おや、これは思いがけない贈り物です(九尾死事編 後編)
こんにちは、蓮華です。
今、私はとんでもない場面に遭遇してしまいました。
色違いの光が交差しています。
眼前、私ではとてもそれを追う事はできず。
「白い方の二人が抑れてるね~。黒い方、格が違う」
隣の彼女にはしっかり見えてるのでしょう。
◇
衝突数分前。
「折角のお誘いで悪いのだけど、私達これから大事な用があるからお断りするわ」
捉える女、そして周囲、もう強行する事はすでに諦め。
ここからはもう逃げられない。
「まぁまぁ、そうつれないことを言うではない。ちょっとでいいのじゃ」
話も通じそうにない。
「駄目よ、後三十分もないわ」
そう言うと女は高所から飛び降り。
「なら一五分だけ付き合ってもらおう・・・・・・」
もう女の目は二人を捉えて放さない。
「そもそもそれだけもてばじゃがなぁあ」
黒き九本の尾が背中から天に逆立つ。
「来るわよっ! ヴィーカっ!」
「・・・・・・あれうちの隊長並。いや、それ以上かも・・・・・・」
二人の救いは。
知っていた事。
あのレベルがこの世に存在する事を。
二人は気負いする事なく。
真っ向から立ち向かっていく。
「最初から全力よっ!」
「もちのろんっ!」
消える三人。
アナスタシアとヴィクトリアは幼い頃からつねに一緒で。
二人の動きは完全にシンクロする。
それはコンマ数秒のずれもない。
美しい旋律。
ヴィクトリアが飛び込む。
得意の体術を駆使し、己の肉体を武器に連撃。
「ほう、素晴らしい体術じゃ、うちのサンアンの上をいくの~」
相手が尾なら、こちらは翼。
反撃、カウンター全てを封じる高速乱撃。
だが、相手には掠りもしない。
次の攻撃が分かっているように先に避けている。
「高い水準、じゃが妾には通じぬぞ」
「・・・・・・そうでしょうね」
ヴィクトリアはそれでも攻撃の手を緩めない。
それは。
「っ!?」
ヴィクトリアの振り上げた腕、その隙間を縫って後方から弾丸が撃ち込まれる。
「なんとっ! これは驚いたぞっ!」
ヴィクトリアが死角になり、ババ様には銃弾が急に迫ったように思えた。
味方ごと撃つアナスタシア。
一歩間違えばヴィクトリアごと貫く弾道。
アナスタシアには見える、ヴィクトリアの動きの全てが。
次に何をするか。
次はどのように動くか。
それを踏まえての射撃。
結果、ヴィクトリアの体をすり抜ける弾丸がほぼゼロ距離でババ様を襲う。
「喜び、苦しみ、なにもかも共に乗り越えてきた者達が成せる技じゃの、うちのシャレイやリライのようじゃ」
回避不可の攻撃もババ様は越えていく。
「流石に見てからでは避けられぬが・・・・・・」
ババ様がヴィクトリアの動きをトレース。
それによりセーフポイントを模索する。
判断は早い。
「ナスチャ、無駄っ! 見切られたっ!」
「それならっ!」
アナスタシアは猛突進。
スライディングで二人の横に滑り込む。
残った銃弾を全て撃ち込んだのち。
「そろそろ一〇分くらい経ったかしら?」
ナイフを握ってヴィクトリアの援護に入った。
「まだ一分って所かの~? まだまだタイムリミットは遠いぞ」
アナスタシアは苦笑いをしながらもナイフをババ様に斬りつける。
◇
こんにちは、蓮華です。
さて、あれは見なかったことにして回り道しましょうか。
「それは無理かもね。たまたま見た者、全部殺すつもりかな」
隣の彼女がそういうものの私にはいまいち意味がわかりませんでした。
「なら、どうすれば・・・・・・」
「立ちふさがるなら突破するしかないね~」
彼女は待ってます。
内心抑えている感情を解き放たれるのを。
「そうですか・・・・・・」
彼女はプロでそこに私情は挟まず。
その自ら期する鎖を外せるのは。
「やっちゃってくださいっ! 蛇苺さんっ!」
依頼主である私自身。
◇
三つの光が四つに増える。
「ん、なんじゃ」
横槍を入れてきたのは兎の仮面。
「えっ! 誰?」
「・・・・・・兎の仮面。まさか・・・・・・」
疾風の如く。
そのままババ様に2、3、5・・・・・・7連撃。
「まさに脱兎じゃの~、この兎は逃げるどころか向かってくるが」
狐は笑う、兎も笑う。
拳を交えて繋がる強者。
「助太刀するよ~、私も依頼人を守らなきゃならないし」
「よ、よく分からないけど、足手まといにだけはならないでよね!」
「・・・・・・兎の仮面。この人、クリメントおじ様の・・・・・・」
折角整っていた旋律が崩される。
そう思ったのも束の間。
兎の仮面の女は二人の演奏を決して邪魔する事なく。
それどころか自然と表現に豊かが増す。
ピアノとヴァイオリンにチェロが加わったように。
深みが一層増して。
ババ様にとって記念する瞬間。
ヴィクトリアの隙間ないコンビネーション。
アナスタシアの全てを切り裂くソードダンス。
それらを避けきって。
なお迫る。
兎の一撃。
避けきらない。
確定した攻撃。
何もかも無効化してきたババ様の動きが。
その瞬間だけ止まる。
顔面を振り切る鋭い蹴り。
刈り取る鎌。
両足が地面を擦り流れる。
ババ様の体が後方へと押し出された。
「痛み。これが、そうか。血、妾の血も赤かった」
震えるババ様の体。
「礼を言うぞ、妾の処女を奪ってくれた」
九本の尾はさらに天高く、そして黒く空を染める。
「残り八分。全力を出す、ちゃんとついてくるのじゃ」
それは優しさ。
自分に傷をつけた相手達への敬意。
コマ送り、次に向かう前に。
ヴィクトリアの体が遙か後方へと位置を代えた。
「ヴィー・・・・・・っ」
次のコマに移った時にはアナスタシアの体が同様に忽然と消える。
3コマ目。
そのババ様の拳は。
蛇苺の胸元に。
腕を十字にしっかりガード。
それでも吹き飛ぶ。
先に飛ばされた二人よりは少しだけ前。
「ほう、よく凌いだ。やはりお主は天賦の才を持ち合わせているようじゃ」
追撃はせずババ様は蛇苺を見据える。
「そ、そりゃ、その前に二回も見たからね~」
アンサンブルは轟音によってかき消される。
「くぅ、これじゃ、ライブで腕を思いっきり振れないわ」
「激しいジャンプも無理かも・・・・・・」
アナスタシア達も立ち上げる。
ババ様の本気、その前の宣言が二人の生存を可能にした。
淡い期待をぬぐい去るには充分の時間。
残り七分。
一撃もらえば即死。
なのにこの高揚感。
追い込まれた事により集中力はどんどん増していく。
「行くわよ、ナスチャ。絶対歌音に会うんだからっ!」
「ええ、殺蜘蛛を見るまで絶対死ねないわ」
絶対折れない心をその胸に。
二人は化け物へと向かっていく。
「絶望的なのに、なぜか力が湧いてくるねー」
蛇苺もそれは同じで。
戦いは一段上のステージへと。
ババ様の瞬動。
「あっ」
アナスタシアは思った。
終わったと。
死を感じた。
ババ様のつま先はもう自分のお腹に触れていたから。
しかし、そうはならない。
蛇苺の蹴りがババ様の足を下から蹴り上げる。
弾かれるババ様の蹴り。
それで止まる事はなく。
一回転して再びアナスタシアの顎下へと。
今度こそ終わったと。
その運命を回避させたのはヴィクトリア。
打ち付ける、強烈な拳がババ様の蹴りと相殺。
アナスタシアはその膠着を逃さない。
止まった足を掴むと、それを軸に体を浮かせ。
「てやあぁあああああああああああああ」
右、左、交互にババ様の顔面を蹴りつける。
「ふっ」
それをババ様は、頭突き、額だけで凌ぎ・・・・・・。
が、アナスタシアの最後の蹴り。
それが急加速。
蛇苺がアナスタシアの踵を蹴りつける事で。
威力、スピードは倍加。
これにはさすがのババ様も額だけでは抑えきれず。
逸れる顔面。
崩れる体勢。
今だ空中にいるアナスタシアと蛇苺。
二人はその場で手を繋ぐと。
蹴りの衝撃を生かし、蛇苺を一回転。
さらなる攻撃を仕掛ける。
反対側にいたヴィクトリアも攻める。
挟み込む追撃。
同時にババ様の顔へ向かう挟撃は。
「惜しいのっ!」
広げる両腕、両手。
それに触れた二人の足が。
地面へと吸い込まれる。
強力な重力に引きつけれるように。
今の三人は無防備。
ここで誰かが終わる。
ババ様が誰に決めたのか。
それは分からないまま。
一発の弾丸がそれをねじ曲げる。
隅っこ。
遠くからそれを放ったのは。
深い緑色の髪、大きく見開いた瞳。
「ほう。あまりに弱く目にも止まらなかった者。認識を改めよう。この妾を目にして立ち向かえるその精神。お主もまた別の意味で強者よの」
ババ様の輪廻転死。
選択肢の全てが死に繋がる最悪な宿命。
蓮華はその類い希なる思考力からそれを否定する。
彼女の考えるうるルートは必ず生に通じているから。
「残り1分。幕引きじゃ。妾の最上の技を魅せようぞ。凌いでみせよ」
ババ様の最終奥義。
己の武器を全て解き放つ技。
ここまで戦って分かっている。
これを三人が耐えきるのは不可能。
時間切れ寸前で。
この三人は絶命する。
「九尾九厄九災」
ババ様が距離を取り。
そして手を翳す。
的は中央で纏まる三人。
振り注ぐは厄災。
三人を襲うは。
鋭い矢が大気を切り裂き。
同様に金属が別方向から光る。
細くも強靱な糸が覆い。
小さいながら強烈な毒針が飛ぶ。
鎖に繋がる鎌が字の如く弧を描く。
三人はすでに突入していた。集中力は極限まで高まっていて。
それら逸らせ、しゃがみ、踊るように全てを躱すと。
今度は人影が頭上から暗闇を作る。
金属の棒が頭を潰そうと振り下ろされる。
空気の膜を纏う破壊拳。
切っ先を持つギロチンのような蹴り。
最後に何もかもを穿つ拳撃。
それらさえも。
棒の握られる手を打っていなし。
腕を交差させ相手の頬に一撃。
蹴りには蹴り、クロスする二人のしななかな足。
拳には拳。同等の力で打ち消す。
九尾メンバーによる九種九連九強襲。
三人はそれぞれに見事に対応し。
惨劇を遠ざけた。
襲いかかった人影はすぐに離れ。
三人の周囲には九つの新たな者達の姿がさらされる。
「驚愕じゃ。妾が見る限りこれを回避するのはお主達では不可能だったはず。そうか、成長したのじゃな、妾との戦闘中でさえ。これだから若さとは羨ましいものじゃ」
ババ様はとても喜んでいた。
「お遊びの時間も終わりじゃ。思った以上に楽しめたぞ」
存在はしない時計の針は15分を越え。
「礼じゃ、お前らこの者達を目的地までエスコートしてやれ」
張り詰めていた糸がここで切れる。
アナスタシアとヴィクトリアはその場にへたり込み。
蛇苺も珍しく深い呼吸をしていた。
「お主もよく妾に立ち向かった。これは褒美じゃ。なにかあれば一度だけ妾達が力になってやろう」
ババ様はカードを蓮華に投げつけた。
それは名刺のようなもので、手書きで連絡先が書かれていた。
「・・・・・・これ頼んだら殺されるって事は?」
「ふはは、そんな玉手箱のような仕打ちはすまい。安心して使うが良い」
こうしてババ様の戯れは終わりを告げた。
◇
ライブ会場。
「歌音ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!」
「ベアトリスぅぅうううううううううううううううううううううっ!」
箱の中で二人が絶叫する。
ギリギリの会場入りだったが二人のいる位置は最前列。
ベアトリアスが元より二人のために席を確保していてくれていた。
「うぉおおお、歌音さん最高っすっ!」
「歌音さん、格好いいっ!」
隣にはなんかとんでもない圧を放つ集団がいたが、今の二人には気にならない。
一通り演奏を終えてのメンバー紹介とトークタイム。
「実はここでお礼をしたい人達が来てるんだべ。この人達がいなかったら今日のライブはできなかったべした」
スポットライトが会場の二人に当たる。
「この二人だべっ!」
光の先にはアナスタシアとヴィクトリア。
「え?」「へ?」
「この二人がストーカーに襲われそうになってたベアトリスを助けたんだべよ。メンバー一同お礼を言うべ」
メンバー達が二人に頭を下げる。
そして観客席からわき起こる歓声と拍手。
「ええ、そんな、私達はただ・・・・・・」
「うん、あれはむしろオーバーキルだった」
この後、二人は記念写真やメンバーからサイン入りの楽器も貰って打ち上げにも参加したのであった。
「なんて幸せ」
「うん、夢みたい」
二人は今回の旅で色々あったが。
「「巻き込まれたりもしたけれど、私達は元気ですっ!」」
関係ないですけど蓮華を知ってた人は、紅蓮華もグレンゲとちゃんと読んでたはず。