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三日目と終わりの話

 今日を最終日としてしまっても良いのか分からないでいた。

 この世界に連れてこられた本当の意味は、曖昧な自殺の動機をはっきりとさせるか、生きる目的を見つけることだ。

 もう、問いの答えは見つかっている。

 俺は、群青に染められた空を見上げながら死神に言った。

「明日の午前中なんていらないよ。 今日で、全てを終わりにしよう」

 死神は、一度目を瞑り、ゆっくりと開け、微笑みながら言う。

「本当に、いいんですか? 三日目が終わってしまったら、嫌でも、あなたは答えを見つけなければいけませんよ?」

「あぁ、大丈夫だ」

「わかりました」

 死神に指示をされたわけではないのだが、俺は、目を瞑った。初めて死神と会った時のように目を閉じて、現実世界の理想を想像した。

 まだ、十九だ。今からでも大学を目指してもいいんじゃないのだろうか。目的地もなく道を彷徨うのではなく、きちんと場所を目指しながら一歩ずつ歩き出そう。

 そして、夏になったら死神と手を繋いで、田んぼのあぜ道を歩きながら蛍を見たいと思ってしまった。

「お待たせしました」

 と、死神が言う。

 俺は、ゆっくりと目を開け、群青とは違う深い黒に染められ、遠くから祭りばやしが聞こえてくる世界に立つ、白と青色の浴衣を着た死神を見た。

「今日が、三日目の夜なの?」

「はい、三日目の夜です。 夏祭りが終わったら、この世界は、終わります」

 死神が「この世界は終わります」というと、冷たい恐怖がにやりと顔を出した。たとえ、この世界が終わったとしても、俺には何の関係もない。ただ、特別で残酷な三日間が終わってしまうというだけだ。

 俺は、遠くから聞こえる祭りばやしと人の喧騒を目指して歩き出した。

 少し後ろから、死神が、下駄を鳴らしながら追い付いてくる。

「手は、繋がないんですか?」

「繋いでもいいの?」

 死神は、俺の手を取る。

「私も……あなたのことが好きなので」

 俺は、何も答えず、ただ心の底から笑顔になれた。祭りの灯に照らされる夜が幻想と分かりながらも、彼女の手の温かさだけは信じられた。


夏の幻想に理想を重ねてしまっていることには、随分と前から気づいていた。

 死神の優しさは残酷だ。悪意があるのか、ないのかは分からない。それとも、遠回しに何かを伝えたいのかさえ分からない。それでも俺は、三日目の夏祭りを彼女と共に楽しんだ。

 死神の想像した祭りは、決して大きなものではなかった。最後にあがる壮大な花火なんてものもなく、田舎にピッタリな小さい神社で、十個ほどの屋台が並ぶ小さな祭りだ。だけど、その祭りは、人で溢れていた。浴衣を着たカップルやお面を頭にかけ走り回る小学生、綿あめを食べながら私服の笑みで頬を抑える少女――全員の表情が笑顔だった。

 その時、俺は、一人の女性と肩をぶつけてしまい、反射的に「すみません」と言葉が出る。幻想に声をかけるなど、高度なAIに話しかけているような羞恥心が沸いてきた。だが、その女性は「いえ、大丈夫ですよ」と微笑みながら返してくれたのだ。

 驚いたように立ち止まる俺に死神が言った。

「夏祭りの人混み、私好きなんですよ。 こうやって、手をつないで歩くのも」

 小さな祭りから聞こえてくる喧騒は、蝉時雨と変わらない夏特有の騒がしさがあった。この喧騒は、止んでほしくなかった。幻想が、終わってしまうのが怖くて仕方がなかった。だが、それは、無駄な抗いだ。

 最後に、尋ねようと思う。三日前の俺に、今の俺が――

「お前は、まだ、死にたいか?」と。


 三日間が、終わりを迎えようとしている。最後のイベントであった夏祭りの灯りがパタリと消えると、世界は、色を失ったみたいに静寂が訪れた。

 遠くから聞こえる蛙の声が、まだ、夏を叫んではいるが、それもいつまでかはわからない。

 すると、隣で歩く死神が、俺の手をパッと放し、一歩前に出てこちらを向いた。月の出ていない空は、とても暗くて、ここがどこなのかさえ分からなかった。波の音も、木々が揺れる音も、風の音さえ聞こえないのだ。ただ、蛙の声が聞こえてくるだけだ。

「お疲れ様でした。 今の時刻は、午後十一時五十八分です。 いかがでしたか?」

「とても楽しかったよ。 でも、夏が終わるのは悲しい」

 死神は、「私もです」と呟いて、こう続けた。

「私は、あなたに言わなければいけないことがあります。 でも、あなたには、それを聞かない権利があります。 どうしますか?」

 俺は、迷うことなく答える。

「聞くよ。 聞かせて欲しい……それが、どんなことであっても」

 なんとなくだが、死神の言わなければならないことというのが、何なのかは予想が経った。死神の仕事についてや俺のこれからに関係するようなものではない。

 死神の言わなければいけないことは、俺の恋に対するものだろう。

 死神が、話し出すまで何も言わず、ただ、彼女だけを見ていた。すると、ゆっくりと彼女が語りだす。

「私は、死神です。 だけど、死神は、本当は死人の案内人なんかじゃないんです。 孤独を強いられてしまった憐れな存在……とても醜い嫌われ者。 死神は、生者と関係を持つことは許されません。 それは、生者も同様なんです」

 ほらね。死神の言わなければいけないことは、俺の恋に関係するものだ。でも、彼女を責め立てるつもりはない。大声で、耳を塞ぎたくなるような言葉を言う気もない。

 彼女がいる限りは、笑顔で人間を続けていたいと思った。

 俺は、彼女になんでもいいから言おうとした。だが、それを、彼女の言葉に遮られ、それが、夏の終わりを意味していた。

「でも、私は……あなたのことが好きなんです。 死神として、あなたを見た時からずっと。 理由を聞かれたらうまく答えることはできません、簡単に言うのなら一目惚れです。私の初恋なんです」

「俺も――」

 耳の奥で、時計の長針がカチと動く音がした。それが、何を示したのかは簡単に予測ができた。

 死神の作った世界が午前零時を迎えたのだ。

 ずっと聞こえていた夏の蛙の声とじんわりとした暑さが去り、冬の肌を刺すような冷たさと、雪が落ちる音だけが廃ビルの屋上に響いていた。

 夜のあぜ道に立っていた俺は、コートとマフラーをしてフェンスを越えた屋上の淵に立ってる。

 死神は、わざとこれを狙ったのだろうか。だけど、俺の気持ちは全く変わらなかった。

 死神を好きになってしまった哀れな恋心を無視できるほど強くなんてなかった。

 生者が彼女と関係を持つことが許されないのなら、とても簡単な解決方法があるだろう。

 それは、死ねばいいのだ。

 一度、雪降る灰色の空を見た、そして、死神にこう告げた。

「きちんと自殺の動機を見つけることが出来たよ」

 さよなら世界。好きだよ死神。

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