エピローグ 四日目とキスの話
廃ビルには、誰もいなかった。コートとマフラーをした青年の姿は、さっき廃ビルから消えてしまった。
その代わりに、廃ビルの下には、白い雪に赤がべたりと滲んでいた。
その赤を――青年が飛び降りた時を――向かいのビルから死神と一人の女性は見ていた。女性は、死神と対照的な存在だ。ここでは<天使>としておこう。
天使は、女性物の煙草を吸いながら言った。
「あーあ、死んじゃったね、あの子。 純粋だな~」
死神は、何も答えずどんどん染まっていく赤を見ている。
「あの青年は、自分の意思で自殺したのか……それとも、死神の欲望に飲まれてしまったのか。 死神に目を付けられた生者は死ぬ運命なのにね」
死神は、冷酷な目で天使を見た。天使は、ケラケラと笑い煙草を地面に押し付ける。
「あの子は、これで死人になったけど、死神さんは関係を持てるのかな?」
とても嫌味な聞き方だ。天使だって死後に関わる存在、そんなことは聞かなくても分かるはずだ。
「私は、言いました。 死神は、死人の案内人じゃないし、生者と関係を持てないって、それから孤独な存在とも」
天使は、またケラケラと笑いだす。
「酷いね~、酷過ぎるよ。 死神は、死を招くだけで死人の魂なんかと関係が持てる存在なんかじゃないのにね。 彼は、君に死を招かれてしまったんだ」
天使の声に、死神は、何も答えず背を向け、屋上を後にした。
青年の死に対する好奇心、自殺をした動機が、死神によって招かれた物かどうかは、死神のみが知る事実だ。それとも、彼女自身も分からないのかもしれない。
ただ、はっきりとわかっていることは――白い雪に滲む赤は、最良の選択であり、死神の初恋の色だということだけだ。
死神は、冷たい青年にそっとキスをした。意味のないキスだ。