はっ、さっさと付いてこい。
箸休め回。珍しいリョナ子以外の拷問士別視点バージョン。今回は特級拷問士筆頭天城です。
これは嫉妬。
自分でも充分理解している。
その上で敵視しているのだ。
これ以上ないほどに。
私は特級拷問士筆頭、天城 結。
現在いる特級拷問士の中では一番の古株。
筆頭とは一番という意味。
たしかに経験値は一番かもしれない。
だけど、拷問士として一番かと言われれば。
そうではない。
いるのだ。
同じ時代、同じ特級の枠組みに。
天才が。
それも。
二人。
◇
本日予定されていたレベル6の執行。
対象者は元レベルブレイカー。
元というのには理由があった。
一度目の執行は終えてはいたが、これは別件扱い。
前回の執行から間が開いたという事で、当初の担当はすでに引退。
引き継いだのが私だった。
改めて書類を読み込む。
文字を追う事に感情が高ぶっていく。
なんだ・・・・・・これは。
罪人、小川 哲朗。
最初の事件は数年前。
被害者は19歳女性、暴行後、殺され全裸で放置。
その二日後、21歳女性、暴行の上、焼殺。
その後、類似の事件を数件以上繰り返し。
三年後、今度は金欲しさに強盗。ここで漸く小川は逮捕される事になる。
その後の調べで周辺で起こっていた一連の連続暴行殺人を疑われ、取り調べ時に小川はそれらを自供。
この時点でレベル8の判決を受ける。
しかし、当時担当した弁護士が、物証の乏しさ、自供は強要されたものだとして再審要求。
支援団体を立ち上げ小川の無罪を主張。
その結果、数年後の裁判で無罪を勝ち取る。
すでに第一次執行を終えていたため、国から補償金約5000万を支給される。
マスコミは冤罪を勝ち取ったとし、小川をヒーローのように扱い報道。
その五年後、小川は5歳の幼女に対しての性的暴行、加えて首を絞めて殺そうとして殺人未遂の容疑で逮捕。その際に採取したDNAが直前に起きた事件で残されたDNAと一致。
直前に起きた事件とは小川と同居していた41歳女性の首無し焼殺事件。家宅捜査時に遺体切断に使われたノコギリが見つかり、殺人罪で有罪とし、レベル6に認定。
「レベル6、だと・・・・・・」
そうなのだ、この男、無罪を勝ち取っているので今回以外の事件、13人の強姦殺人は無効になっている。
なので、裁けるのは今回の二件の事件の罪のみ。
どう考えても理不尽。
だが、弁護人は弁護するのが仕事、これに意を唱えてはいけない。
それは使命であり、公平さを保つためにも必要。
「そうそれがやつらの仕事。なら・・・・・・」
私は拷問士で。
その使命は罪人に罰を与えること。
◇
時は数年前に遡る。
私は、とにかく我武者羅だった。
余計な事を考える余裕はない。
隙間をわずかでも空ければそこに闇が入り込んでくる。
脇目も振らずに没頭しながら日々仕事をこなした。
一級に上がるまで数年かかり。
特級になるにはさらに数年の月日を必要とした。
全てはあの人に近づくため。
全てはあの人に認められるため。
誰もが憧れていた。
「よう天城、お前特級になったんだってな、やるじゃん」
「あ、ありがとうございます!」
ある日、あの人から声をかけられた。実ったと、報われたと。
今までの努力は無駄ではなかったと、そうその時思えた。
あの人は私達のカリスマで、誰しもがあの方の直属後輩になりたいと願ったがそれは叶わなかった。
レジェンド拷問士のお千代様もずっと直属後輩は作らなかった。そんなお千代様が引退間際にようやく迎えた直属後輩があの人で。
きっとあの人も同じなんだろうと、なんとなく私はそう思い安心していたのだろう。
でも違った。
そいつは突然現れた。
私が藻掻き、足掻き、何年も、何年も、そしてやっと昇り付いた頂きに。
そいつはあっという間に足をつけたのだ。
「やっと来たな、リョナ子」
「ええ、その背中、追ってきましたよ」
よりによってそいつは。
レジェンドお千代の系譜。
カリスマ拷問士のあの人の。
直属後輩に選ばれたのだ。
胸が張り裂けそうだった。
その身を見る度吐き気を催した。
「なんで、あいつが、なんであいつが、なんであいつが」
嫉妬で気が狂いそうだった。
だからあいつが公開執行をすると聞いて見てやろうと。
なにが地上最年少だ、所詮経験もうすいただの新人だと。
少しでも粗があればとことん指摘して追い詰めてやろうと。
徹底的に駄目だしをと。
だけど。
「・・・・・・・・・・・・」
世の中は無情で。
天才はいるのだ。
なにもいう事はなかった。
むしろ魅入られていた。
今回はあいつだけではなく同期の拷問士も一緒だった。
名はたしか殺菜とかいって。
こいつもまた。
天才であった。
「・・・・・・・・・・・・もういいか」
二重の光が眩しくて。
人は圧倒的な才能を前にすると自分という存在が吹き飛ぶ。
今までの生き様を全否定されたような気になった。
もう辞めよう。私に向いてなかったのだ。
「・・・・・・でも辞めて・・・・・・なにをする」
この時点でもう私にはなにもなかった。
今更この仕事以外はできそうもない。
結局私はその後ただしがみつくように。
日々惰性で仕事をこなし。
空っぽのまま。
そして、事は起こった。
あの人が突然失踪したのだ。
当時の筆頭、さらにカリスマ拷問士の突然の消失。
残された私達は多いに困惑した。
当然、私のショックは人一倍強かった。
「あぁ、なぜ、どうして、貴方は、私達を残して、一体、どこへ」
追いかけよう。
どこにいるかなんてわからない、でももう・・・・・・。
もうどうでもいい。
惨めにも在籍していたのはあの人がいたからで。
もう私がここにいる理由は完全に無くなった。
今日にでもここを出よう。
荷物の整理をしようと自室へ。
ドアを開けると一通の手紙が挟まっていた。
「天城、身勝手だけど後の事を任せたい。他の連中をどうかお前が導いてくれ」
そんな事が書いてあった。
私は理由も分からず、ただ泣いた。
◇
そして現在。
小川哲朗の執行開始30分前。
急遽特級を集めてのミーティング。
「こいつはレベル6だが、実際はレベルブレイカー級の罪人だ!」
すでに一度執行されているゆえマニュアル通りにはいかない。
現状を顧みて最上級の執行を最効率で行う必要がある。
「ゆえに万全を期すためにも今回助手をつけることにした」
無罪になった分を執行することはできない。
だから、せめてこの執行に私は全力を出し切ると決めた。
「天城さん、私がっ!」「いえ、私をつけてください!」
何人かが声を上げるも。
私は首を横に振り。
「助手はすでに決めてあるっ!」
最高戦力で挑む。
そこに私情は挟まない。
「リョナ子っ! 殺菜っ! 助手はお前らだ、急いで支度しろっ」
私の呼びかけに二人はすぐに立ち上がった。
誰からも異論はでない。
それは筆頭としての判断は絶対。
そして皆、知っているから。
部屋を出る。私についてくる二人。
「リョナ子、私はお前が大嫌いだ」
歩きながら。
「知ってます」
「だが、お前の腕は認めている」
「それも知ってます」
「はっ、なら全力で私をサポートしろ、あの人の顔に泥を塗るようなことがあれば絶対許さんぞ」
「勿論ですよ」
「殺菜、お前もだっ」
「心得てるっす。この罪人・・・・・・許せないっすよねぇ」
湧き上がる蒼い炎は業火、一歩一歩近づいていく、罪人の元へと。
執行は実に長時間に及んだ。
その間、二人は一切集中力を切らすこともなく。
まるで本当に自分の手足が増えたように動き。
小川哲朗は絶命するその瞬間まで。
地獄という地獄を味わうこととなる。