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第159代アリス  作者: 霜月御影
3/10

チェシャ猫

「あ……アリス?アリスって、あのアリス?」

いくら俺だって、世界的に有名な童話の類くらい知っている。アリスといえば、不思議な世界に迷い込んだ少女の名前だ。しかし俺の目の前にいる女性は、アリスなんていう可憐さとは程遠く、女というのも疑わしい程荒々しい感じがした。しかも彼女が肩に担いでるのは。

「それ……バ、バズーカ砲?」

マンガくらいでしか見たことない、物騒な凶器にしか見えない。俺の問いに答える事もせず、彼女は肩に担いでいる獲物をドスンと地に下ろして、それに手をかけながら俺の顔を覗き込んだ。

「んん?テメェ、シロウサギか?」

コイツも!?さっきの双子はふっ飛んでしまったのに、その訳の分からないおままごとを急に出てきたお前が続けるのか!?そもそも何で俺がウサギって呼ばれるんだよ!幼い女の子の遊びであれば付き合ってもやれるが、さすがに完全コスプレの危ない女には付き合ってられない。俺は思わず怒鳴ってしまった。

「俺は、ウサギじゃ、ねぇ!!」

途端、女の手が俺の胸元に伸びてきた。何かされるのかと思って、俺はとっさに身を退こうとする。しかし彼女が掴んだのは、俺の胸元で揺れている金時計だった。掴まれ、グイと引き寄せられる。

「くだらねぇ嘘言うな。金時計を持ってるのは、女王んトコのシロウサギだけだろ」

チェーンが短いから、引っ張られると少し苦しい。 俺は女の体を突き放して、距離を取った。その拍子に女が少し体制を崩したので焦ったが、立て直して仁王立ちしたのを見て、すぐ安心した。自称アリスはどメンチで切り返してくる。

「あぁ?テメェ、シロウサギの癖にアタシに何してんだよ。あ!?」

随分タチの悪い不良みたいなアリスだ。短い付き合いだが、ちょっとうんざりしてきた。しかし俺の思考は、次の自称アリスの一言で一気に疑問に満たされた。

「大体、シロウサギがこんなトコで何してやがる。シロウサギっつったら、普通は走ってるモンじゃねぇのか?」

そんなもんお前達のおままごとの設定でも読み返せ。こっちが知るか。そう言って返そうとしたのだが、

「そんなん知らねぇ、で、ゴザイマスヨ」

鋭い眼光に睨み付けられ、強気は尻すぼみになってしまった。強気でいったら、命の一つ二つは持っていかれそうである。

女性は一瞬驚いて、品定めする様な目つきで俺を見て訊いた。

「もしかして……新しい、――2代目のウサギか?」

何だよ、みんなして俺の事ウサギウサギって。まだ3人にしか呼ばれてないけど。

多分俺は、むっとした顔でもしていたのだろう。自称アリスは、優しく諭す様な口調だった。哀れまれたのかもしれない。

「テメェ、記憶喪失にでもなったのか?テメェみたいに時計を持ってる動物は、ウサギって言うだろ」

言うの?

「なっ…何ソレ。タチの悪い冗談………」

俺が笑っていいかけた時、全て分かった。俺は、自分でも知らない土地に、今いるのだと。

「はぁ?テメェ……寝惚けんのもいいかげんにしろよ」

そう女性が言うのも、俺はろくに聞いていなかった。

さっきは混乱してあまり見れなかった周囲の景色を再び確認する。

程遠くない所に広がっているのは、鬱蒼とした森。地面には一面、丁寧に刈りこまれた青々とした芝生。森と反対側には、小さな可愛らしい家があった。頭上には、現実離れした空が広がっていた。

「ウサギは走って王国に行くもんだ」

俺が呆然と周囲を見ていると、自称アリスが言った。俺はもちろん、信じられない言葉を聞き返す。

「どこにだって?」

「おいおい。ちゃんと聞いてろよ」

自称アリスは、呆れ顔で言った。俺の耳が間違ってなかったら、まるでその言葉は時代錯誤だ。

「ハートの王国。」






とりあえず、ここまでの俺の状況を整理してみよう。

まず、俺は気付けばこの見知らぬ土地で寝っ転がっていた。そして何故か幼い双子に食べられそうになっていた所を、このアリスとかいう女に助けられた。

次に、俺はどうやら2代目のシロウサギらしい。昔、読書感想文で読んだアリスの話では、確かシロウサギはハートの女王の所に行く為に走るキャラクターだった気がする。

シロウサギは走る。

それに気付いた時、俺は昨日の爺さんの一言を思い出した。『俺はもうこんな歳だし、走るの疲れたんでな』

つまりこういう事か。シロウサギは、ハートの女王の城に行く為に、走らなければいけない役職で、初代のシロウサギはうちの爺さんだったが、爺さんは走るのに疲れたから、突然孫に何も言わず代替わりをした。と。

……………。

あのジジイ!!!

あまりに一方的すぎる代替わりに憤りを覚えつつ、俺はその推理をアリスに提言した。するとアリスは、野生的なあの笑い方で、声を上げて快活に笑った。

「先代のシロウサギはそんな事言ってたのか!?そーかそーか!」

何処がそんなに笑えるものか。犠牲にされた方はたまったもんじゃない。

俺がふてくされてると、アリスは企みのある顔でニヤリと笑った。「解放されたいか?」

「そんな方法、あるのか!?」

俺がそれに食い付くと、アリスは少し残念そうだった。

「シロウサギは面白いと思うんだけどねぇ。ま、辞めたいんだったら仕方ねぇ。チェシャ猫のトコまで行こうじゃないか」

その面白いとか辞めたいとか、妙にお仕事っぽいのが気になるが、とりあえず今気になった新しい単語の事を訊いてみる事にした。

「チェシャ猫?」

「ああ、森のどっかに住んでる。長生きな奴だから、代替わりする方法を知ってるだろ」

そうなのか?まぁ、そういうからそうなのだろう。とりあえず俺はこの理不尽な世代交代から抜け出す為に、アリスと一緒にチェシャ猫なる者に会いに行く事にした。



森の道無き道を行く。

鬱蒼と茂った森は薄暗くて不気味だったが、俺の前を進むアリスの背中のバズーカ砲を見ると、だいぶ心強くなった。

歩きながら、先を行くアリスに色々聞いた。例えば、シロウサギやアリスについてる『〇〇代目』っていうのは何なのか。襲名制?

「決まってるだろう。アリスだって、使えなくなる時は来るんだから」

……やっぱり全然分からんそれにしても、俺は2代目でアリスは159代目って、何か数字が開きすぎてないか?

「あぁ、アリスはここ50年で次々替わってるらしいからな。アリスが長続きしてるのはアタシくらいなもんだ。平均したら、みんな半年もしない内に辞めちまう」

そ…そんなハードな職業なんだ、アリスって。…バズーカ砲持ってるくらいだしな。このアリスさん、軽々と背中に背負ったり、担いだりしてるし。

「…なんでバズーカ砲持ってんの?」

俺が恐る恐る訊くと、アリスはケロッとした声で言った。多分今、世界の常識を語る人の顔をしているだろう。

「アリスは双子を狩るもんだろ」

双子撲滅運動!?俺は先刻の双子を思い出す。可哀想に、この銀色に光る凶器に吹っ飛ばされて、黒こげだったっけ。もっとも、吹っ飛ばされた理由が俺を食べようとしていたからだから、自業自得というやつだが。もしかして双子という種族は、この世界では獰猛な肉食獣なのだろうか。そもそも、双子が俺を食べようとした理由が分からないが。

俺が疑問を声に出してもいないのに、その答えは頭の上から降って来た。

「それは、ウサギが双子の大好物だからだよ。シロウサギちゃん」

声のした方向を見ると、空気の様に軽い声の持ち主は、同じ位に軽い身のこなしで木の上から飛び下りて俺とアリスの間に優雅に着地した。

「ど~も~、チェシャ猫です」

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