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海辺の恋  作者: と〜や
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4.独占欲?

 仕事を終わらせて編集部を出たのは十六時ぐらいだったろうか。

 一件回ってから直帰すると編集長には伝えてビルを出たところで、スマートフォンがぶるりと震えた。


『仕事終わった?』


 アキラからのメッセージ。

 メッセージアプリを立ち上げて返信を打つ。


『まだ』

『いつ終わる?』

『一件寄ってから直帰する。十九時には戻れると思う』

『わかった。待ってる』


 ウサギがウインクしてるスタンプに口元を緩ませると、スマートフォンをポケットに戻して歩き出す。

 そういえば、あの時もこのスタンプを送ってきたんだった。


 ◇◇◇◇


 あのあと、車で最寄り駅まで送ってもらうだけのつもりだったのに。

 駅に着いたらポイントの故障とかで電車は軒並み止まってて、タクシーで帰ろうと駅のロータリーに結局戻ったんだ。

 でも、みんな考えることは同じで。

 あまり大きくない駅のタクシープールは空っぽで、タクシー乗り場に長蛇の列ができていた。

 仕方なく列の最後尾に並び、交通情報をチェックしようとブラウザを立ち上げたとき。

 スマートフォンがぶるりと鳴って、メッセージの着信を知らせてきた。


『電車、乗れました?』


 見慣れない名前に訝しんだけれど、すぐにここまで車で送ってくれた彼だとわかった。

 そういえばお礼がしたいから、と連絡先を交換しておいたのだった。


『まだです。電車止まってるみたいで』


 そう返してから、要らぬ心配させるようなことを書いたことに気が付いた。


『じゃないかと思った。今ちょうどラジオでやってたから。すぐ迎えに行きます』


 ああやっぱり。


『タクシーで帰りますから』


 慌てて送ったものの、既読マークもつかないし、返答もない。

 おそらくもう車を走らせてこっちに向かっているのだ。

 間もなくロータリーに滑り込んできた車はさっきまで乗っていた彼の車で、結局家まで送ると主張した彼に押し切られた。

 恐縮しながら家まで送り届けてもらって部屋に入ると、ありがとうと送っておいた。

 その返信がウインクしているウサギのスタンプだった。


 ◇◇◇◇


「あれから二年かぁ」


 改札を抜けて歩きながら、ついつぶやく。

 お礼にと一度食事をした後は没交渉で、次に会ったのはつきあいで出席したとある出版社のパーティだったっけ。

 知り合いの他所の編集者から紹介された時には思わずコンタクトレンズが外れるかと思ったほど目を見開いたっけな。

 これから会うのは彼を紹介してくれた編集者の斉藤さんだ。

 パーティで会う以外では久しぶりだ。

 前は時々顔見知りの編集者で集う飲み会で顔を合わしていたと思うけど、それも最近は減った。

 噂では結婚して、奥さんが怖い人だから、ということらしい。

 飲み会に一人でも女性が混じっていると、後が大変だと誰かに聞いた。

 だから、今日会うのも、奥さんと一緒にご自宅で、という条件付きだった。

 仕事の話をするだけなのに。

 いつもならそのあたりも考慮して、あたしじゃなくて男の編集者を向かわせるんだよね。

 今回も、本当なら辞めた新入社員が行く予定だったんだ。

 でも、仕方がない。

 人手は足りないし、時間は迫っている。

 斉藤さんも事情は分かったうえで恐縮して何度もすまないを連発していた。

 そんなに独占しておきたいものだろうか、と思う。

 そのあたりがあたしにはわからない。

 独占欲というか、嫉妬というか。

 だからいつもうまくいかないことも、わかってる。

 そんなことをうだうだ考えながら歩いて、気が付けば斉藤さんの家の前だった。

 溜息を一つつくと、あたしは呼び鈴を鳴らした。


 ◇◇◇◇


「今日は悪かったね」

「いえ、こちらこそ、急な担当変更で申し訳ありませんでした」


 玄関先で頭を下げる。斉藤さんの後ろにはにこにこと微笑む美人の奥さんが立っている。


「奥様も、お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」

「いいえ、お構いなく」


 扉を開けようと背を向けたとき、「そういえば」と斉藤さんが言葉を継いだ。


「え?」

「桐生くんの作品のゲラ、読ませてもらったよ」

「あ、そうなんですか」


 にこやかに応対しつつ、振り返る。

 たぶん編集長だろう。ゲラの段階で渡すなんてよほどのことだ。


「あれ、君のことでしょう?」

「いえ、あの」


 あたしがアキラと付き合っていることは知っている人も少なくない。斉藤さんはアキラとのつながりもあるし、知っていて当然だ。

 でも、作品を読ませてもらってないことは、知らないみたいだ。


「照れなくてもいいよ。いやしかし、ついに身を固めることにしたんだねえ。二人が出会った思い出のレストランでプロポーズとか、ロマンチックだねえ」

「え?」


 確かアキラが今回頼まれてたのは小説のはずで、エッセイじゃないはずだ。なのに、どうして編集長も斉藤さんもそうやってあたしとアキラの話にしようとするのだろう。

 それに――そんな話、知らないし。


「ああ、ごめん。つい先走ってしまって。でも、愛する人と一緒にいられるのは本当に尊いことだから」


 ちらりと斉藤さんは後ろに控える奥さんを見る。奥さんも視線に気が付いてにっこりと微笑みを返した。

 二人の様子を見ている限り、束縛とか独占欲とか全然感じられない。


「あの、斉藤さんは結婚して幸せですか?」


 つい口にだして、すぐ後悔した。奥さんがすぐそばにいるのに、後悔したなんて言えるはずがないのに。

 しかし、斉藤さんは微笑みをたたえたまま「うん」と頷いたあと、首を横に振った。


「もちろん幸せだけど、なんでもっと早くに出会えなかったんだろうと後悔したよ」

「人前で恥ずかしいことを言わないで」


 それは最大級ののろけだ。奥さんの恥じらいっぷりも相まって、いたたまれない気分になる。


「すみません、新婚さんに聞くことじゃなかったですね。じゃあ、失礼します」


 デレデレの斉藤さんを置いて、あたしは暇を告げた。

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