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死神と出会った話

 閉じていた目を開いた。午後からという予報だったのに、雪が降り始めていた。

 パラパラと降る雪は、目の前に落ちて消えていく。

 俺は、立ち上がり、身長よりも高いフェンスを越えた。

 もう、命綱はない。誰も、俺の手を引っ張ってくれる人はいない。

 死を前にして、恐怖心なんて持ち合わせていなかった。

 何故だかわからないのだが、安心感というか、高揚感というか、胸が高まるような気持になっていた。

 早く死んでみたい。

 俺は、目を閉じた――


「死ぬの?」

 小さく掠れた声で問いを投げかけられた。

 閉じていた目をゆっくりと開け、後ろを振り返った。そこには、制服を着た女の子が、肩で息をしながら眉を顰めている。

 あぁ、誰にも見られない雪の降る今日選び、普段人が訪れない廃ビルまで探したというのに……俺は、出来るだけ笑顔を向けながら答えた。

「死なないよ。 高いところが好きなんだ」

 女子高生は、顰めていた眉を緩め、つまらなそうに唇を尖らせる。

「なんだ、死なないんだ」

 俺の口から疑問符が漏れる。想定ならば、自殺を引き留めようとする彼女にその場しのぎの嘘を付いて、彼女が去ってから自殺をするというシナリオだった。

 だが、この女子高生は、それをブツリと雑に両断した。彼女は「つまんないの」と呟いて、背を向け屋上の扉へと歩み寄る。

 俺は、それに苛立ちを感じた。

 本来ならば、死ぬと決めていたのだ。彼女が現れなければ、今頃、夢を叶えることが出来たのだ。

 死なない、と嘘を付いたのは、女子高生への配慮でもある。

 なのに――

「死ぬよ。 ここから飛び降りるんだ」

 卒業式のその日に死にたかったのをぐっと堪え、雪の降る今日まで耐え抜いたというのに、死を前にして女子高生の戯言などどうでもいいはずなのに、つまらない意地を張ってしまった。

 女子高生は、足を止め振り返る。振り返った彼女の表情は、満面の笑みだった。

「やっぱり、そうだよね! 絶対、そうだと思ったもん!」

 彼女は、俺の下へと駆け寄り、フェンスを鷲掴みにして自己紹介を始めた。とても、奇妙な自己紹介だ。

「コホン。 えっと、私の名前は<死神>です。 シガンシャをお迎えにあがりました!」

 何を言っているのかさっぱりだった。雪の降る十二月の廃ビルの屋上で、自殺者を前に笑顔で接する女子高生なんて異常すぎる。でも、たった一つだけ、理解できることがあった。

 それは、彼女の言う「シガンシャ」が「死願者」というつまらないダジャレであるということだけだ。

俺と彼女の間にあるフェンスを風が吹き抜ける。

「女子高生の悪ふざけならいい加減にした方がいい。 人の死体なんてみたくないだろ?」

 もちろん、彼女に俺の死体を見せるわけではない。脅かすつもりで言ったのだが、あまり効果がないようだ。

 女子高生は、顔の前で手を横に振り笑顔で言う。

「私は、死神ですよ? 死体なんて怖くありません」

 鼻につくような彼女の笑顔を見ていると無性に腹が立った。心の中で「お前は、どうせ死ねないんだ」と囁かれているような気分になる。

 そんな彼女をしばらく睨みつけていたが、一向に彼女から笑みが消えることはない。

 もう、飛び降りてやろうかと思った時、彼女は言った。

「飛び降りないのなら聞かせてもらってもいいですか? あなたの自殺をする理由を」

 俺は、嘲笑うようにため息を付き、この女子高生の企みを全て理解することができた。

「時間稼ぎか? どうせ、警察でも呼んだんだろ。 余計なことしやがって」

 図星なのだろうか、彼女は眉を顰め答える。

「あなたもしつこいですね。 私は、死神です。 死神は、死人の案内人なんです。 つまり、私は、あなたの案内人、自殺を止めるわけないじゃないですか」

「案内人ね……証拠とかあるのかよ」

 彼女は、白いため息をつく。

「そんなことより、私の質問に答えてくれます? どうして、自殺なんてするんですか?」

 しばらくの間、互いに睨み合う時間が続いた。でも、その時間が一秒ずつ進んでいくたびに、この女子高生は本当に死神なのではないだろうか、と思い始めてきた。

 真っ白な肌がそう思わせているのかもしれないし、冬のミニスカートがそう思わせているのかもしれない……それとも強さを増す雪が、俺の思考を狂わせたんかもしれない。

 雪の中での我慢大会に心が折れたのは、俺の方だった。

「わかったよ。 話せばいいんだろ?」

 女子高生は、不機嫌そうな顔をすぐに笑顔に戻し「さすがです!」とわざとらしい拍手をする。馬鹿にされているような気がしていい気分ではないのだが、また一つ、彼女が死神なのかもしれないことが起きている。

 彼女が、誰かに「自殺しようとしているひとがいる」と連絡をしていたのならば、もうそろそろ現れてもいい頃だろう。それが、現れないということは、彼女の言う「自殺を止めるわけがない」が証明されたということになる。

「はぁ……俺が、死ぬ理由は、ただの夢だよ。 死んでみたらどうなるのかなって思っただけ」

 女子高生は、依然としてまだ笑顔を向けたままだが、どこか切なげにも見えた。鋭利な刃物のように繊細で残酷な笑顔だ。

「夢ですか……でも、それだと困るんですよね」

 俺は、「困る?」と反復した。

「えぇ、困ります。 死神だって暇じゃないんです。 死ぬ動機がしっかりとしていない人間の後始末をするのだって楽じゃないんです」

 俺は少し間違っていたようだ。自分の死を一種の哲学に基づいた美しい作品のように考えていた。常人には考えられない動機で自殺をするという状況に酔っていたのだ。

「じゃ、なんだっていうんだよ。 死ぬなっていうのかよ」

「いえ、違います。 はっきりとした動機を作ってもらいたいのです。 それがないのなら、余命が尽きるまで生きてください」

 雪の強さが大きくなり、すっかり屋上は白く塗り替えられた。雲の上のような綺麗な白を見れればよかったのだが、屋上に溜まった汚れはそれを許すことはない。

 そろそろ、マフラーとコートを着ていても寒さに耐えがたくなってきた。俺の身体は小さく震え、両手の感覚もほとんどない。

 さっさと死んでしまいたかった。

「無理だよ、そんなの」

 彼女は、笑顔を続けたまま答える。

「無理では困ります。 なので、あなたの命を三日間だけ死神に預けてみませんか?」

 言っている意味が分からなかった。ただ、死神の巧妙な話術に乗せられてしまったということは感じることが出来た。

 俺は、何も答えられず彼女を見つめているが、それ以上の説明を聞けることはなかった。

 でも、悪い話ではない。

 死神に命を預けてみるなんて、死後の世界を知るよりも好奇心を煽る話だ。

「じゃ、預けてみるよ」

 俺は、死神に笑顔を向けた。

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