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あぁ、暗くなってしまったなぁ。
まだ夕方なのに。だんだん外が暗くなっていくのが見える。
結局お昼ごはん、食べ損なっちゃった。
最初は涙がぽろぽろ落ちるに任せていたけれど、さすがにこのままでは夜の飲み会に行けないなぁと気付き、途中からは目を冷やすのに専念した。
本当は行きたくない。でもどうしても行きたい。
課長に会って、ごめんなさいって言いたい。
月曜日じゃ、きっと遅い。
こわがりの私がもう遅いよって、もうやめようよって言っちゃうから。
冷やした目のチェックとお化粧を直して、ついでに予定通り髪をアップに。
桜のブローチは髪へ。
会社を出て、駅前のファッションビルへ向かう。
ショートブーツなんて言ってる場合じゃない。
細めでちょっと高めのヒール。
少しでも、足がキレイに長く見える高さ。
ちょっとでも、意識してくれるかなぁ。
*****
…どうしてこうなった。
今日の昼の話をしなかった私も悪い。悪かった。けどさ。
なにも課長の隣の席にしていただかなくとも…!
課のみんなに目線で助けて!って言っても、みんな小さくサムズアップするだけってどういうことですか!
おい飯田!お前は薄々感づいてるくせに!
今回の飲み会は営業開発課と技術開発課の2課合同の飲み会。
技術交流を兼ねてっていう建前で、たまにはみんなで飲みましょうっていうのがメイン。
その、はずなんだけど。
「ねぇ、課長さんっ!もっと飲みましょうよぉ」
グラマラスな営業開発のお姉さまが私の反対側で課長にしなだれかかっています。
課長さんはお酒弱いからあんまり飲ませない方が…と思うものの、私が何か言おうとするとお姉さまがギリッとこちらを向いてきます。
手出し無用!ってところでしょうか。
課長も課長で珍しく飲んでるんですよね。
というか、お姉さまといちゃいちゃしてて。
ふーん。私にはあんなこと言うくせに、キレイなお姉さんにはそんな態度なんですねー。
「課長さん彼女いないんですかぁ?たまにはお試しとかしてみません?」
「俺なんかモテないからなぁ。彼女なんているわけないから」
モテない、って言っても、40歳で仕事ができる課長さんはとーってもお買い得物件ですよぉ。
来年には部長との呼び声も高いし、狙ってるお姉さま方は多いですから。課長は知らないかもしれないですが。
「えー、じゃあこのあと一緒にどうですかぁ?」
「んー、どうかなぁ」
ちょっと課長、なんで否定しないんですか。
課長に謝らないと、なんて思っていたのはどこへやら。
もう飲むしかないなぁと、かわいこぶってカクテルなんぞ頼んでいたのを焼酎に移行する。
元から大人アピールするつもりだったんだから!焼酎とかめっちゃ大人だから!とか。我ながら痛々しい言い訳だけど。
かぱーっと焼酎を飲み干していたら、隣からテンション高めの声がふってきた。
「おいおい、お子様がなんてもん飲んでるんだよ。お酒はハタチからって聞いたことないのかぁ?」
そのセリフを聞いて、一気に頭に血が昇ったのがわかった。
へぇ。そういうこと言うんだぁ。
お姉さまのお誘いには乗るくせに。
顔色が変わった私に気付いた飯田がこっちに来ようとしていたけれど、飯田狙いのお姉さまに止められてる。
大丈夫! 任せといて!の気持ちで元気にサムズアップ。
ちげぇよお前酔ってるからぁぁぁという声が遠くで聞こえた気がするけど、気にしない。
売られた喧嘩は潔く買おうじゃないか。
「…私、23歳です」
「ほー、お子ちゃまでもハタチは過ぎてたかぁ。そりゃあびっくりだぁ」
「申し訳ないんですが、課長さんにそこまで失礼なこと言われる筋合いはありません。目障りなら消えますので、後はお姉さま方とお楽しみください」
「そーよねぇ。早くいなくなればいいのに。あなたみたいなお子様、課長さんに似合わないんだから」
本当に席を立とうとしたところで掛けられた言葉に、一瞬固まってしまった。
似合わないのはわかってる。
私みたいな子供、課長さんが相手にしてくれないことなんかわかってる。
でも、他の人に言われると、それは想像以上の衝撃があって。
ダメだ…お昼のことで涙腺が弛んでる…
下を向くとぽたり、と。
落ちたか落ちないか、そんなタイミングで、大きな手のひらが顔に来た。
大好きな、骨ばった大きな手。




