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第159代アリス  作者: 霜月御影
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とかげのビル

会場の全員が見つめていたドアから入ってきたのは、燕尾服の尾の部分が二股に分かれていない服を着た執事風の男だった。フワリとした金髪の男は、半円を描いた腕に続いて頭を下げる、綺麗なお辞儀で俺達に挨拶して見せた。何だ、この演出は!??どこぞの舞台か!!!俺はぶっちゃけ鳥肌が立った。こんな状況庶民は舞台でも行かなきゃ遭遇できない。

男が口を開いた。

「トカゲのビル参上つかまつりました。女王様、ご機嫌麗しゅう」

え……コイツがビル?女王の執事じゃなかったんだ……ちょっと残念。執事とメイドは庶民の夢だ。………一部の濃い方にはもっと夢らしいけど。

女王が早速、ウミガメモドキにしたのと同じ質問を始める。

「鍵の番人・ビルよ。貴方はわたくしの鍵が盗まれた時、現場にいましたね?」

そしてビルからの答えは、

「よく分かりかねます」

…………あれ。やたら曖昧だ。女王様へのお返事がそれでいいのか。

女王は当然怒った。「きちんと答えなさい。首を斬りますよ」

しかしビルは「ですからきちんとお答えしている様に、よく分かりかねます」と繰り返した。

女王の苛々が募る。「分かるのですか?分からないのですか?」

しかし、

「分かりかねます」

ブチンッ。女王の堪忍袋の緒が切れた音が、聞こえた様な気がした。女王はその場でゆっくり立ち上がると、ニッコリ笑った。

「分かりました。反逆の罪で貴方の首を斬りましょう」

大変だ!!また首斬り事件に発展しちゃった!!またスプラッタな事に(前回は際どい所でなってなかったけど)なる!!

俺は今まで面識0の見知らぬトカゲに向かって叫んだ。

「おい、ビルさん!ちゃんと思い出して証言しろって!!じゃないと殺されちゃうぞ!!」

見ずしらずのトカゲの生死にすんげぇ焦ってる俺とは正反対に、本人は冷静に俺に答えた。「だって、本当に知らないんですよ?私はずっと全ての鍵を見ていましたけれど、いつ無くなったのか分かりませんでした」

「少なくとも、不審者の類は見ていませんよ」と付け足して、ビルはニコリと笑った。う……男とはいえ金髪美人に微笑まれると何だか照れる。

不審者の類を見ていない、という一言を聞いて、女王の怒りが多少引っ込んだ様だった。女王は何事も無かったかの様に着席すると、「しかし鍵が無くなったのは事実です。ずっと管理していたのにいつの間にかなくなるなんて、有り得ない事でしょう?」

と冷静を保つ様にしてビルに訊いた。

そりゃ確かに。ずっと目を離していなかった物がその視線をかいくぐって盗まれるなんて、有り得ない。もちろん、一人手に逃げ出したなんて事も有り得ない。

ビルのその証言は、自分の立場をますます不利にするだけだ。

女王はビルに更に訊いた。

「チェシャ猫を見ましたか?」

うわ。めちゃくちゃ個人の名前出しちゃったよ。大丈夫?侮辱罪とかにならない?

しかしビルはその質問さえにも笑顔で答えた。「いいえ、女王様」

女王が拳をギュッと握る。あらら、怒ってる怒ってる。

アリスが俺の肩でおもいっきりあくびをした。まぁ気持ちは分からないでもない。さっきから何の進展もないもんなぁ、この裁判……。

と思ってたら、突然ビルが「あ」と思い出した様に言った。

「見張りを交代した時かもしれませんね。鍵が盗まれたのは」

ああ、なるほど。見張りの時なら、盗まれたのに気付かなかったのにも納得がいく。

俺が手をポンと打たんばかりに納得した時、突然女王がガタンと荒々しく音を立てて席を立った。

「只今聞き捨てならない言葉を聞きました。陪審員、記録をしましたか?」

突然女王に話を振られて、陪審員達は完全に不意を衝かれた様だった皆さんハッとして、慌てて手にしている黒板に書き始める。『只今聞き捨てならない言葉を聞きました。』

俺には書いている内容バッチリ見えるけど、中央に座ってる女王には書いてる内容が絶対見えないのが幸いだ。委員会の書記にだって、そんな記録は許されない。

俺がそう思ったその時、女王の雷が落ちた。机の上に墜ちた女王の拳は語っていた。この馬鹿どもが、と。

「誰がそんなくだらない事を書けと言いましたか?『鍵が盗まれた時見張りを交代していた』という彼の言葉を聞きましたか?貴方がたの耳は一体何の為についているのですか。耳も削ぎ落としてあげましょうか」女王はもはや決まり文句の「首を斬ってあげましょうか」を言わなくなっていた。それすなわち、「わたくしを怒らせた者は暗黙の了解で首を斬ります」と言っている様な物だ。そして今、彼女は「首を斬った後に耳も削ぎ落としてあげましょうか」と言ったのだろう。さっきまで女王との意思疎通なんて全然出来ていなかったのに、段々分かってきたらしい俺。

陪審員達は自分の書き付けた言葉を消し、女王の言った通りの言葉を書いた。女王はそれで満足したらしい。ビルに再び話しかけた女王の物腰は、苛立ちの欠片も感じさせなかった。

「見張りを一体誰と交代していたのですか?そもそも、鍵番というのは貴方以外誰もいないでしょう。貴方は鍵番という仕事を…」

ビルは女王の言葉を遮って、彼女の質問に答えた。

「お言葉ですが女王様。以前から私はこの仕事に不満を感じておりましたもので、勝手ではありますが自費で代わりの者を雇っておりました」

それって、この仕事割に合わないって意味だろうか。王族の従者も案外大変なんだな。

ご無礼を。と言ってビルはペコリと頭を下げた。女王に次の詮索をされる前に、ビルは雇った人物の名前を言った。

「その時雇った三月ウサギを、只今お連れします」

さ、三月ウサギだって!!?俺の戸惑いをよそに、ビルはそそくさと一時退場した。

俺は肩に座っているアリスに囁く。「さ…三月ウサギって…あの三月ウサギ?」

アリスは頬をポリポリしながら答えた。「そうさなぁ。最近バイト始めたって聞いたし」

あら、意外と仲がよろしいのね?

ウサギも生活が苦しいって聞くからなぁ、とアリスは言った。え?そうなの?

「お、俺は特にそう思わないけど……」俺は言いながら首を傾げた。まぁ、そう感じるのは今まで家を持って生活した事無いからかもしれないけど……ってゆーか俺、この世界に来てまだ間もないじゃん!!いけないいけない。もう五年はこの世界に住んでいる気がする。

アリスは肩をすくめた。

「そりゃあそうだろ。シロウサギの収入っつったら庶民の羨む所だ。テメェ、嫌味か」

あ、ごめんなさい。嫌味じゃないです、ごめんなさい。アリスが俺に足の裏を向ける。止めてくださいよ。貴方そこからだったら、確実に俺の目ぇ蹴る気がする。

という事は、もしかしてアリスって安月給?

そんな会話をしている間に、ビルが三月ウサギを連れてまた入ってきた。

入ってきたけど……

ななな、何でまたお姫様だっこよ!??

ビルは完璧に三月ウサギをお姫様だっこしていた。二人とも美形なだけに、男同士といえど絵になっている。しかもビルはパッと見執事だから、一部のお姉さん方には更に天国の様な光景だろう。

いつの間にかしつらえられていた証言台の横の椅子に、ビルはゆっくりと三月ウサギを座らせた。

俺が心配して「ど、どうしたの?」と訊くとビルはちょっと困った顔で答えた。

「ええ、それが……三月ウサギは本日午前に負傷した傷が癒えていなく、女王様には誠にご無礼ながら椅子に座ったままの証言という形を取らせて頂きたく思います」

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