美少女に会ってみた
その少女はまさに華のような少女だった。ちょうど拓人と同じくらいの年齢だろうか。端正な顔立ちで表情は豊か。その淡いブルーの短めの髪が肩口ではねている様子と合わせて、とても元気で無邪気な雰囲気を醸しだしている。それに加えて、彼女の着ている純白の白衣のような衣装が、彼女の清純さと透明感を強調している。そうかと思えばその健康的な体を見てとれるほどにその衣装は露出しており、彼女の清純さに隠されたあざとさが垣間見える。だが、彼女をこれほどまでに魅力的にしているのは、まさにこのあざとさのおかげであろう。禁断の果実のような少女だ。
「この出会いをもたらしてくれた神に感謝を…… クラウドに感謝を……」
異世界に来てからというもの、出会う人々はおっさんだったり不良だったりで何一つおいしくなかった拓人。しかしここにきて運気の急上昇ぶりがすさまじい。思わず神に感謝してしまう。そんな拓人を見て、少女はキョトンとした顔をしながら問う。
「あなたは……?」
少女から発される鈴のような声音に、拓人はそれだけで顔が真っ赤になってしまう。
「はうぅっ。お、俺は黒森拓人。い、いろいろあってここにお邪魔させてもらっている次第でありまして……」
少女があまりにも可愛すぎて頭の中が沸騰して、完全に思考を失ってしまっている。ゴードンに助け船を出してもらおうと、必死に彼に目配せする。そんな拓人の様子に気づいたゴードンは、二人のやり取りを仲介する。
「む。そうじゃな…… 彼はいつもの居酒屋で出会ったんじゃが、まぁなんやかんやあってここで世話をしていたところじゃ」
――結局俺の説明とそんな変わんねぇーじゃねーか!!
役立たずのゴードンに心底落胆しながら拓人は彼に見切りをつけて自分で会話をすることにした。このやりとりのおかげで少しは心に余裕を持てた。
「っと…… まぁそんな感じでお世話になってたってわけなんだよ」
「それで、君の名前は?」
拓人とゴードンの馴れ初めなんかどうでもいい。一番聞きたかった質問が後回しになってしまったが、気を取り直して尋ねてみる。
「私はミーシャ。そのままミーシャって呼んでね。……こっちはタクトって呼べばいい?」
ミーシャ。なんてかわいい名前なんだ。その名前を聞いただけで心がうずうずしてくる。それに――
「みみみみミーシャっていうのか。おっけ―、オッケー。よろしく、ミーシャ。俺のことはタクトって呼び方でオッケー」
――タクト…… タクトだってぇ!?
下の名前で女子から呼ばれたことなんてなかったか、呼ばれても幼稚園生のころ以来だ。
そんなんだから思わず気恥ずかしさのあまり、声が上擦ってしまった。
「うん。じゃあよろしくね、タクト。……それで、この時間にうちにいるってことはタクトはうちで夕飯を食べていくの?」
少女が聞いてくる。
「えっと……」
言いながらゴードンを見る。彼をこちらの視線に気づくと肩をすぼめた。どうやら、タクトの判断にゆだねるらしい。
「……じゃあ、食べさせてもらおうかな。どうせここを出ても行く当てもないし」
タクトはご飯をごちそうになることにした。
「それじゃあ、今から準備するね。二人はご飯が出来上がるまでゆっくりしてていいよ」
「おう、それじゃあそうさせてもらおうとするかの」
ゴードンはそう言うとリビングのほうへ向かう。
「俺はー……」
ちらとゴードンの方を見る。たしかに夕飯ができるまで待ってていいのならゆっくりしていたい。だが、おっさんとゆっくりするよりも多少労働をしても美少女と一緒にいたい。料理は料理動画をアップするために何度か練習したこともあるし。それにやっぱりおっさんよりも美少女と同じ空気を吸いたい。そう思い拓人はミーシャに告げる。
「俺も、料理を手伝うよ」
「ええ? でもお客さんに手伝わせるなんて……」
「大丈夫。足手まといにならない程度には料理もできると思うし。それに今の俺の立場は客ってよりは居候みたいな感じだからね。なにかしないと申し訳ない」
「そ、そう? じゃあ手伝ってほしいな」
ミーシャは拓人のお願いを快諾してくれた。
「それで…… 夕飯の献立はどういうのなの?」
台所に立ち食材を切っている拓人。鍋に火をつけて温めているミーシャに問う。
「今日は肉じゃがを作ろうと思うの」
――肉じゃが
異世界に来たからにはどんな料理を作るのか期待していたがまさか肉じゃがだとは。あれって醤油とみりんが必要なんじゃなかったのか。なんでそんな和風も甚だしいものがここにはあるのだ。もっと、こう、目新しいものをよこしてくれてもいいものだ。全く、ここは悲しくなるくらい日本である。
「……まぁ、ジャガイモにニンジン。こいつらを切っている時点でそうだろうなとは思ったけどさ……」
これならばまだ異世界のゲテモノ料理を食べてカルチャーショックに苛まれたほうがいい。実際その覚悟は少なからずしていたしなんなら動画にも撮ってみたい。絶対にインパクトのある画になるし、再生数も伸びそうだし。
「それにしても……」
現実じみたこの異世界に文句を言いながらも野菜を淡々と切っている拓人に、ミーシャは驚いた顔をして言う。
「そんなに食材を切れるなんてすごいわね。タクトくらいの男の子はみんな料理なんかしないから意外だわ」
料理ができることを褒めるミーシャ。こんなかわいい女の子に褒められたことは素直に嬉しかった。
「へへ。ありがとう。たまにだけど料理はするからね。やっぱり今は料理できない男子はモテないからね。そんな料理もできないそこら辺の鼻垂れとは違って大人の男性なのだよっ」
おだてられたので調子に乗って大げさな発言をする拓人。成人でもないのに大人ぶる。
「へぇー。そうなんだ。タクトってもう二十歳を超えた大人なのね。てっきり私と同い年くらいだと思ってたわ」
そんな拓人の軽口を真に受けて、勘違いするミーシャ。
すいません。まだお酒も飲めない高校生です……
「い、いや今のは嘘です。俺はまだ18の青二才です。ごめんなさい」
冗談を素直に謝る拓人。そんな拓人にミーシャは少しばかり怒ったような顔をする。
「んー! 嘘なんかついてー!! それじゃあ私とおんなじくらいじゃない」
言いながら頬を膨らませて拓人を叱るミーシャ。だがその姿は怒っているはずなのにも関わらず、あふれるかわいさがにじみ出ている。それがまた愛おしい。
「か、かわいい……」
怒られているはずなのに思わず本音が漏れてしまう。そんな拓人の感嘆に顔を真っ赤にしたミーシャがおおげさな身振りをしながた叫ぶ。
「ええっ。なにそれ。私今怒ってるんだからねっ!!」
そう言うと拓人の脇腹にパンチを食らわせるミーシャ。しかし、怒っているように見せかけているが、かわいいと褒められたことに対して照れているのが隠せていない。パンチも猫の手のように柔らかだった。全く、それがさらにあざとくてかわいい。ミーシャといると楽しくて仕方がなかった。
「あは、あははは」
思わず拓人は笑みがこぼれてしまう。というかもはや笑みというよりはニヤけに近かった。そんな拓人のスケベ顔を見てかミーシャも思わず笑顔になる。
「なにその顔。ふふっ。ふふふっ」
そのミーシャの笑顔を見て拓人は幸せな気持ちになる。
2人を包む空間は鍋からあふれる蒸気のように温かくて柔らかだった。
――そう、蒸気があふれていた。
「「ああーーーーーっ」」
2人の願いもはかなく、盛大に鍋からお湯が吹きこぼれていった――