」
「・・・・・・そうでございますか」
最後の最後でこの方は人に戻られました。
「皮肉でございます。逆に私は人の道を外れてしまいました」
「じゃあ行き先は同じね」
「そうでございますね。いづれあちらで会うこともございましょう」
「一旦お別れね」
「ええ、お別れでございます」
音、振動がそれの到来を告げる。
「・・・・・・さような・・・・・・」
その時、高速で電車が通り過ぎて行き。
肉片がワタクシの周囲に飛び散ったのでございました。
誰も乗ってない、何も乗せてない、時刻表にも乗ってないその電車はあっという間に通り過ぎて行き。
残ったのは、想像していた以上にとても綺麗に二つに分かれた体。
「おう、終わったか。早起きしたからかお腹空いたな、飯行こうぜ」
後ろから数人の人影。
「勿論、タシイのおごりだろうね」
「え、まじっすか! ご馳走様っす!」
「いつも悪いですわね」
「ほんまやな」
「でも、絶対私達にお金出させないから」
タシイさんが背を見せ歩きだすと、数人の少女がそれに続く。
「ほら、お前も早く来い、今日はお前の記念日だ。好きなもの言え、何でも喰わせてやる」
早朝の空気はとても澄んでいて。
冷たい血の臭い。
桜色の断面。
空は真っ青で。
「血の滴るようなお肉を、ご相伴に預かりたく」
「は、朝からすげぇな。よし、特別な場所に案内してやる、好きなだけ食え」
「今日も貸し切りっすね」
「タシイと一緒だとどの店も二四時間営業に変わるから便利だよね」
◇
こんにちは、蓮華です。
モニターを眺めるていると。
〈同じ学校のクラスメイトが相次いで不審死、集団自殺か?〉
などという見出し。
記事によると皆、別々の時間、そして場所で自殺しております。
おかしいですねぇ。
最初の報道とは異なる記事。
正確にこちらに入ってきた内容は。
全く同じ場所、一秒も誤差のない時間です。
そして飛び降りでは到底できない体の損傷。
最初からそれはもう死体だったんじゃないかと。
最後の子は飛び込みになってますがこちらもおかしい。
この子は、自ら線路に横たわったいたのです。
その体は綺麗に真っ二つで。
服を脱がせば夥しいほどの暴行の後。
なのに、なのにです。
世間ではただの自殺で終わることでしょう。
数ヶ月もすれば完全に忘れられる事件。
怖いですねぇ。
世の中にはこうやって真相が闇に消えた事件や事故がどれだけあることか。
◇
車輪がお腹に触れる。
これが境界。
生と死。
ありがとうと。
最後に見る視界。
空はこれでもかと蒼く。
あちら側はとても遠いと感じていたけど案外近くて。
鬼達はとても優しく、私を壊してくれた。
私とは生きてる世界が違う。
まるでシールを捲るように爪を剥がし。
果物を切るように私の肌を裂く。
感情が生活と一体化しているのだ。
やっぱり私は悪い事はしていない。ただのおふざけ。
でもごめんなさい。
そう思えてしょうが無い。
それだけあの場の者達は常軌を逸していた。
彼女は私には指一本触れることなくただ見ていた。
傍観者、他のクラスメイトと同じ立ち位置。
共有したかったのか、知りたかったのか。
でも彼女の位置に違和感はもう無かった。
こちらをじっと見るあの子はもう。
あちら側の住人で。
貴方をそんなにしたのは紛れもない私で。
それだけは。
本当に。
ごめんなさい。
最近タイムリーな事件起きましたけど、現実には殺人鬼連合はいませんからねぇ。