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海辺の恋  作者: と〜や
7/12

7.あの場所で

 電車を乗り継いで着いたときにはバスはもう行った後で、タクシーを呼んだ。

 あの場所に着いた時には暗くなり始めていた。

 家を出たのが昼過ぎだから、日があるうちに着けたのは本当にラッキーだった。

 運転手に礼を言うと、おつりを受け取らずに飛び出した。

 空は青から藍色へと移り変わっている。

 真っ暗になるまでもう猶予はない。

 あの時運んでもらったベンチにたどり着くとカバンから懐中電灯を取り出した。

 あの時には持ってなかったものだ。でも、今はこれが命綱でもある。

 ちらりと海が視界に入って、足がすくむ。

 明かりがなくなると、海はまるでぽっかり開いた穴だ。

 何かが這い出てきてもおかしくない。

 そんな恐怖を押し込めて、海から視線を引きはがす。

 あの時どれぐらい運ばれただろう。

 日が落ちて暗くなって行くのに周りを全然見ていなかった。

 ベンチのあった場所から十分も歩いただろうか。それよりももっと……?

 膝が笑いそうになって、必死で足を進める。

 海の寄せては返す波の音だけが聞こえる。

 あのメッセージは今日の早朝から書かれていた。

 だとしたら、半日以上ここにいたの?

 こんな場所に、一人で。

 懐中電灯を持つ手が震えて、両手で抱えるようにする。


「アキラ……いるの?」


 波の音以外聞こえない。

 いつまでたっても来ないあたしに呆れて、もう帰ってしまったんだろうか。

 きっとそうだ。


 ……あたし、間に合わなかったんだ。


 膝の力が抜けて、湿った砂の上に座り込む。

 絶対ここにいるなんて思いこんで、編集長にも何も連絡せずに勝手に一人でやってきて。

 あたし、何やってるんだろう。


「アキラっ……」


 自分が身を引けばいいって思ってた。

 結婚するんなら、あたしは邪魔になる。それなら、自分から振ればいいやって。

 ……それがアキラのためになるって。

 でもほんとは違う。

 アキラがほかの人と結婚することを受け入れられなかった。

 傷つきたくなくて、自分から捨てたことにした。

 ……アキラが傷つくことなんて考えもせずに。

 食いしばった歯の間から嗚咽が漏れる。


「ごめんなさ……ごめ、なさっ……」


 しゃくりあげながら、この場にいないアキラに向けて言葉を紡ぐ。

 波が膝を濡らした。波の音が声をかき消していく。

 手にしていたはずの懐中電灯はいつの間にか波にさらわれて消えていた。

 真っ暗だ。

 足元も、波打ち際ももう見分けがつかない。

 いつもなら闇への恐怖で動けなくなるのに、心にはなにも響いてこない。

 心が空っぽになるまで、涙が止まらなかった。


 ◇◇◇◇


 どれぐらい経ったのだろう。

 気が付けば腰のあたりまで潮が満ちていた。

 肩にかけたままだったカバンも何もかもずぶぬれで、よろめきながらもなんとか立ち上がる

 目が慣れたせいか、海も砂浜もかろうじて濃淡で見分けられるようになっていた。

 岸壁やテトラポッドは黒く、砂浜は濃い灰色。

 月がでていればはっきり見えるのに。

 遠くの明かりが星のように点滅している。

 何もかも、終わっちゃった。

 あたしが馬鹿だったから。

 なくしてからわかるだなんて、本当に馬鹿だ。

 アキラの顔を思い浮かべても、昨日見た顔しか思い出せない。

 不安そうな顔。怒った押し殺した声。

 ……最低だ。あたし。

 あんなに傷つけたのに、まだアキラには笑っていてほしいだなんて都合のいいこと、考えてる。

 ゆっくり岸壁のほうへ歩き出す。サンダルのストラップが切れてたから裸足で歩いた。

 階段を上ってあのベンチが見えるところまで来て、海のほうを振り向く。

 あの時のことがよみがえって、胸を締め付ける。

 ほんの少しだけ、アキラが車で迎えに来てるんじゃないかなんてこと、期待してる。

 あるはずないのに。

 だれも通らない海岸沿いのベンチに腰掛けて、目を閉じる。

 涙が零れ落ちた。

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