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大団円ハピエン企画に参加したくて必死に執筆。
ありがち年の差物語です。
ぽろ、ぽろり。
私のたいして大きくもない瞳から落ちた雫が、机に吸い込まれていく。
どうして私はこんな気持ちで、自分の作った大切なお花を見ているんだろう。
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ハンドメイドが好き。特に布で作るお花が好き。
つまみ細工もやるけれど、それよりも花びらひとつひとつ縫い合わせてキラキラ光る花たちになっていくのを見るのが好き。
もちろんそれで食べていけるわけではないので、本業はただの会社員。
今は、ハンドメイド好きと知っている家族や友人に頼まれたら作る程度。
お気に入りが出来たら自分でもヘアアクセにしたりコサージュにしてコートやバッグに着けたりもするけれど。
あの日も、たまたま。たまたま、薄いピンクとゴールドの柔らかな生地で作った花がとってもキレイで、それにコットンパールなんか合わせてバレッタにしたらかわいいかも!なんて思って。
ちょっと遅くまで、具体的に言うといつもより3時間ほどベッドに入るのが遅れたくらい。そのくらいで完成したからいいほうじゃないかな、なんて自分では思ったのだけれど。
身体は正直ですね。眠くて眠くてたまりません。
遅刻ギリギリまで寝て、慌てて身支度を終え最後に昨日…というか今日に片足突っ込んだ時間までかかったバレッタを髪につける。
会社でつけても怒られないように、小さめにまとめたバレッタ。
ピンクとゴールドの2色を使った小さなお花が3つに、ひとまわり大きなお花がひとつ。そこにコットンパールがゆるく弧を描いて二重についている。
自分でも会心の出来。大人かわいいってかんじだよね!なんて思ったり。
なんとか自画自賛のテンションで会社までたどり着いたものの、5階のオフィスまで行くのに階段を使う気が起きずエレベーターへ向かう。
いつもはダイエットも兼ねて階段だけど、今日くらいはいいよね、なんて自分に言い聞かせて。
エレベーターを待っている間に同僚がやって来る。
「よ、おはよう」
「おはよう。今日も随分と重役出勤だこと」
「いやいやお前も同じ時間だからな?」
軽口を叩く相手は同期の飯田。
普段から遅刻ギリギリな男だが、よく考えれば一緒の時間な私も遅刻ギリギリってことじゃない…
「いつもはもっと早いから!今日はたまたま…」
「ほう。早い時間から会議がある今日にたまたまとは、吉木は余裕があるんだなぁ」
低く割って入った声に、心臓がどくんっと音を立てる。
相変わらずとんでもなく好みなお声…!
でも気づかれないように、持てる力の全てを出して平静を装う。
「かっ…課長!おはようございます!」
「ん、おはよう。で、吉木はなんでこんな時間に重役出勤してるのかな?」
課長こそこんな時間じゃないですか、いやいや俺は重役にカテゴライズされるだろうなんて声を聞きながら、タイミングよく来たエレベーターに3人で乗り込む。
「いえあの…!決して余裕があるわけではなく!ちょっと寝るのが遅くなってしまっただけと言いますか…」
この台詞で「あぁ…」と呟いた飯田が私の背後に回り、片手で私の髪を漉きはじめる。
「…ちょっと。勝手に人の髪にさわらないでくれる?」
「いやいや。減るもんじゃなし。へぇ、頑張ったんじゃない?いつもよりイイカンジ」
声色はにやにやしているかんじだったけれど、イイカンジの言葉に沸き立つ私の心。やっぱり趣味でも誉められるのはいくつになっても嬉しいもので。
しかし次の瞬間、沸き立った心が一瞬で凍結した。
「おい、お前ら。いちゃつくなら社外にしろ」
大好きな声のはずなのに。こんなに冷たい声でも、同じ好きな声のはずなのに。
こんなに悲しい気持ちになるなんて。
大好きな上司に、そんな風に思われるなんて。
慌てて否定しようとする私より早く、静まったエレベーターの中で飯田の声が響く。
「すんません。でも俺ら、こんなところくらいでしか、こんな話できないもんで」
こいつ何言ってるの!?とパニックになったところで、エレベーターが5階に到着した。
「…そうか。よくわかった。勝手にするといいが、仕事はきちんとするように」
苛立ちを抑えた課長の声に続いて、私もエレベーターから出る。
「…おい、飯田。なんのつもりだ」
「いやーん吉木ちゃん、こわぁい」
こんな状況でふざけていられる神経を、私はもっていない。
「本当に、なんで…私が課長のこと…飯田知ってるくせに…」
ロッカーまでの道のりを、なるべくゆっくり歩く。始業まで数分しかないが、ショックが大きすぎる。
「んー、知ってるから、かなぁ」
にやにやする飯田。
殴っていいでしょうか。
「まぁ気になるなら後で謝りに行ってみれば?じゃあなー」
ロッカーで着替えながら、そんな飯田の言葉が思い返される。
行くなら昼休み、かなぁ。
うまく課長と二人きりになれればいいけど。
せっかくお気に入りの作品を身に付け、片想い相手の課長と朝から一緒になれた素敵な1日のはずだったのに。
はぁ、とため息をひとつ。吉木あずさは自分の席へと急いだ。
*****
「課長…あの、今朝は…」
なんとか二人きりになれた昼休みの廊下で、私は勇気を出して課長に話しかけた。
「いや…こちらこそ、二人のことなのに差し出がましいことを言った。二人が仕事に私情を持ち込まないことはわかっている」
「課長…!」
そんなに私のことを信頼してくれているなんて…!
予想外のところでときめいてしまった。だから聞き逃してしまったのだ。課長がやけに二人というキーワードを強調していることを。
「あ…あの!課長!実はお話したいことがありまして。お時間いただけますか?」
ずっと言いたかったこと。
せっかく今日話すきっかけができたんだから、こんなことでもないと、私はいつまでも言えずにいるままだろう。
「それは…もしかして、今朝のことに関係があることか?」
「え…えぇまぁ、はい」
課長に話したいことは、自分の想いともうひとつ。
自分の趣味のこと。
社会人として相応しくないとまでは言わないにしても、頭に花つけて出勤するのってどう思われてるのかな。
ずっともやもやしてたんだよね。
割と自由な社風だからか今まではよかったけれど、あまり目立つようならいくら自作とはいえ控えないといけないかなぁと。
自分だけでなく、社内の友人にも心置きなく作ってあげられるしね。
でも課長はなぜか浮かない顔。
「そう…そうか…まぁわかった。そう言うことなら、土曜日の飲み会の前、時間は空いているか?」
「は、い?土曜日ですか?」
てっきりどこかの昼休みでって言われるかと思った。
よくよく聞くと、普段は昼休みも時間通りとれないことが多いらしい。さすが…部長が楽してる分動いてると噂される課長さんだけあるなぁ。
とりあえず土曜日、課長さんは休日出勤しているそうなので、お昼に会社で待ち合わせることになった。
約束を取り付けてその場から課長が立ち去るのを見届けて思った。
これって、もしかしてデートじゃないの?




