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第159代アリス  作者: 霜月御影
9/10

裁判

「な……に、それ……」

チェシャ猫が窃盗?

そんな。いくらなんでもチェシャ猫はそんな事する奴には見えなかっ、

「チェシャ猫は女王様の大事な『鍵』を盗んだケロ!」

……………………あれ?

「鍵?」

俺も突然の事に訳が分からないのに、夫人がそこに食い付いた。蛙が頷いたのを確認してから、いぶかしげにこちらを見る。ああっ、止めて!疑いの眼差しを向けないで、夫人!恐いから!恐いから!!

「?…どうしたケロ?」

俺の方を見ている夫人に、蛙がいぶかしんで訊いた。夫人が蛙を振り返り、口を開いた。

「蛙ぅ。犯人が違うわよ。犯人はここにいるシロウ…」「わーーーーーーーー!!!!」

コショウの匂いが口から思いきり入るのも構わず、俺は絶叫して夫人の言葉を遮った。こんな訳の分からない世界でただでさえ困っているってのに、更に訳の分からない疑いなぞかけられてたまるかっ!!そ、そうだよ!俺のはやとちりかもしれないじゃん!!

いくら盗まれたのが鍵だからといって、俺達がチェシャ猫に持っていった鍵と同じ物とは限らないじゃん!

「へ、へぇ。鍵なんて、大変な物が盗まれたんだねぇ。と、ところでさぁ、それって、どんな鍵だったのかなぁ?いやぁ、俺、鍵にすごく興味があってさぁ」

我ながらすんげぇ胡散臭い嘘だ。自分で言ってて哀しくなってくる。

「お…俺の夢はぁ、………世界一かっこいい鍵を造る事でさぁ!!」

胡散臭さ、ここに極まる。

自分でも「あっちゃぁ~」とか思ってたら、蛙は驚くほど目を輝かせていた。

「それは素晴らしい夢だケロ!我輩、その夢応援するケロ!!分かった、特別にあの鍵の素晴らしいデザインを教えてあげるケロ!!」

……やっぱりこの世界の住人って、何か変だ。

しかしこれは俺の無罪を夫人にアピールするチャンス!!俺は蛙が喋りだした鍵の特徴を一言一句逃すまいと、耳に神経を集中させた。

、が………

何で聞けば聞くほど特徴がピッタリ合ってるんだよぉぉ~~~~!!

蛙の言葉を聞いていく内に青ざめていく俺の顔を見て更にいぶかしむ夫人の視線が痛い!あぁ、見ないで!見ないでぇぇ!!俺は思わず夫人から顔をそらし、後ろを向いた。

お……俺は、どうしよう。どうしたらいいんだろうか……。

「……シロウサギちゃん?」

低い声と共にそっと触れられ、びくんっ、と俺の肩が跳ねる。こっ……恐い!恐い!!下手なお化け屋敷より恐い!!

「どうしたの?こっちを向いてその可愛い顔を見せて?」

て、低音の猫なで声出して、何が「可愛い顔見せて」だあぁ~!!恐い!!絶対向かねぇ!!

なんか何気に俺、ピンチじゃない?心なしか俺の肩にかかる手に力が込められてきた様な気がするし。

あぁ~、恐い、恐いよ!!助けて誰か!

恐怖に両目を固く瞑ると、今まで忘れていた金時計の存在を急に思い出した。胸の辺りで、熱を放っている。

ん?熱?

変だなと思った俺は、自分の手でも確かめてみた。ぎゅっと握ると、確かに熱い。なんか、風呂に例えると、丁度いいお湯位。だからそれが突然けたたましい音で鳴り出した時なんか、びっくりしたってもんじゃなかった。

ジリリリリリリリリリリリ………!!

「うわ!??」

俺の胸にある時計から発せられる音が隣のホールまで反響した。当然音源のすぐ上に位置する俺の耳は鼓膜が破れそうになり、頭はもうガインガインいっている。

煩くて頭が変になりそう。

時計を外して遠くに放り投げれば早い話なのに、今の俺に何故かその考えは浮かばなかった。ただ、耳を堅く塞いだ。それなのに、何故か蛙と夫人の言葉が、やけにはっきりと聞こえた。「金時計が鳴ったケロ!」「裁判だわ!」

――裁判?……そうだ。俺は…シロウサギは裁判へ行かなくちゃ。

俺はけたたましい音を煩わしく思いながらも、そう思った。今まで思った事もない事を、どうして突然そう思ったのか分からない。

ただ、時計が「裁判に行け」と言っている様な感覚があった。

突然周りの風景がガラガラと音を立てて崩れ出す。豪華な部屋の壁、シャンデリアなんかが崩れていく。崩れた場所は、真っ白な空間となって眩しい白を俺達の目に焼き付けた。

そういえばコショウの匂いもしなくなってきた。風景と一緒に空気から剥がれ落ちていっている様だ。

……って、こんな通常で考えたら絶叫もののシチュエーションなのに、何で俺は大して驚きもせずに受け止めちゃってんだろう。金時計が鳴り始めてから、何か俺も変だ。

その時計はといえば、もうすっかり静かになって時を刻み続けていた。

俺は周りの真っ白な空間を見回す。すると、ある事に気が付いた。

崩れていく空間から一拍遅れて、空間がゆっくりと再構築されている。まるでパズルのピースを当てはめるみたいに…って、ベタベタな表現使うなぁ、俺も。

再構築されていく空間は夫人の邸宅と全く違う風景だった。夫人の邸宅は白を基調とした涼やかで優雅な感じのする空間だったが、ここは全然違う。そこは赤と黒のチェック模様が基調とされた、かなり毒々しい色使いの部屋だった。

真っ白な空間が歪んで、邸宅のホールが3つは入るであろう大広間に変化した。俺の両脇の壁に沿って垂れる縦長の幕は、壁と同じ赤と黒のチェック模様で(トリックアートみたいに、目を凝らさないと幕の存在なんて分からなかったが)上と下の部分にそれぞれ白い帯が入っており、その中にトランプの4つのマークが入っている。ハート、クローバー、ダイヤ、スペード。

その両壁の前には段になっている高い席があり、左右合わせて100人近い人が座っている。その全員が、小さな黒板を手にスタンバっている。

俺は前を向いた。

俺の前にあった二人分のお茶の乗ったテーブルは音を立てて無くなり、代わりに俺の座る位置が床から急上昇してくのを感じた。途端に俺の目の前に机が現れた。左右に広く延びる机で、俺の60㎝くらい隣にもう一つ席が用意してあり、そのまた60㎝隣にもう一つ席が用意してあった。どうやら俺の座るのは、かなり大きな机の様だやがて全ての空間が露になり、今俺の座っている場所が床よりかなり高い位置にあるのだと分かった。

床には俺の座る机まで延びる赤い細長い絨毯が敷いてあって、俺の机と入り口の間の丁度真ん中に、背の低い木造の格子柵があった。

次の瞬間「静粛に」という声が聞こえてきた。

俺の隣――中央の席を見ると、やたら美人なお姉さんがこの広間に集まる一同を見下ろしている。

「静粛に」なんて言う必要、今は無いのに。何故なら、この会場の全員が貴方の美貌の虜になってしまっているからです。これは俺の心の口説き文句でもなんでもなくて、事実、本当の話だ。

会場の人間(経験上そうかどうかも怪しいが、とりあえずパッと見そう見えるので、人間としておこう。)は全員、壇上の女性に首ったけな様子で、目をうっとりさせて女性を見ていた。息をする以外、ウンともスンとも口から音は出ていない。

女性はゆったりと笑って、黒い長髪をなびかせた。なんとも穏和な感じのお姉さんだ。これが大人の魅力という奴か。ずっと見ていたら、魂を抜かれてしまいそうな美しさ。

そしてお姉さんはスッと優美な仕草で手を上げ、華奢な手で拳を握ると、それを目の前の机に振り下ろした。

ゴッ!!

………………え?

会場の水を打った静けさを確認して、お姉さんは先程と変わらぬ穏和な顔色を変えぬまま振り下ろした拳を、やはり同じ顔をして引っ込ませた。拳を振り下ろしたそこには、煙を吹いたクレーターが出来ていた。そしてやはり同じ顔のまま、女性は口を開いた。声は、コロコロと鳴る鈴の様。

「静粛にと言ってるでしょう。私を見る視線が煩いわ。首を斬りますよ。」

あれぇ~~~!!???

会場中がぞっとした。俺はあまりのギャップに泡を吹きそうになる。そんな会衆の事など気にかけず女性は柔らかに宣言した。

「ではこれより裁判を始めます」

……裁判?

「ぇ…ぅええっ!!???」

俺が驚いて大声を出すと、会衆が広間に反響した声を振り返り、一斉に俺の方へ顔を向けた。同じ様に女性も俺を向いた。「ウサギ、煩いですよ、静粛に。首を斬ってあげましょうか」

女性は穏和な笑顔を向け、物騒な事を言う。いや、恐い。そんな可愛い顔してても言ってる事がホラーじゃあさぁ。

「でも……だって裁判って…………」

当然だが俺は今まで生きてきて誰かを裁いた経験なんて無い。小学校で学級委員でさえした事が無い俺が人生前代未聞の展開に戸惑っていると、俺とは反対隣に座っていた老齢の小柄な男に何故か咎められた。

「ウサギ!女王様に向かって何たる口の聞方じゃ!?わきまえぃ!!」

女王様!?こ、この人が噂の女王なの!?全然そんな感じしないんだけど!!

…。

いや、言動からして疑いの余地も無いか………。

小男を手で制して、女王は仕切り直した。「よいのですよ、大臣。静粛に。ウサギ、被告人を無視してはいけません」

コロコロとした声にたしなめられて、自分に悪い所は無かったと思うのに、何故かバツが悪い。俺はしゅんとして前を向いた。

木造の格子柵が建っている場所に、いつの間にか公爵夫人が立っていた。隣に立っている時はあんなに大きく見えたのに、ここから見るとちっちゃく見える。それでも通常女子から比べると結構大きいけれども。

「被告人・第4代目公爵夫人」

静かに女王に呼ばれ、夫人は「はい」と答えて女王を見上げた。一瞬だけ視線が俺を捕えた様な気もしたが、気にしないでおこう。黙って事の成り行きを見守っていようとしたら、女王がチラチラとこちらを見ているのに気付いた。なんか美人にそう何度も見られるのって、悪い気はしこれは応えないと男が廃るというものだ。俺もできるだけかっこいい目線で応えようと女王を見つめる。

すると大臣がそんな俺を一喝した。

「こりゃ、ウサギ!!女王様のご拝顔をそんなにじろじろと見るでない!!さっさと裁判を進めんか!!」

………え?俺が進めるの?大臣から女王に視線を戻すと、女王は柔和な笑顔を見せた。

心なしか雰囲気に黒いオーラが出ている様な…そ…その視線の意味は「進行するのはお前でしょう?何を考えているのですか。首を斬りますよ」だったのですか。

そうは言っても俺に裁判を進める事なんてできないよ。

「あ、あの………俺……」

どもりながらそう言っていると、女王は「もういいわ」と言って公爵夫人に向き直った。

「さて、公爵夫人。今日、貴方は何の為にこの場所へ呼ばれているのか、分かっていますか?」

女王の問いに、夫人は強気に答えた。

「恐れ入りますが女王様、全く訳が分かりませんわ」

大臣が口を挟んだ。

「出廷命令を届けさせた筈だ!よもやお主、読まなかった訳ではあるまいな」

夫人は「何を仰います」と笑って答える。

「ちゃんと読んだからここに来たのですよ、大臣様」

な…何か大臣相手に喧嘩腰だ。大丈夫だろうか、公爵夫人。夫人の態度に「なっ…!」と言葉を無くす大臣に、尚も夫人はその態度を貫いた。

「猫が起こした犯罪の為に、何故この私が出廷しなければならないのでしょう。確かにあれは私の家の猫であったけれど、もう家を出ていってしまったのはだいぶ昔の話ですわ」

チェシャ猫って……家出猫だったんだ。へー、とか思ってると、いきなり法廷にカリカリと何かを書く音が重奏して聞こえ始めた。驚いて周囲を見回すと、壁に沿って建てられた高い会衆席にいた人達が、持っていた小さい黒板に何かを書きつけていた。今の夫人の発言を書き留めているのだろうか。

と、女王が柔和な笑顔を崩さないまま、また拳を握り、今度はクレーターができない程度に机に叩き付けた。

ダンッッ!!

「陪審員、静粛に。チョークの音が煩いですよ。首を斬りましょうか」

めちゃめちゃ理不尽じゃないですか!!すげー無茶苦茶だ、この女王。いや、この人以外女王の知り合いなんていないけど。

俺が呆気にとられていると女王は張り付けた笑顔でまた仕切り直した。

「では、証人尋問を行います」

女王がそこでパチンと指を鳴らした。すると女王の前の机の上にポンと音を立てて現れたのは………。

「アリス!!」

俺の呼び掛けに答えて、いきなり現れたアリスは俺を振り返って「あっ!!」と声を荒げた。

「テメェ、ウサギ!!私に何も言わずにどこに行ってやがった!!」

あ、この遠慮の無い罵倒…正真正銘本物のアリスだ。でもさ、何か…。

ちっちゃくない?

アンタ何があったのって位ちっちゃいよ!?相変わらず態度はデカイけど。だって、手の平サイズじゃん!!??

「え……な、何でアリス、こんなにちっちゃいンスか」

戸惑いをバリバリ表に出して女王に訊くと、女王はやはり柔和な笑顔と鈴の様な声で笑った。

「証人は小さい方が都合がよろしいでしょう?」

女王様、さっぱり意味が分かりません。その根拠は何処にあるのでございますか?

ちっちゃいアリスは女王の手元から俺の所まで走ってきてキーキーと声を立てて俺の腕を飛んで蹴った。

「無視するんじゃねぇよ!」

ゲシッ!!「痛ぇっっ!!」

ミニマムサイズでもさすがはアリス。ちっちゃくてもきちんと痛い。っていうか、むしろ激痛。

痛がってる俺をいじめるアリスを見て、女王が俺に助け舟を出した。

「アリス。無駄な言動は謹むように。首を斬りますよ」いや、全然助け舟と違った。アンタ、誰でもいいから首斬りたいだけじゃないの?

俺が思ってると、アリスはもはや女王に喧嘩腰だ。

「はいはい。ただ首斬るだけが脳味噌の女王様が、天下のアリス様に向かってご大層な口を利きなさるな」

ちょっと!?アリスさん!!?

「ちょっと、アリス、止めろって…」俺は止めさせようと口を開いたが、アリスは聞く耳を持たなかった。

「ウサギはすっこんでろ!!」「…………ハイ。」

心なしかパワーアップしている気迫に気圧され、俺は言われるまま速やかに口を閉ざした。こんなスケール差があっても、俺はアリスに一生勝てないと思った。アリスはなんか、炎を身に纏っていないのが不自然な位の憤りっぷりだ。

「せっかく裁判に来たから言わせてもらうけどな。女王、お前、私にまとわりついてくる双子!!アレなんとかしろよ!!テメェん所でしっかり躾ておきやがれ!!」

大臣が憤怒の形相…というかぎょっとしてアリスを両手で捕えようと手を伸ばした。もちろんそれだけではリーチが全然足りないので机の上に身をのりだす。老齢の小男は見事なスライディングで俺のすぐ近くまで移動して言う。「えぇい、アリス!!女王様に向かって無礼な!!」

しかし、アリスの方が一拍早く飛び上がって、俺の方の上に見事に着地した。小さいながらすごい跳躍力。

そのアリスは、大臣の顔を見下ろしてあっかんべをお見舞いした。「知らねぇよ。テメェこそアリス様に向かって失礼じゃねぇか」

「おのれぇぇ~…!!」と大臣が歯ぎしりしたのと、女王が三度拳を上げたのが、ほぼ同時だった。

「あ」

と俺が言った時には時すでに遅し。

女王の拳は残像も見えない速さで振り下ろされて、それは三人の机の上にうつ伏せて寝転がっている大臣の腰の辺りに、クリティカルヒットした。

ドゴォン…!!「うがぁっ…!!」

腰の辺りから「ゴキゴキペキパキ…」といった色々な音を立てて、大臣は腰からVの字に折れ曲がった。腰が沈んだ…という表現が正しいだろうか。

うわぁ…残酷……とか思っていると、女王が動かなくなった大臣の首ねっこを捕まえて、法廷にぶん投げた。

うわ…………。

すると、女王の一言。

「アリス。あまりおいたが過ぎるのは良くなくてよ?貴方はただ、知っている事について証言すればいいの」

大臣の始末をした後でも、柔和な笑顔と声は崩さない。リアルなサスペンスホラーだ。

俺の肩に乗ったまま、アリスは鼻で笑った。「証言?聞くが女王、私がこの法廷に来てまともに証言をした事があったか?」

女王はやはり笑顔で答えた。すんげぇ恐い二人に挟まれて、俺としてはえらいストレスだ。胃に穴が開きそう。

「今までした事が無いからこそ、今回ばかりは口を割ってもらいますよ、アリス」

それ、証人に言うセリフじゃないんじゃ……。何かこの二人、帽子屋の時より仲が悪そうだ。

と、突然女王が声を出して笑った。

「フフフ…。こんなに『アリス』に困らせられたのは、久しぶりね」

『アリス』に困らせられた?意味深な言葉だ。しかし女王は、人が追求する暇を与えず勝手に仕切り直してしまった。

「さて。遊んでいる場合ではないわね、裁判を進めましょう」

おいおい、その遊びの犠牲が、もしかして大臣?そんなぁ、大臣浮かばれねぇよ~。

「アリスの証言は後回しにしましょう。次の証人を呼んで頂戴」

女王が俺の方に顔を向けた。えっ、えっ!?もしかして俺!!?

俺は自分の顔を指差して、声に出さずに女王に訊いてみた。「俺!?」

女王の答えは、さっきから机や大臣に叩き付けてる華奢な手をゴキゴキ言わせて、声に出さずに「早くしろ」。

命の危険を察知した俺は、証人の呼び方なんて分からなかったがとりあえず早く呼ばないと殺されると思ったので、精一杯、病院の待合室風に呼んだ。「次の方、どうぞーーー!!」

すると公爵夫人の立っている位置より後ろの大きな入り口が、ギイッと音を立てて開いた。

控え目に開いた隙間から法廷に入ってきたのは、中学生位の男の子。目が女の子みたいにデカイ。背もむしろ男子としては低い部類に入ると思うので、男の子としてはとても可愛い。うん、可愛い。ネムイズミ君と並べてみたら、それはそれは可愛いツーショットだと思う。

ただ、ちょっと気になるのが背中に背負ってる大きな亀の甲羅なんだけどね。

俺が「何、あの甲羅…」とボソリと言うと、まだ肩に乗っていたアリスが眉をしかめた。

「ウサギ。差別的な事は言うもんじゃないぞ。ウミガメモドキに甲羅があるのは当然だろ?」

ウ…ウミガメモド………何ですって?

そんな一般的にも聞き覚えの無い生物に耳を疑っていると、女王がそいつに言った。

「ウミガメモドキ。そこにいる公爵夫人の隣に立って、証言なさい」

いや、だからウミガメモドキって何?

いや、海亀ってんなら知ってるよ?学校の理科の授業で、胡散臭いCGで制作されたビデオ「海亀の産卵」なら見たことある。でもそれに「モドキ」が付くとどうなるんだろう。

女王が証人尋問を始める。

「ウミガメモドキ、貴方は私の鍵が盗まれた現場を目撃したのでしょう?」

えぇっ、そうなの!?ウミガメモドキ(もうこの際名前についてはどうでもいいや)!!

女王の尋問についての、気になる彼の答えは…「いえ、見ていません」

…アレ。

女王は席から机に飛び乗り、それから颯爽と法廷に飛び降りた(意外とアクティブだ)。音一つ立てずに、証人の前に見事に着地すると、なんと光のごとき速さのチョップを見舞った!チョップ!?いや、違う!綺麗に横なぎされたあれは…………手刀だ!!

とか言って少年マンガ並の解説とかしてる場合かよ、俺!!だって女王、ウミガメモドキの首目がけて手刀放ってるじゃん!!次の瞬間、ウミガメモドキの首が、その肩の上から消えていた。

「あわわわわ…。首本当に斬ったよ、手刀で斬っちゃったよ、あの人!!何、このスプラッタ…おぇ……」

あまりのスプラッタに俺が吐きそうになって顔をそらすと、俺の肩の上でアリスが冷静に解説した。

「あの女王は、気に入らなかった奴の首を手刀で斬るのを生き甲斐としてる様な奴だからな。しかしウサギ、みっともなく慌てるのはもうちょっと良く見てからにしろ」

女王、手刀で首斬れちゃうの!?何、あの手は刃物でできちゃってたりでもするのか!?そしてお前は何を冷静に解説したりしちゃってるんだよ。ていうか何をだよ、よく見ろって。

俺はアリスの指差した、女王と証人の二人を見た。証人の首が斬れてるスプラッタ影像なんてそう何度も見たくない。どうせ首が斬れてる事は分かってるんだから、見ても大した収穫は無いのに。

とはいえ、無視したらまたアリスからの仕打ちが怖い。俺はアリスの気休めになる位の申し訳程度に、二人をチラ見した。

ほらほら、別に改めて見る必要なんて無いじゃん。ウミガメモドキの首は肩の上に付いてるんだし……。

俺は戻した首をまたそらし、スプラッタな事になっているウミガメモドキの体から目をそらした。顔をそらして目を閉じた俺の脳裏に、一瞬だけ見た証人の光景が蘇る。

……アレ?

俺が自分の記憶に違和感を感じて一人で首を傾げてると、証人席からさっき聞いた声が聞こえてきた。

「相変わらず女王様は乱暴な事ですね。それだから婿殿が逃げちゃうんですよ」

俺は思いきって机に身を乗りだし、証人を見た。首を肩の上に付けて、ちゃんと喋っている証人を。

な…何で生きてんの?「だって、さっき首斬られたのに!!なぁ、アリス!」

何が「だって」なのか意味が分からなかっただろうが、アリスはきちんと俺を見下しながら質問に答えた。

「だぁから、きちんと良く見ろって言っただろうがっ。ウミガメモドキの奴は、女王の手刀が来るタイミングに合わせて、自分の首を引っ込めたんだ」

ええぇー!?何それぇ!!

「奴は人をおちょくるのが大好きだからな。相変わらず、いい趣味してやがるぜ」

アリスはウミガメモドキを見下ろして呆れている様な顔で言った。

あんな高速な手刀を繰り出す女王も凄いが、ウミガメモドキの首の瞬発力って半端ない。

しかし、彼の体は背中の甲羅以外人間と全く同じ作りをしている様なのに、首なんて何処にどうやってひっこめられるんだろうか。ちょっと気になったが、詳しく知ったら何だか眠れなさそうなので止めておく。

ウミガメモドキは「もう退場していいですか?」と訊くやいなや女王に背中を向けて、通ってきた扉に向かって歩き出した。

しかしその背中の甲羅を女王は容赦無く蹴り飛ばした。ウミガメモドキが衝撃で膝を着く。

女王はかなりご立腹だ。でも口調は穏やか、笑顔は崩さない。しかしどこぞの独裁者も顔負けであろう怒気が体中から溢れている。

「貴方は侵入者を見ていないのですか?それでは職務怠慢ですね。首を斬るしかありません」女王が「シュッ、シュッ」と素振りで風を切る。

ウミガメモドキは臆する事無く膝を着いたまま女王を振り返った。可愛い顔を膨れさせて、「心外だ」と言わんばかりの態度。でも可愛い顔と裏腹に、彼の紡ぐ言葉って、なんと言うか……冷淡…とまでは行かないけど、淡薄。

「女王様こそ、何を仰います。私は確かに侵入者は見ていませんが、私の役目はお城の門を守る事です。門以外からの侵入者や城内での鍵に近付く不審人物は私の管轄外。そちらについては鍵番であるビルに聞かれるのがよろしいかと。」

それからウミガメモドキは落ち着いた動作で立ち上がり一礼すると、今度は振り返る事なく法廷から出て行った。

女王の張り付いた笑顔が、一瞬だけぽかんとした様に見えた。

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