うん、お祖母様にも若い頃はありました。
こんにちは、シストです。
唐突ですが、お祖母様の話です。
お祖母様は、よく僕達を見て、若い頃の自分にそっくりだと言います。
今はあんなでも確かにお祖母様にも若い頃はあって。
一体どんな感じだったのでしょう。
ちょっと想像できませんね。
◇
数十年前。
聖フィリップスラヴクラフト女学院。
木造校舎の一角に一人佇む少女。
艶やかなな栗色の髪、切れ長の目をした美人。
学園一の美少女と名高いトーラが静かに本を読んでいた。
「おい、トーラっ! まただ、またやられたぞっ!」
そんな静寂を破る声。
「これでもう何人目カネ」
ズカズカと教室へ入ってくる二人の少女。
手入れを怠ったボサボサの短髪、しかしそれを気にさせない整った顔、黒いセーラー服は校則のお手本のようにきちんとされていた。
学園一の美少女と名高い、名をお千代と言った。
長身、真ん中から分けられた黒髪、所々見える肉体はとても筋肉質。黒いセーラー服のスカートは通常よりずっと長かった。
学園一の美少女と名高い、海外からの留学生、名をリョウイ。
「はぁ、騒がしいわね。なんなの一体」
「なんなのもかんなのもないんだわ。またうちの生徒が標的にされたぞっ!」
「近くのあの学校ネ」
トーラが読みかけの本を閉じた。
「はぁ、うちの生徒は自衛もできないのかしら」
ここの生徒は温室で育てられたようなお嬢様ばかり。
少し世間離れしている。
親元を離れ学園の寮に住むものも多い。
そういう者達は開放感からか、つい外へと遊びに出て行く。
それに目をつけるのが近くの学校、暴学卍学校。
「自業自得よ。籠の中にいれば良いものを、何故皆飛びだそうとするのかしら」
「それは仕方が無い事ヨ。皆厳しく育った実家から抜けだした束の間の自由ネ。多少ハメを外したくなるってものヨ」
「そうだとしても外は危険がいっぱいだぞ。暴卍もそうだが、最近この辺りには暴走族 宴怒玲巣が幅をきかせてるし、怪人扉開きとかいう変質者も出てるって噂だ」
「だからなに? 私には関係ないことよ」
一通り話を聞くとトーラはまた本を開き、続きを読み出した。
◇
三人はつねに一緒に行動していた。
皆、最初はその独特の人を遠ざけるオーラのせいで一人でいる事が多かった。
しかし、いつしか三人は互いを引き合うように。
気付けば今のように廊下を並んで歩く。
「見て、椿様達よっ! 今日もなんてお綺麗なのっ」
「トーラ様のあの儚い表情、ずっと見ていたいわ」
「わたくしは、やはりお千代さま、女性なのになんと凜々しいのでしょう」
「いえ、なんといってもリョウイ様よ、あの荒れ狂う嵐の中でも咲く一輪の花、拙い言葉もまた可愛らしいの」
三人はいつからか生徒達の間で椿の花に例えられていた。
「あの、良かったら、これ召し上がってくださいっ!」
「あ、ずるいっ! 私が先ですわっ!」
三人は姿を見せるとあっという間に他の生徒達に囲まれる。
「ありがとう、後で頂くわね」
「これ私の好きなやつだっ」
「この国のお菓子、どれも美味しいネ」
三人にはそれぞれ独自のファン層を構築していて。
それを各椿で派閥が出来るほどであった。
◇
この日もトーラは一人、本を読んでいた。
隣ではお千代が当時はまだ珍しいパソコンを弄っており。
さらに奥ではリョライが足に重りをつけ、逆立ちしながら腕立て伏せをしていた。
三人は別々に行動していたが。
それは同じ教室。
空間だけは共有していた。
「紅椿様っ、あ、いえトーラ様っ!」
「白椿様っ! あ、いえ、お千代様っ!」
「蒼椿様っ! お、いえ、リョウイ様っ!」
そんな中、三人の生徒が同時に教室へ入ってくる。
それはとても慌てた様子で。
「なに? 騒がしいのは好きではないわ」
「お、どうした? どうした?」
「なんネ、そんな慌てて、なんかあったカ?」
戸を開けた生徒達はたまたまここで出会ったようで。
用件はそれぞれ異なった。
「突然失礼しますっ! 私の友達が、暴卍の者達にまたお金を取られたと」
「いきなりで申し訳ございません、また出たんです、変質者の怪人扉開きがっ!」
「ご無礼お許しくださいっ! でも、急を要するのです、私のご友人が、暴走族に言い寄られ無理矢理連れて行かれてしまったとっ!」
最近この学園で問題になっていた案件。
それが同じタイミングで起こってしまった。
「・・・・・・それを何故私達に伝えるのかしら。そんな事先生や警察に伝えなさい」
火の粉を払うように、トーラは冷静にそう返した。
「そ、それが。皆、内緒で外に出ていたもので。これが先生や警察に知られると、学園から家元に連れ戻されてしまいます」
「だから? それは自分で巻いた種でしょう。その尻ぬぐいを何故私達がする必要があるかしら」
「おい、トーラ、それは言い過ぎだ。私は行くぞ、全部私が片付けてやるっ!」
「私はトーラのいう事に賛成ネ。面倒なだけヨ」
お千代だけが立ち上がり生徒達の元へ駆け寄る。
「・・・・・・ちょっと貴方達、一つ質問をするわ。その巻き込まれた生徒の名前はなんていうのかしら?」
本を閉じるトーラ。
「え、柏木百恵です」「ゆ、柚葉忍ですが」「相川 登美子です」
「・・・・・・柏木、柚葉、相川。その三人、いつもお菓子を持ってくる子達の中にいたわね」
「ん、お前、全部覚えてるのか?」
「トーラは生徒全員の顔と名前を記憶してるヨ」
「当然よ。誰が好意的で敵愾心を持ってるのか。つねに情報は変化してるの。この学園ならなおのこと」
生徒達の大半は経済界など政界などの有力者の娘達。
「私はつねに伝えていた、外は危険がいっぱいよと。でもそれでも夢見る少女は外に憧れる。その夢、私達が覚ましてしてあげましょう」
これが派閥の弊害。お千代はまだしも、リョウイはむしろ自由を推奨していた。派閥のトップがそういうスタンスならそれに憧れる生徒達もまたそれに従う。
「リョウイ、あの子にもらったお菓子は美味しかったかしら?」
「ん、あぁ、とても美味だたネ」
「そう、ならお礼はしなきゃよね」
「お、トーラが動くカ。そうネ、うちの教えは、借りは作るな、作るなら・・・・・・その相手を殺せヨ」
「うふふ、殺しちゃ駄目。だから、貴方は貴方の出来る事をしてきて頂戴」
◇
リョウイが向かったのは、暴走族 宴怒玲巣の溜まり場。
「ここネ。お前は危ないからここにいるヨ」
「あ、あの、お一人で大丈夫なのですか・・・・・・」
「無問題ネ」
ここからでもバイクの爆音が響く。
広場には何十人もの男達が屯っていた。
一人、歩き進むリョウイ。
「あぁ? なんだ、テ・・・・・・」
その姿を見て。
男達の動きがピタリと止まる。
バイクの轟音さえ止んで。
「連れ去ったうちの生徒はどこネ?」
歩いたまま、近くの男に問いかける。
「・・・・・・・・・・・・」
体は動かず、視線だけが奥に向いた。
「そっちネ」
リョウイはただ歩く。
長いスカートを靡かせながら奥へ。
何もしない、何もできない男達。
だが、その進行上にたまたま一人の男がいて。
「そこを退くネ」
リョウイはそう告げるが、男は退きたくても体が言う事を効かなかった。
「ならしょうがないヨ」
男の体が空へ飛び上げる。
自分の身長の何倍も高く。
そして落下。
それがリョウイの姿と重なった時。
ガガガガガガガガガ。
骨の折れる音が連なる。
男の体が揺さぶられる。
「さっさと連れてかえるネ」
◇
変質者は特に清楚で可愛い子を狙っていた。
コートを羽織り、中は裸。
それを見せつけて、少女の恥じらう反応を楽しんでいたのだ。
「ほら、お嬢ちゃん、見て見て、これ、見てよーーーーーー」
聖ラヴクラフト女学園の生徒はそういう意味でもよく標的にされていた。
今のように監視カメラなど設置されておらず、この時代、変質者にとってはやりたい放題であった。
「うん、見たけど、これがなんなんだ?」
変質者扉開きの前に一人の少女。
紛れもない聖ラヴクラフト女学院の生徒。
「え? あれ? え?」
扉開きも予期せぬ反応。
「なぜ、こんな可愛らしいものを見せられた位で皆騒ぐのだ」
お千代は、その逸物をふいに指で摘まんだ。
「お、あれ、えええ、おおおおおお」
それに伴い反応するそれ。
「ほう? なるほど、なるほど、これは興味深い」
「おほ、ほほおお、なに、なに、お嬢ちゃん、そんな可愛い顔して、これに興味があるのかい?」
「そうだね、でももう飽きた」
「え?」
お千代は、手にただの鉄の棒を握ると。
「そいっ」
いきり立つそれを力の限り振り下ろした。
「@:::-0-おこpkぽいー089-89wqっ!!!!!!!!」
言葉にならない衝撃が男を襲う。
「私の親は放任主義でな、別にこうして校則違反をしても別に怒られたりしない。だから、このまま私がお前を警察に引き渡す」
「あふぁやあああ、あっがあああああああああ、ぼくの、ぼくのあそこがぁああああ」
痛みで悶える男を見下ろして。
「さて、他の二人はうまくやってるかね」
◇
トーラが一人、暴学卍学校の校門を抜ける。
校庭には数台の黒塗りの車が列をなしていた。
「お嬢、お疲れ様ですっ!」
「お疲れ様です、お嬢っ!」
スーツ姿の男達が、腰を降ろして、トーラに深く頭を下げる。
「そのお嬢はおやめなさい」
さすが悪名だかい暴学卍学園、校舎は落書きだらけでガラスは割られ、荒れ放題。
「ねぇ、あれを」
「へい」
校舎の窓からこちらを眺める暴卍の生徒達。
それに向かって手渡された拡声器で声をかける。
「そこの屑共、よくお聞きなさい。今日からここに学校は無くなります。生徒の皆さんは速やかにここから避難するように」
トーラは声をかけると、暴卍の生徒達が狂ったように声を荒げる。
「あぁああああ? なんだてめーはぁあああ」
「ふざけんじゃねぇえ、殺すぞぉおお、おらああああ」
「おらぁあ、今からいくぞ、あぁあああああ?」
「ふう、避難勧告はしたわ。貴方達、やっちゃって」
「へいっ!」
校庭に運び込まれたのは数台のクレーン車。
「おいおい、なんだ、あれ」
「あぁあ、嘘だろっ」
クレーンの先には巨大な鉄球。
「ここの跡地は公園にしましょう、近隣住民の憩いの場になるような」
トーラが踵を返す。
「やっちゃって」
「へいっ! おい、お嬢の命令だ、お前らすぐに取りかかれっ!」
校舎を離れるトーラの耳に轟音が飛び込んでくる。
建物が崩れる音、たまに悲鳴。
「しかし、あれね。毎回こんな事が続くと困りものだわ。これはやはり・・・・・・」
◇
「全生徒から毎年一人代表者を選ぶ?」
「そうよ、ここの生徒達を纏め上げ、正しき道に導く存在はやはり必要だわ」
「生徒会長みたいなものネ?」
「もっとよ。学生の学生による学生のための学園生活を目指すなら権限は大きい方がいいわ。派閥すら越えた唯一無二の生徒を選出して一つの方向性に皆の目を向けさせる」
「当然、選挙になるよな?」
「そうね、そうなると必然的にこの三人の中の誰かが選ばれると思うわ」
「私はそんな面倒事まっぴらごめんだね」
「私もネ。柄じゃないヨ」
「そう、そうなると言い出した私がやるのが筋ってものかしら。まぁあくまで選ぶのは生徒達だけどね」
こうして、この聖ラヴクラフト女学園に新たなるルールが設けられることになる。
「その選ばれた生徒の名をこう呼びましょう」
それはこの先何十年も続く伝統。
「ヨグ=ソトース、と」
◇
数十年後。
本家、邸宅。
トーラへの自室へと一本の電話が掛かってきた。
「ご当主、あ、いえ、理事長っ、ご報告がっ」
「なんだい、学園関係はそっちに全部任せてあるはずだよ」
「そ、それがですね、うちの伝統であるヨグ=ソトース制度がこの度廃止になろうとしております」
「・・・・・・ほう」
「いかがなさいましょう? ここは理事長の権限で・・・・・・」
「いや構わないよ。今の学生が決めたこと、私が口出すことでもない。しかし、永久に続くと思っていた私の造りだした取り決め、よもや私の眼が黒いうちに壊されるとはね。先導者は一体誰だい?」
「最近転校してきたばかりの者でして、皆からはすでに黒椿などと呼ばれております・・・・・・」
「椿か、懐かしいね。そうかい、せっかく引いてやったレールには満足せず、今の若者は自分の足で自由に動きたいのだろう。これもまた新しい時代に変わりつつあるって事かね」
トーラは一抹の寂しさも抱きつつ。
その顔はとても喜ばしいものだった。
「あの時は何もかもが輝いていた。横にはお千代、リョウイがいて。私はいつもつんけんしてたけど、本当は・・・・・・。ふん、懐かしさのあまり変な事口走っちゃったみたいだ」
電話を切り、トーラは窓の外を見る。
そこに映るは若き日の自分達の姿。
皆、笑いあって。
皆、楽しそうであった。
リョナ子の特別編を短編として投稿しました。結局描写抑えましたが、よろしければそちらも読んで頂けると幸いです。
黒椿うんぬんは本編、あのねアザトース様が見てるの、に出てきます。