おや、これは思わぬ伏兵ですね(対シャーデンフロイデ 其の二)
今回のこの人達はあくまでゲスト的なポジですかね。
こんにちは、蓮華です。
まるでヤドカリ。
硬いカラに身を隠して。
ならどうしましょう。
そうですねぇ。
それはもう。
割るしかないですよね。
それはもう。
粉々になるまで。
◇
天井から見下ろすと、乱雑に散らかった紙の束が広がっていた。
明かりの代わりにモニターから発せられる光。
「折角育てても最終的には捕まっちゃうんだね」
「そうだよ、結局最後には捕まっちゃうんだよ」
「勿体ないね」
「そうだね、せめて再利用できるといいと思うよ」
「じゃあ、捕まらなければいいんじゃないかな」
「それは確かにそうだね、でもどうすればいいかな」
「罪に問われない、もしくは罪が軽い人間を利用すればいいんじゃないかな」
「それはいい考えだね、そうなると・・・・・・」
「そうなると、だね」
◇
窓に手をかける少女。
ここは校舎の四階で。
絶望だけを身に纏って。
少女は、自らの儚くも強く、強すぎる意志で。
下駄箱には毎日のように〈死ね、きもい〉と書かれたメモが入れられていて。
窓の外はとても気持ちの良い風が吹いており。
まるで本当に別の世界へと繋がっているようだった。
日差しも暖かくて。
空は青くて。
窓枠を掴む指先に力がこもる。
◇
罪に問えない、罪が軽い人間。
それは未成年。
「それもだよ、集団だね、集団にすれば罪も分散される、個々の意識さえもだね」
「そうだよ、集団は人を狂わせる、一人だけ誘導するだけで後は勝手に事は進むよ」
ある学園の中等部、そこの学生に目をつけた。
その生徒は小等部の時からその傾向が顕著であった。
つねにスクールカーストの上位に位置し。
つねにターゲットを選んで。
つねに周囲を巻き込んでいく。
歳を重ねるごとに風は強まり。
中等部に入る頃にはそれは暴風となり。
一度動き出すともう止める事は難しくなっていた。
「その子を使ってどこかの誰かをいじめ抜くんだね」
「そうだよ、同じクラスになった運のない子をとことん追い詰めるんだよ」
「死ぬまでかな? それほどまでかな?」
「勿論だよ。どうやって死ぬかは分からないけど・・・・・・」
「飛び込みか、飛び降りか、首つりか、なんだろう、なにかな、なんだろう」
「あぁあ、考えるんだよ、自分でだよ、どうやって死ぬか、自分で選ばなくちゃならないんだ」
「ええええ、そうか、そうだよ、自分でだよ、いつ死ぬか、どうやって死ぬか、今日か、明日か、朝か、場所はって、自分で、ああああ、自分なんだよぉおおおお」
「さらに、さらにだよ、残された、家族が、あああ、見るんだよ、見なきゃなんだよぉおお」
「はぁあああ、死体、死体だ、飛び込みなら肉片、飛び降りなら割れた頭蓋、首つり、涎、糞尿、ああああ、それを愛する家族が、見る、見るんだねぇえええええええええええええええ」
「どんな気持ちです、どんな、ここまで大切に育ててきた、可愛い、可愛い、愛する息子が、娘の変わり果てた姿を見て、どんな、どんな、お気持ちなんですかぁああああああああああ」
「もう想像するだけで駄目だよ、早く、早く、現実にぉ、だやくう、早く、ああ」
◇
腕の緊張を和らげたのは。
重なった柔らかい手。
〈お待ち下さい、お待ち下さい、まだ早くはありませんでしょうか〉
これは誰、これは幻覚、いや自分。
〈なぜワタクシが死ななくてはないませぬ。ワタクシは何も、何一つ悪い事はしておりませぬ、なのに、なぜ、アナタは、ワタクシを殺そうとするのでしょう〉
響く、頭に、これは。
自分の声。
「私は悪くない・・・・・・そうだ、なぜ、なにも悪くない私が死ななくてはならない?」
〈そうでございます、そうでございます、悪いのはワタクシではありません、悪いのは?〉
「そう、悪いのは私ではなく、悪いのは・・・・・・」
〈そうでございます、そうでございます、ワタクシが死んでも、悪いやつは生き続けるのです、そんな理不尽ございましょうか〉
数日前だった。
帰り道だった。
初対面の女子高生に声をかけられた。
その人は、私に何か一言、二言伝えた後に、ノートの切れ端を渡したのだった。
[似てるね、私と。駄目だよ、貴方は弱い、でもとても強い、だからその強さを反転させたら無敵になれるよ、もしそうなったらここに連絡して]
この偶然の出会いが全ての誤算となる。
〈そうでございます、そうでございます、アナタサマは、ワタクシは、ここで終わる訳にはいかないのでございます〉
「そうよ、これほどの苦しみを与えられ、なぜ、私だけが、おかしいよね、そうだよ、なんで、そうよ、そうです、そうでございます」
◇
こんにちは、蓮華です。
外が硬いなら。
中からなんですよ。
特別ですよ。
自分から化け物を作る事になるなんて。
おかしいですね。
それも到底。
手に負えないほどの。
◇
その日の授業は家庭科で。
指定された料理を作るはずだった。
前日、自分の代わりにと長かった髪をざっくり切って。
ショートになった私。
教室にはクラスの女子だけがいて。
大きな鍋は沸騰したお湯が湯気を沢山出していた。
昨日あの連絡先に電話した。
とても優しい声が迎えてくれて。
例の女子高生は名門である覇聖堂の生徒なのは制服で分かっていた。
彼女は芳香と名乗った。
◇
天、壁、床、全てが虫食いだらけの建物で。
木漏れ日のような光、槍が刺さったように鉄筋は剥き出し。
広く奥行きのある室内。
そんな場所には似つかない高級そうなアンテークソファが一つ。
そこのど真ん中にずっしり腰を下ろすのは一人のツインテール美少女。
肘掛け部分に寄りかかるおかっぱ少女。
その二人を中心に扇状に対面する数人の人影。
「タシイさん、この前話してた子から連絡が来ました」
「ん? なんすか、なんすか、芳香ちゃん、この前話した子って」
「あれじゃないですの、昔の芳香さんによく似た雰囲気をしてたっていう」
「あぁ、それや。なんでもかなり追い込まれとってたちゅー」
「芳香ちゃんの昔と同じって事は、そうとうですよ・・・・・・」
芳香は着信相手と少しだけ話すとそのスマホをタシイへと手渡した。
「もしもし、とりあえず細かい事は全部後だ。いいか、よく聞け。もうこの先、お前はどこに進もうが地獄だ、ならもう選択肢は二つ、ここで止まるか、地獄と知っても一歩踏み出すか」
少女が出した答えは。
◇
家庭科室、備え付けられた水道で手を洗う少女。
水は流してくれる、渦に混じるケチャップにも似た赤。
今は流水の音だけ。
テーブル机には料理の代わりに喉を深く切り裂かれた女の死体。
割れた窓、突き出たガラスの破片に首が突き刺さる女。
熱湯が入っていたであろう大鍋に顔を突っこまれたまま項垂れる女の体。
包丁が頭部に何本も刺さって床に寝る女。
家庭科室は真っ赤に染まり。
少女は無言でごしごしと手を強く擦りながら洗っていた、何度も何度も。
あの人の言った事は本当だった。
これだけ大騒ぎしても誰一人駆けつけない。
ドアも頑なに開かなかった。
少女にとってもはやどちらでも良かったけど。
お陰でこうしてうまくできた。
「ぁああああぁああああ」
一人だけ、自分以外に一人だけが呼吸をしていた。
他人の血だまりの中。
腰を抜かしたのか、怯え、壁で小さく縮こまる同級生。
いつもあれほど上から目線でまるで違う生き物のように振る舞っていたのに。
今は涙、尿を垂れ流す、ただの雌犬。
「大丈夫でございます、アナタサマには今は何もしないのでございますよ」
首謀者だけは生かせと、理由はわからない、一番殺したい、殺さなくてはならない女を生かせと彼女は言った。
不満はない、付け加えてこう言ったから。
後でいくらでも好きにしていいと。
だから今は我慢してる。
「大丈夫でございます、今は。だからそんなに怯えないで欲しいのでございます、今は」
そう、これが正解。
本来はこれでいい。
悪い奴がちゃんと死ぬ。
よく考えれば当たり前の事だった。
そんな事に気付かせてくれた芳香さん。
そして全てを受け入れてくれたタシイさんには感謝しなくては。
◇
アジトの一つ。
殺人鬼達のお茶会。
「気に入らないなら殺せ、邪魔だと感じたら殺せ、見たくないなら殺せ、いらないなら殺せ、嫌いなら、好きなら、とにかく殺せ」
少女は反転した。
だからタシイは送る。
「殺せ、なにも考えずに殺せ、全部なんとかしてやる、私達がお前を守ってやる、私達が全て許す、殺せ、お前はもう一人じゃない、私達が傍にいてやる、だから」
後に殺人鬼オルタナと名乗る事になる少女へと。
もう同じだから、タシイは快く送る。
「殺せ」