異世界に行ってみた
「えー、では、これから異世界について紹介していきたいと思います。あっ、いやっ、……ゴホン。紹介していきーまっすまっす!」
カメラを自分に向けた少年――拓人は、テンションを上げるとあたりを散策しだした。
「見てくださいこれ。この一面石畳の街を! まさしく中世ヨーロッパ!! きれいでぇー、素晴らしいっ。これはもう高評価。グッドボタン! そしてお次はー……こちらの街を行きかう人々! 彼らはそう……亜人ですね。猫耳もいる。サイコーだっ。もうグッドボタン二回押しちゃうっ。……それはやめてね。そしてそしてー、極めつけはあれっ!! あそこの人っ。見てみて。立体映像を見ながら歩いてるよ! すげぇ! もうグッドボタン三回目押しちゃう。よかった。これで元通りだ。おっとそろそろお別れの時間だ。今日はこのへんで終わり。また会おう!! さようならっ」
「……じゃねーよ、ちょっと待ってよおい。なんだよあれ」
――そこには、立体映像を眼前に、指で操作しながら行きかう人々の姿があった。
「どうなってんだよ? 未来のスマホか、ってんだよ。中世の世界観じゃなかったのかよ。あんなもん完全にSFじゃねーか」
拓人は今一度、カメラを通さずに肉眼で今の現状を見渡す。そこに広がるのは間違いない。中世のヨーロッパを思わせる石畳の街並み、往来する人間、談笑する亜人、にぎわう市場。よくあるファンタジーだ。しかし、どれだけ目を凝らしても、よくあるファンタジーのはずのこの世界に、よくない不釣り合いなものが紛れ込んでいた。
「立体映像なんてオーバーテクノロジーも甚だしいものを使いこなすってどうなってんだこの世界の住人」
ホログラムをスマホのようにいじりながら人が歩いている。それも、一人や二人ではない。目につく人のほとんどがホログラムを身にまとっている。彼らの様子はまさに、日本の街を歩く現代人のようである。
「もしも、日本人がみーんな異世界に行ったとしたらこんな感じになるんだろうな。中世の世界観が台無しだよ。……まぁ、それも景観無視で都市開発する日本人っぽいっちゃあっぽいけど」
日本に対する変な風刺を言ってみる拓人。だが、『日本人が異世界に来たら』なんて感想もあながち間違っていないような気がする。なぜなら――
「さっきから見える看板看板、全部日本語で書いてあるんだよなぁ」
――街中が日本語で埋め尽くされていた。
大通り沿いにある果物屋、果物が見えなくても何を売っているか分かる。なぜなら、看板に日本語でそう書いてあるからだ。果物屋の真向かいにある八百屋、野菜が見えなくても何を売っているのか分かる。なぜなら、看板に日本語でそう書いてあるからだ。八百屋の隣にあるパン屋、パンが見えなくても何が売っているのか分かる。なぜなら、――もう、言うまでもないだろう。だが、もし看板も見えなくても、パンが売っているのが分かる。なぜか。――店員がそう言ってるからだ。
――日本語なのは文字だけじゃない、言葉も、である。
「なんか、ここまで日本びいきだとアットホーム感突き抜けて、逆に現実を思い出してつらくなるよ……」
拓人はあちらの現実世界のことを思い出し、頭が痛くなる。
「はぁ、異世界でぐらい現実のことなんて忘れさせてくれよ……なぁ」
拓人はそばを通りかかった通行人の肩をたたき話しかける。しかし、相手は一瞬驚いたのち、怪訝そうな顔をして通り過ぎてしまう。
「無視……か。事なかれ主義かよ。こんなところまでニホンニホンしなくていいんだよ……全く」
日本の文字に言葉に、さらには悪しき文化だったり…… ここは日本が浸透し過ぎている。
日本っぽさにとどまらず、この世界はいろいろなものがごちゃごちゃしている。街並みが古風だと思えばホログラムを使いこなしているし。この世界は発展しているところとしてないところの差が激しすぎる。だが、
「なーんとなく分かってきた気がするぞ」
拓人は不敵な笑みをこぼす。
「街を行きかう人々はいても、乗り物らしきものといえば馬車くらいしか見当たらない。それに電車の走る音も聞こえない」
「それに、市場でものを売る人たち。商品を氷で冷やしていてはいるが、冷蔵庫はない。鍋であっためてはいても、IHのコンロじゃない」
見渡すと、確かにホログラムなんて開発している世界にしては他の技術についてはさっぱり。中世のファンタジーのイメージそのままの暮らしぶりをしているように見える。
「つまり…… ここは、ホログラムとかの情報関連の技術のみが異常に進化した世界、ってことなんじゃねぇのか」
拓人は一つの答えへと結論を結び付けた。
――街ゆく人々の姿、彼らの生活、どれを見てもここは間違いなく、中世ファンタジー。ただし、たった一つ。たった一つだけ普通の異世界と異なる点がある。それは、この世界は『情報化社会』であるということである。それ以外は普通の、でもそれだけが全く違う世界。
そんな世界に立たされた拓人の目の前を、ホログラムをまとった猫耳の亜人が通り過ぎていった――