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異世界人に凸してみた。

「この世界は、みんなスマホを持っている中世ファンタジーってことか……」


拓人は街を行きかう人々をみて呟く。


「でも、そうと分かればちょっとは安心できるな、やっぱ現状が分かるのと分からないのでは全然違うよ。無知の知だっけか? いや、それは違うな……」


妙に納得した顔で拓人は街を歩きだす。先ほどまでは身の回りのもの全てが未知数だったのでどうも市場いちばを楽しく散策できていなかった。緊張感が解けたためか自然と食べ物のにおいにつられていく。


「やっぱ、異世界転生とは言っても、基本は旅行と変わらないからね。現地での生活を楽しんでナンボでしょ。もうカルチャーショックのお時間は終わりだしね」


調子に乗ってステップを踏みながら、拓人は匂いのする方へ軽快に走っていく。


「おっと。こりゃ、居酒屋って書いてあるな。俺、酒はまだ飲めないんだけど」


匂いのする店の前に立つと、日本語で『居酒屋メロンハート』と書かれた看板がでかでかと貼ってあった。


「まぁ、大丈夫か。なんせ異世界だし。なんせトリップだし! 最悪テロップで下の方に『※お酒は飲んでません』とか書いてりゃ平気平気」


とはいってもお酒を飲む勇気はないので、このおいしそうな匂いのする食べ物だけを食べようと、居酒屋の暖簾のれんをくぐろうとする。――と、


「この飲んだくれのジジイがッ!!」


居酒屋の中から怒声が聞こえた直後、店の中から巨体が飛んできた。


「ちょっ、待っ――」


拓人は悲鳴もままならないままに、巨体に押しつぶされるように倒れ込み、居心地の悪い衝突音を響かせる。


「い……たた…… な、なんだよ……」


巨体とぶつかった衝撃で体に激痛が走る。頭がガンガン揺れ、体は巨体の重さにより悲鳴を上げている。が、拓人の頭の中はそんな痛みよりも飛んできた何者かに対する怒りの方が強かった。


「いきなり、飛び込んでくるとか、非常識にもほどがあるだろ! 日本の文化が浸透してるなら、そこらへんもわきまえておけよ」


そんな拓人の文句が聞こえていないのか、巨体はとぼけた顔をしながら、額を押さえる。


「いっつつ…… おいっ、老体をもっといたわろうとは思わんのか! 全く最近の者はっ。目上の者に対する態度がなっとらん!!」


言いながら拓人の上で、店の中の誰かに説教を垂れるのは、禿頭で色白の、巨大な老人であった。


「って、そんな偉そうに言ってるけど……ハァ、お前はまず人に対する礼儀を改め、ろっ!!」

 

老人と店の中の誰かの会話に割って、拓人は必死になってその老人の体を押して下敷きとなった状態から抜け出そうとする。


「お、おい!? 何をするおぬし。そんなに体を揺らしたら呑んだものがでてしま……ウオエエェェ」


老人は体を動かされたのもつかの間に、拓人に特大のリバースをぶちまけてきた。


「うああああああ!! 何やってんだよおいっ!!!!」


動くことも、ましてや避けることもままならずに拓人は老人の命の雨漏りを全身に受けた。言葉にできない、正確には言葉にしたくもないほどの気持ち悪さが拓人を襲う。


「うおおおえええええ!!! うおおおええええええ!!! 最悪ッ!! 最悪ッ!!!!」


拓人は悶絶しながらも必死に老人の下敷きから脱出する。慌てて自身の体を確認してみると、お気に入りのパーカーもズボンも台無しにされていた。だが、それよりもさっきまでおいしいものを食べようとしてた精神が台無しにされた。もはや、なにも食べる気が起きない。


「おいいいいいっっっ!! 何してくれてんだよ!! ほんと、何してくれてんだよ!!!!」


拓人は半狂乱になりながら老人に問い詰める。しかし、肝心の老人はなぜかすっきりとした顔をしている。


「ふいいいっ。体の中から毒が抜けたような気分じゃ。わしゃあ、今絶好に気分がいい」


「『気分がいい』じゃねーんだよ、どうしてくれるんだよおおおおお」


そんな拓人と老人の様子を店の入り口で眺めていた三人組が二人のもとへ寄ってくる。


「おいおい、おっさん何俺らのこと無視してくれてんの?」


三人とも目つきが悪く、身なりも下賤げせんな、それっぽい奴等だった。おそらく彼らが老人は店の外へ吹っ飛ばしたのだろう。


「勝手に一人で清々しい顔しやがってよお。とりあえず一発殴られとけ」


三人組の一人がそう言うと、老人に殴りかかろうとする。


「ちょ、ちょっと待て。俺の話が終わってねぇんだけど……」


いかつい三人組に足がすくみながらも、怒りの矛先を折られた拓人は、話に割って入ってきた彼らに対して苦言を呈す。が、


「うるせぇ。誰だか知んねぇけど、ここにいたのが運の尽きだ。恨むなら自分を恨みな」


そう言われると、老人と二人、いっそ清々しいくらいに意識が飛ぶまで殴られた。










「――」


暗闇の向こうで誰かが自分を呼んでる声がする。


「――」

「――」


ああ、俺はここにいるよ。


その呼び声に答えたい、声の主に会いたい。そう思い、必死に手を伸ばそうとする。しかし、思うように手が動かない。


「――」


ここにいるって。


「――か」


あと、もう少し。後もう少しで声に届く。頼む。届いてくれ。あと少しだから。


「――か」


もう、もう届く。あと数センチ……あと数ミリ……

そして――



「おい。大丈夫か」

「!?」


野太いおっさんの声で、意識は覚醒した。




「うわああああ」

 

目が覚めると目の前にはおっさんがいた。こちらを心配するそのまんまるの目は、まるで小動物のようなかわいさが……あるわけもなく、その無骨な顔の気持ち悪さをさらに誘発していた。


「なんじゃ、人の顔を見て悲鳴なんか出しおって。人がせっかくここまで運んできたというのに」


見ると、先ほどの店先から移動したのか、ベッドのある部屋で拓人は寝ていた。しかも、着ている服がリバースされた洋服ではなくなっている。


「あ…… ご、ごめん。つい。……ここまで運んできてくれたのか。ありがとう。しかも洋服も変えてくれて。それでここは……?」


「ここはわしの家じゃ。それと、礼には及ばんぞ。おぬしがやからに絡まれたのも、服がゲロまみれになったのも元はといえば、わしのせいじゃ」


拓人の感謝に謙虚に応対する老人。でも、よく考えると、確かに拓人がこんな目にあったのもほとんどコイツのせいじゃないのか。なんでコイツ謙虚ぶってんのか。思わずツッコミを入れようとした拓人だが、


「それで、お主、名前は?」


老人の質問に遮られてしまった。

先ほどの問答が腑に落ちないが、ねちねち言ってても仕方がない。拓人は質問に素直に答える。


「拓人。黒森拓人。おっさんの名前は?」


「ゴードン。ゴードン・ウッズ」


老人は含みのある声で答えた。


「へぇー。それじゃあおっさんのことはゴードンって呼んでいいの?」


そんな老人の様子を気にも留めず、拓人は気軽に話しかける。


「おっ、おう…… そう呼んでくれ。いや、ダメだ。ゴードンさ・んだ。目上を敬え。拓人よ」


ゴードンは自分が神妙な表情をしていたことに気づいたのかあわててひょうきんな表情を作る。


「それで……お主、この辺じゃ見ないつらだが、どっから来たんだ?」


――来た。

拓人はこの質問をされることを予想していた。だが、異世界転生なんてどう伝えればいいものなのか。答えに窮してしまう。


「俺は、その……うーん、なんつったらいいのかな……」


うまい言い方が見つからない。もう簡潔に異世界から来ましたでいいんじゃないか。めんどくさいし、実際そうだし。 

考えることを放棄した拓人は勢いに任せて言った。


「俺は、異世界から来たんだ」


――どんな反応をするのだろう。ゴードンのリアクションに不安と期待が入り混じる。だが、


「はぁ…… お主も相当の目立ちたがりだのぉ」


ゴードンは呆れた顔でこちらを見ていた。


「……え?」


予想とは全く違う反応をされたので戸惑ってしまう。


「いやいや、なんでそんな呆れた顔すんの? 何? みんな異世界来てるって言ってんの?」


「自分でよく分かってるじゃないか。目立ちたい奴は、すーぐそのセリフを口にするぞ」


えぇ…… ちょっと、冗談で言ったんですけど……


「ちょちょちょ、ちょっと待って。俺、異世界から来たんだよ。ほんとに来たんだよ。てか、異世界って知ってるの?」


混乱した拓人は畳み込んでゴードンに詰めよる。


「お主も諦めんのう…… まったく。異世界を知らないわけがないだろう」


当たり前だと言わんばかりにゴードンは断言する。


「な、なんで?」


異世界なんてこの世界の住人がわかるはずなんてないはずである。なのになんで異世界から来るのが当たり前みたいな感じになっているのか。無理解が頭を覆う。そんな拓人にゴードンは言い放った。



「なんでって、そりゃあお主、この世界は異世界から来た英雄によって統治されたからじゃ」




衝撃の一言が拓人に聞かされた。


「ま……マジかよ……」


「今でこそ、この世界は様々な種族が入り混じって生活しておるが、元々(もともと)は種族間同士の争いが頻繁に起こっていたのじゃ。そんな暗黒の時代を終わらせたのがそう、自らを異世界から来たと語る彼じゃった。名を卍クラウド卍という」


ゴードンは昔を思い出すように遠い目をしながら語りだす。


「彼の魔力は圧倒的だった。万物の創成、破壊を操るその姿はまさに神そのものであった。そんな彼が種族間同士の最終戦争『統一戦争』を治めて、今のこの種族という鎖が解放された世を迎えることができたのじゃ。だから、そんな彼に憧れて自分が異世界から来たとかいう輩があとを絶たないのじゃ」


頭の中に莫大な情報が入ってくる。クラウド? 神? 統一戦争?


「ちょ、ちょっと待ってくれ。理解が追いつかねぇ。なんだよクラウドって? そんな奴が異世界からやってきたのか?」


「お主、クラウドをそんな奴扱いするなど罰が当たるぞ。……まぁ、お主の言う通り、クラウドは異世界からやってきたのじゃ」


「異世界って…… てことは、あれか? ほかの誰かがチート能力を持ってこの世界で無双譚をしてたってことか……」


半ば独り言のように呟く。

そんな拓人の頭の中に電脳世界に飛ばされた時の、あの動画タイトルが頭をよぎった。

――『攻略済み異世界』


「あれってそういうことだったのかよ……」


「む? あれ、とはどういうことじゃ?」


拓人は自分の世界で思考に夢中になっているためゴードンのうるさい日本語の呼びかけにも応じない。……そう、日本語の、である。


「あぁっ!!」


誠はこの世界に来たときに感じた違和感の正体に気づく。


「だからかっ!! この世界は異世界人によって統一された。だからみんな日本語をしゃべっているのか!!」


「そうじゃの。日本語が公用語になったのもクラウドの影響が大きいのう」


「す、すげえ。クラウドちょーすげえじゃん……」


拓人は素直にそのクラウドとかいう異世界人に感謝する。ほかの人が異世界に来ても会話できるように対策しといてくれるなんて有能すぎる。クラウドさん、あざっす。


「まぁ、クラウドがすごいのはそこからじゃ」


拓人の感嘆にゴードンが付け足す。


「な、なにがすごいってんだ」


興味津々になって拓人は体を乗り出す。


「それはだな……と思ったが、今日はこれまでじゃ」


散々、興味を引き出しておきながらゴードンは話を次の機会に引っ張ろうとする。


「なんでだよ。こんだけ引っ張っといて、続きはCМの後でとか汚すぎるだろ。そんなんだから動画サイトに視聴率とられちまうんじゃねぇか」


拓人はゴードンと、それからテレビ業界に文句を垂らす。そんな拓人の様子を見てゴードンはキョトンとした顔をする。


「お、お主が何を言っているのかは分からんが、何が言いたいのかは分かった。だが、そろそろ時間じゃ。……孫が帰ってきてしまう」


あたりを見渡すともうすっかり日が落ちて夜に差し掛かろうとしていた。それにしても、


「へぇー、ゴードンに孫がいたなんてな。ただの呑んだくれだと思ってたよ。それで? 男なの? 女なの?」


「む、失礼な。呑んだくれは否定できないが、それはそれはかわいい女の子じゃぞ」


「それはそれは是非会ってみたいものですよミスターゴードン」


ゴードンの自慢を軽口で流す。正直言ってこのゴードンから絶世の美少女が出てくるなんて期待できない。まぁ、確かにゴードンは目がくりくりしているから、もしかしたらもしかしなくもないけれど。

そんな期待するようなしないような面持ちで自然と伸びてくる鼻を隠しながら、ゴードンの言う孫娘の帰宅を待つ。と、


「おじーちゃん! ただいまー!!」


元気で柔らかい声が家のなかにこだました。


「お、帰ってきたようじゃの」


言うと、ゴードンは立ち上がり部屋のドアを開け放つ。


さぁ、ご対面の時間だ。拓人の心臓の高鳴りは最高潮に高まり……


「おおっ……ジーザス クラウド……」





――絶世の美少女が部屋の中に現れた。


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