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■ 2

どうしようどうしよう。



飲み会のある土曜日。

課長に勇気を出して声を掛けた日から、一週間近くあったのに。なんだかあっという間にこの日が来てしまった。



あの課長と休日にふたりきり、なんて。


しかも12時に会社ってことは…お昼ごはんなんか一緒に行っちゃったり…





考えたいけれど考えると頭がふわふわしてくる。結局毎晩そわそわしていたおかげで、前回作ったバレッタから珍しく続けてもうひとつ作ってしまった。




桜のブローチ。




桜の花だけでなく、茶色い枝も作ったので桜の木からぽきっと小さい枝を取ってきたように見える。


桜の色は白と薄いピンクの二種類。


作るならピンクの桜!って思うけれど、白があったほうがコーデに取り入れやすいんだよね。


ブローチ用のピンと、小さなヘアクリップもつけた。アップにしてサイドにつけてもいいし、この間みたいにハーフアップにしてつけてもかわいいかも。





必死で現実逃避していたことはわかっている。でも、そうするしか方法がなかった。


約束をした割にこちらを見る課長はちょっと不機嫌そうで。


もしかしたら時間とってもらったことがダメだったのか、と思い飯田に相談したものの、更に課長の目がこわくなっちゃったんだよね…




「まぁ、行ってみればわかるんじゃない?」


というもっともながら無責任な飯田の言葉。



この時はまだ気付いていなかったのだ。この男が全ての元凶だったということに。






*****







やっぱり作ったからにはつけたいよね!ってことで、桜のブローチをメインでコーデを考える。



ベージュのコットンワンピース。黄色より白がちょっと強い感じのベージュで、スカートは膝丈。

襟元はスクエアで結構大きく開いてるから、カーディガン着て胸元にブローチつけようかな。


足元はまだちょっと寒いから黒タイツにショートブーツで。



髪は片側でゆるくみつあみして、飲み会のときにピンで留めてアップスタイルにしよう。


アップにしたら桜のブローチはヘアクリップで髪に留めて。



でもそうすると首もとがちょっと寂しくなるかな…まぁいっか。もし午後にどこかお買い物行けそうならどこかで買えばいいもんね。






桜のブローチで無理にテンションを上げていたら、そのうち本当に楽しくなってきた。

これならいけるかも…!

気合いを入れて、いつもと同じ通勤ルートを歩いていった。












「悪いな、休みなのにわざわざ会社まで来てもらって」



「いえ、飲み会はこっちの駅のそばなんで。来る時間が違うだけで結局はこっちに来てましたから」



深く考えずに会社のフロアまで来たけど、他の人がいなくてよかった…!


後から飲み会だからかちょっと砕けた格好の課長。


私のワンピースに似た色のチノパンに、ダーク系のシャツ。

私より17歳上のはずだから…40歳か。とてもそうは見えないけど…




しかもこの課長のセクシーボイスを一人占め!


ずうっと課長見てても許される。こんな天国があるなんて。




みんなは「課長は声もよくて仕事もできるけど…顔が…」って言うけど。私は好きなんだけどな、課長の顔。


ちょっと細い目もかっこいいし、薄めの唇もセクシーで。







「…はーぁ、かっこいいなぁ」


「はっ!?」




くるっとこっちを向いた課長。

顔、まっかっかです。すごーい。お酒入ると顔真っ赤になるの知ってたけど、アルコールなしでこんな顔見られるなんて。役得。






…あれ?







私、今かっこいいって、言葉にしちゃってた?







「吉木…お前、いま何て言った?」



「ぇ…っと、かっこいいって、声に出てました?」



「あぁ…」




真っ赤な顔を片手で隠す課長。


その骨ばった手も、作業のために袖をまくって露になった血管の浮き出た腕も、とってもセクシー。







「えっと、課長はとってもかっこよくてセクシーだと思いますよ?」



「お前…いい加減にしないと、勘違いするだろ。40男を弄ぶのはやめてくれないか」



「ちょ…弄んでなんかいません!」





なんでそんな失礼な発想になるのか!





「課長の!素敵なお顔も低音ボイスもセクシーなお身体も!大好きなんです!失礼なこと言わないでくださいっ」



椅子から立ち上がって言い切った瞬間、顔の横に課長の腕が見えた。



うん。顔の横に腕が来るってことは。



課長の素敵なお顔が、目の前にあるということで。






課長、向かいの席にいたはずなのに。なんでここまで一瞬で来られたんでしょう。




必死で現実逃避する自分。


だってどうしたらいいか、わからないんだもの。





「なぁ、吉木」


耳元で囁かれる、自分の名前。


名字でこんなにドキドキするなんて。下の名前呼ばれたらどうなっちゃうんだろう。



「お前さぁ、飯田と付き合ってるんだろ?それでいてこんな40男に、よくそんなこと、平気で言えるよな」




声が響いた瞬間、頭が真っ白になった。





なんで。なんでそんなこと。





「ち…っ、違います!そんなことあるわけないじゃないですか!飯田はただの…」



「ずっと不思議に思ってた。お前ら仲良かったからな。この間のエレベーターで確信したよ。飯田に聞いても『課長の思ってる通りですよ』って言われるだけだしな」





そんな…そんな。


そんなこと、ないです。



言いたいのに、こわくて声がでない。




なんで、声が出せないの。






「…なんにも言ってくれないんだな。まぁいいや。これに懲りたらオジサンを弄ぶのはやめてくれ、な?」







それを最後に、大好きな声が遠ざかっていった。



呆然として座り込んでいた私。



あ、フロアの鍵掛けないと、と思って席に行く。

すると、私の机の上にキーホルダーがついた鍵が置いてあった。




私が無くしたと思っていた、ブルーの花のキーホルダー。




課長イメージで出来たかも!と思って持ってきたけれど、会社で無くしてしまっていたもの。





なんでこんなところに、と思ったけれど、鍵の下の『施錠よろしく』のメッセージを見て、涙が溢れだした。








課長に声を掛けたあの日、これから幸せなことが待っている気がしたのに。




自分の机と自分の作ったキーホルダーに、ぽたぽた落ちる涙が吸い込まれていくのを、ただただ見ていた。


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