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海辺の恋  作者: と〜や
1/12

1.海へのお誘い

『海、行かない?』


 テーブルに置いたままのスマートフォンが鳴る。

 あたしはため息を一つつくとスマートフォンを取り上げた。


『行かない』


 立ち上げたメッセージアプリで返事を送る。

 冷たいように見えるけど、これは必要なことだ。

 甘やかしてはいけない。

 これくらい、と甘やかしてしまうと、どこまでもつけ込んでくるのだ。あの男は。


『いいじゃん、行こうよ』

『行かない。それより原稿終わったの?』


 返事が来ない。

 やっぱりな。

 たしか締め切りは今日だったはず。なのに海に行きたがるということは、逃避行動以外のなにものでもない。


『原稿終わったら連絡して』


 それだけ追加でメッセージを送る。すぐに既読マークがついた。

 やれやれ、とため息をついたとたんにスマートフォンが鳴った。

 画面には彼の名前。

 仕方ない。

 応答のボタンを押すと、スピーカーモードにして机の上に置いた。


『原稿終わった! だから海に行こう?』

「嘘くさい」

『嘘じゃないってば』


 マウスを動かしてスクリーンセーバーを解除すると、先ほどまでやっていた作業に戻る。


「じゃあ、原稿こっちに送って」

『えー?』

「編集部にはもう送ったんでしょ? ならあたしにも」


 読ませて、と言いかけたあたしの言葉をアキラは遮る。


『それはダメ』


 やっぱり。


「じゃあ読まないから送って」

『読まない人には送らない』

「……本当に終わったか確認するだけ。それとも編集部に確認入れようか?」


 かたかたとキーボードをたたきながら会話を続ける。

 本当はヘッドセット使えばいいんだろうけど、ヘッドセット使うとあたしの声は聞きにくくなるらしい。

 まあ、最近のスマートフォンはスピーカーモードでもちゃんと音を拾ってくれるからいいけど。


『ちぇ。わかったよ。送ればいいんだろ? でも、絶対読むなよ』

「はいはい。じゃあ送ったらメッセージ入れて」

『すぐ送るから電話切らないで』


 ふう、とため息をつく。

 アキラは駆け出しの小説家だ。今月はうちの編集部から原稿用紙三十枚程度の短編を頼まれてたはず。


『送ったよ』


 ピロリン、とメール着信音がする。パソコンのメールソフトをチェックすると、アキラからちゃんと添付ファイル付きのメールが届いていた。

 添付ファイルをダウンロードして、解凍する。


「アキラ」

『なーに?』

「圧縮ファイルの解凍パスワードは?」

『え? 読まないって言ったじゃん』

「中身は読まないわよ。レイアウトに流し込んで文字数確認するだけ」

『ええっ、美紀がすんの? 聞いてないよ』

「この間入った新人がやめたのよ。つべこべ言わない」


 おかげで一人当たりの仕事量が増えて、土日祝日返上で仕事してるんだから。


『……美紀の誕生日』

「あたしの誕生日ね。……もう少しパスワードひねりなさいよ」

『ひねってるよ。俺の誕生日じゃないし』


 まあ、それはそうだけど。

 解凍して出てきたファイルを開き、中身を読まずに丸ごとコピーしてすでに受け取っていたレイアウトに流し込む。


「はいはい。文字数はぴったりね。お疲れさまでした」

『よかった。じゃあ今から迎えに行くから』

「え?」

『だから、海』

「本気?」


 ほんと自由人だ。

 このテンポに飲まれると、あたしのテンポを崩されてしまう。


『もちろん本気。だって美紀、原稿終わったら連絡してって言っただじゃん』

「それはちゃんと終わったか確認するため。編集部から受け取りの返事来た?」

『うん、来てる』


 一応あたしの方からも担当編集と編集長にレイアウトチェックOKのメールを入れておく。

 すぐに応答があって、嘘じゃないことは確認できた。


『だからご褒美頂戴?』


 甘えるようなその言葉に苦笑を浮かべる。


「海には行けない。あたしの仕事が終わってないから」

『えーっ。今日、休みだよ?』

「締め切りは休日関係ないから」


 しばらく沈黙が続いた。思わず通話が切れたのかな、と切断ボタンに手を伸ばす。


『じゃあ、これからそっち行ってもいい?』


 反射的にダメって言いそうになって、飲み込んだ。

 最後にアキラに会ったの、いつだろう。

 忙しいのはお互いさまで、それはわかってるけど。

 一応彼女としては、放置しすぎだよね。


「いいよ。……夕方までには仕事終わるから」

『わかった。何が食べたい?』

「何でもいいよ。任せる」


 りょーかい、と通話は切れた。

 あたしは一つため息をつくと、作業を再開した。



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