勇者、魔王の娘と逃走する
第三話です、よろしくお願いします
「あぁ、もう頭が痛いっ!」
はぁ、魔族を蹴散らし魔王を撃破した勇者が寄りにもよって、魔王から頂戴致したスキルを使って、娘の召喚した眷属を『強化魔獣』にして助けちまった。
こんな事を外に居る連中に知れたら、何を言われるやら知れたもんじゃない。
いや、言われるだけならまだマシだな
聖騎士団の奴らや、教会の幹部にでも報告されたらと思うと、頭痛がしてきた。
眉間にしわ寄せ、額に手を当て苦渋の想いをしていると言うのに、この娘は。
「あのっ、今のタマが暴れた事で、何処かお怪我されましたか?」
「いや、そんな事じゃなくて……」
魔王の娘ならもっとこう、凛とした態度は執れないのか?。これじゃまるで、金持ち貴族の品の良いお嬢様と大差無い。魔王が倒されても、その血脈が存命していたら次は自分が討伐対象に成ると言う、その危惧を全く抱いては居ない感じに見える。
「あんた、自分が次の討伐対象に成るって思わないのか?」
「ええ、父が倒れた今……、次は私の番ですね」
一応は彼女も、自分の立場が何処に有るのかは自覚はしているらしい。これまでは、魔王バエルの力で守られ、居城から一歩も外へは出る事無く優雅に暮らしてきたのだろうが、今度は父親を倒した勇者の俺にその役をやらせる心算なのか。
幾ら美人でも、魔族は魔族だ何も変わらない!
さっさと聖騎士団にでも引き渡して、俺は役目を果たす!。
そのつもりなのだが━━。
ズキッ!
彼女を引き渡す所を想像すると、罪悪感に胸を刺される痛みを感じる。
まさかとは思うが、彼女の魔力の虜にされたなんて事は……、ないよな。
魔族に心奪われたりしたら、それこそ勇者失格だあ。
「あの、勇…………いやっ、何か恐ろしい者がっ」
「! なっ!」
今日の俺は、どうかしているぞ……。
さっきの雑魚なら未だしも、今俺達を空中から見下ろしている奴の正体は、こっちへ向けられた魔力の威圧感からして紛れも無く『魔王』の一人だ。そんな奴の接近を易々と許してしまうとは、致命的な失態をやってしまった。
いくら俺でも、存在を察知せずに魔王から不意を衝かれれば、致命傷を負いかねない。頭上から威圧してくる魔王を睨み、自分の失態に拳を固く握り締めた。俺が無傷で居られたのは、魔王に攻撃する気が無かったのに他ならない。
その魔王が、口を開き話し始めた。
その言霊から感じるものは、バエルと同等以上の魔力だ。
「忌々しい邪魔なバエルの魔力が消え、様子を見に来てみれば他にも邪魔な奴が来ていたとは、まぁそれも『魔族強化』で自ら排除したとは、ふっ……、流石に奴の娘と言うところか。だがバエル亡き今、この私を妨げる者はこの城に存在しない。さあ一緒に来いシーラよ!」
「嫌ですっ! 、貴方の妻になんか成りません!」
シーラはそう吐き捨てると、俺の背後に隠れその身を寄せてきた。
温かい……
魔族はもっと冷たい体温なのだと勝手に思い込んでいたが、大間違いな知識だった。背中にピッタリと張り付いた彼女の細い身体からは、柔らかな感触と人間と同じ温かい体温を感じた。それだけではない、今彼女に身を寄せられて鼓動が高鳴っているのを覚えた。
「んっ何だ人かあ?、そんなひ弱な物に隠れてどうする、早くこいっシーラ」
「絶対に嫌ですっ! 、貴方なんか嫌いです!」
二度目に魔王を嫌いと言った物言いが、まるで子供が嫌いな食べ物を拒絶するかの様に聞こえ、堪えようも無くおかしくなり、遂吹き出してしまった。
「ぶっっ!」
「何がおかしい人間!」
「いや悪い、格好つけて登場した割には、あっさりと振られたのがお………
俺が笑いながら返事をすると、最期迄言い切る前に魔王は『魔弾』を放ってきた。
俺に放たれた黒いその魔弾が着弾する前に、片手で振り払い魔弾は大きく弾かれて、城の一部を破壊した。
「貴様っ、只の人では無いな……、そうか貴様がバエルを倒した勇者か……」
「それがどうかしたか?、しかし魔王って女にはモテナイのなっ!」
この世界に散らばった魔王が、自分から俺の前に現れてくれた。
こんな好都合な事は無い、わざわざ捜して討伐するまでも無くこの場で倒せる。
「全くだっ! ベルゼ貴様、魔王の恥さらしめ」
なっ、今度は別の魔王が突如乱入して姿を現した。
最初の魔王と違い、二番目に姿を見せた魔王は随分と大柄、っと言うよりデブだ。
細めの魔王と、デブの魔王二人を同時に相手にするには、ちと分が悪いが何とか倒せるか?。
「バラー、貴様はここへ何をしに来た?」
バラーと呼ばれた魔王は、最初に現れた魔王ベルゼを見据え、高笑いを返した。
「わははははっ! 、貴様と同じよっ、シーラを連れに来たのよ!」
「いや……、又、嫌いな者がっ」
二人の魔王の名前が知れたのは良しとして、こいつらはシーラを妻にする為に姿を現したのか、彼女がどちらも怖がり拒否している様子から考えると、魔王バエルは同族の魔王達から娘を守っていたという事か。
バエルの守ってくれと言う意味は、俺達人間からというより娘を無理矢理に娶ろうとする、魔王達からという意味合いの方が強そうだ。
「あーらぁ、シーラは貴方達の様な無粋な殿方には勿体無い娘よ、私がいただくわ」
「ヘカーテ! 貴様もか!」
今度は……ど派手に染め上げた、真っ赤な露出度の高過ぎのドレスを纏った女の魔王までが、この場にご登場ときた。女が妻には……、無いだろうから別の目的と思われるが、シーラを欲しているのは同じの様だ。魔王三人が、奪い合いをするほどの価値がシーラに有るのか、これは父としたら死んだ後が心配なのは理解出来る。
「誰がシーラを連れて行くかの前に、邪魔を消さんとな!」
「ふむ」
「あらぁ?、なる程ぉバエルを倒した勇者様が居たのねぇー」
バエルの遺言と成ったあの頼みを、俺が承諾した覚えは微塵も無いのだが、この状況からして必然的に、シーラを守ってしまう結果に成ってしまいそうだ。非常に不愉快だが、三人の魔王と戦う事は避けれそうには無い。
彼女を引き渡し、三人を相手にするのを避けるという手は、魔王達のやる気満々の表情から使えそうに無いし、やはり女を盾にして窮地を脱するというのは、性に合わない。
成り行き上已む無く、シーラを守る形で三人の魔王と対峙しようと剣に手を伸ばした時に、更なる第四の声が城のホールに響き、全員は一瞬にして動きを中断する事に成った。
「貴様らぁ━! 、抜け駆けしおってシーラは渡さんぞぉ!」
「あらまぁ……、貴方まで彼女を狙ってたのねベリス」
四番目に登場した魔王ベリス。
ヘカーテを除いた二人と違い、全身から漆黒の覇気を撒き散らしての登場だ。
漆黒の鎧に黒の覇気、この魔王は今直ぐにでも暴れる予感がした。
「ふん、シーラを狙う魔王の半分近くが勢ぞろいって事ねっ」
魔王ヘカーテは、覇気とは違う別の妖気と思える妖しい気を発し、そう言った。
彼女を狙う半分近く……、まだ他にもシーラを手に入れようとする魔王が存在している事を、ヘカーテは暴露した。
これは流石に、無理が有るなどう逃げるか
俺一人なら、どうにでも成るんだが
「何でもいい、もう一度眷属を召喚出来るか?」
「あ……、はい、タマは呼べませんが別の子なら」
「それで良い、一瞬だけ奴らの気を逸らせれば上出来だ」
三人が完全に動く前に……。
我が眷属よ、来たりて我を守りなさい……
「あはははは、眷属を呼んで戦わせようと言うの?、可愛いわね」
シーラが呼び出した眷族は、小さな小人の様な魔物だった。
その小人の頭に手をかざした。
『強化』!
小人の魔物は、魔法陣と供に巨大化しゴーレムと成って、俺達の姿を隠した。
「なんだとっ!」
「まさかっ! 、人間が『魔族強化』を使っただとぉ!」
ゴーレムの御陰と言うよりは、俺が『魔族強化』を使用した事に驚嘆したようだが。
一瞬の、時間だけは稼ぐ事が出来た。
『転移』!
即座に発行する魔法陣が、俺達を包み刹那にその姿を転移させた。
「しまった上手く逃げられたか……」
「シーラが居ないのなら、ここで争っても仕方ないわね」
「うむ」
「何処へ逃げても、必ず捕まえてやるわ!」
四人の魔王は、各自が開いたゲートを通り散って行った。
『転移』の魔法を緊急で使い、俺達はバエルの城から脱出してきた。
「勇者様、この場所はどこですか?」
「崖の下に見えるのが……、俺が生まれた村だ」
勇者の俺が。
魔王達と戦うのを避けて、魔王バエルの娘を連れた状態で逃走を決めてしまった。
これまで一度も逃走した事は無かったのに。
『我が娘をまもってくれ』の、言葉通りの結果に結び付く逃走を果たしてしまった。
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