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態度を直せない男篇-4 クズ以上のクズ

自殺シミュレーションの世界。

ここには、志半ばで死んだ者、天寿を全うした者、そして、自殺した者が集う。

この世界に来て六時間あまりが経過しただろうか。

トラックに飛び込んで自殺した男―――副島弘昭そえじまひろあきは、数時間前、自殺せずに生還することを許された少年、平塚良太ひらつかりょうたが、彼の死後の顛末を見たという場所に来ていた。


―――こんな展望台で、本当に死後の顛末が見られるのか。


弘昭の疑念は晴れなかった。




数時間前、良太が現代の世界に帰ったのを見届けた弘昭は、彼を送り届けた少女、刹那せつなに問い質していた。


「彼が死後の顛末を見たという場所は、どこですか?」


その問いに答えようとする彼女は、またしても不敵な笑みを浮かべていた。


「この広場からまっすぐ街道を進んだ突き当たりに、展望台があります。そこは、死者が自らの死後を見届けることができる場所です」


少女の不敵な笑みに恐怖感を覚えた弘昭だったが、場所を教えてくれたことには感謝していた。


「ありがとうございます。早速行ってみます」


弘昭は少女に軽く感謝の念を示し、足早に展望台へ向かった。

去り際に、少女の諌言がこだました。


「でも、お気を付け下さい。良太くんのように、死後の顛末が良いものになるとは、限らないのですから」


それは諌言だったのか、真意だったのかは定かではない。

しかし、少なくとも弘昭には、真意であるかのように感じ取っていた。


―――私が死んだところで、誰も悲しまない。寧ろほくそ笑む奴の方が多いだろう。


弘昭はそんな諦観を抱きながら、展望台へ向かった。




 展望台前


展望台には、多くの人が集まっているようだった。

人々の表情は様々で、満面の笑顔を浮かべている者もいれば、嗚咽を漏らしている者、怒りに燃えている者もいた。

展望台は、どうやら無料で利用できるらしい。

死人が銭など持っているはずはないので、当然といえば当然だろう。

本当に死んでこの世界を離れる時には六文、現代の日本円にして二百四十円が渡されるというが、全て三途の渡しに払う手間賃に消える。


―――自分が死んだところで、誰かが泣いてくれるはずはない。


そう決めつけていた弘昭は、どうにも展望台を利用する気にはなれなかった。


―――私の死後どうなってるのかは、少しだけ興味があるな。


そう思った弘昭は、展望台へ向かうエレベータ待ちの行列に並んだ。


「こうして変な世界で過ごしている間にも、次々と死者が出ているんだな」


長蛇の列を見た弘昭は、そんな悟り感情を呟いていた。


「なんじゃ、あんたも死後の顛末が気になったのかい」


聞き覚えのある声が真後から聞こえた。

弘昭が振り向くと、この世界に来たときに初めて語り合った老人、初狩重範はつかりしげのりの姿があった。


「し、重範さん!?何故ここに?」


弘昭は驚いた様子を見せた。


「わしは天寿を全うした身じゃから、本来は今すぐにでも天へ昇ることができる。しかし、この世界に来てから七十二時間の間だけは、この世界で交流したり施設を利用したりできると、お嬢ちゃんから聞かされてな」


お嬢ちゃん。それが誰なのかは、弘昭は聞かずとも理解できていた。


「あの刹那の嬢ちゃんは、悪魔なのか天使なのか。わしにはよくわからん。じゃが、少なくともこの世界を知り尽くしているであろう彼女から聞いた話じゃ。間違いないじゃろう」


重範は不思議そうな表情を見せながらも、どこか確信を持ったような口調だった。


「彼女がそう言っていたんですか。…信ずるには疑わしいですが、今は信じるしかなさそうですね」


目の前に、死んではいるが生の証人がいる以上、信じざるを得ない。

弘昭は、疑う余地が無いことを残念がった。




重範に声をかけられてから十数分ほど経過して、ようやく弘昭と重範はエレベータの前に立った。

エレベータが展望台から戻ってきて、扉が開くその瞬間。

弘昭は少なからず緊張していた。

弘昭らが病院の受付で貰った手引書には、展望台では死後の自身の周囲における顛末が、全面、全方位ビジョンとして映し出される、と記されていた。

随分幻想的な話ではあるが、そもそもこの世界自体が幻想的であるから、今更疑問には感じ取れなかった。

扉が開いたエレベータの中には、何故か見覚えのある少女がいた。

上へまいります、としか言わなかったが、出で立ち、漆黒のドレス、黒いツインテールの髪は、どこからどう見ても刹那と言う少女、その人にしか見えなかった。


「神出鬼没とは、このことを言うんじゃろうか…」


重範は皮肉たっぷりといった感じでそう嘆いた。

その後は特に会話が交わされることもなく、弘昭らを乗せたエレベータは展望台へと直行した。




展望台に着くと、夥しい数のビジョンが全方位に張り巡らされていた。

ビジョンのほとんどは、現代の世の中を映し出しているようだった。


手引書によると、ビジョンに映し出される映像は人によってさまざまに変わるという。

どのような仕組みで動いているのか怪しく思った弘昭だが、そもそもこんな現実にはありえない世界を創作するという時点で、仕組みどうこうの話ではないだろうと達観していた。

弘昭の目に映ったビジョンには、主に勤めていた会社の同僚や上司が映っていた。


「副島が死んだ?」


自らの名前を聞いた弘昭は、その声がするビジョンを注視した。

ビジョンには、弘昭が入社した時に紹介された部長と、その側近とも言われる社員が会話しているように見受けられた。


「はい。どうやらトラックに轢かれて死んだそうです」


どうやら死因は遅滞なく報告されているらしい。弘昭は、よくできたものだと感心していた。


「そうか。惜しい人材を亡くしたな」


惜しい人材、か。社員が死亡すれば、世辞でもそう言うものだ。

その実は、死んでくれてよかったと思っているのだろう。


「確かに勤務態度は悪かったですが、その実、仕事は確かにこなしてましたからね」


それは褒め言葉か遠回しの皮肉か。現代が難い弘昭にとっては、後者にしか聞こえなかった。

そうだ、私は仕事はこなしこそすれ、勤務態度は頗る悪い。

自分でそう評価するくらいなのだから、私を知るほとんどの社員は、そのことを知っている。


「解雇する予定は、なかったんですよね?」


解雇する予定はない。確かにそうだったかもしれない。

しかし、勤務態度が悪い人間を、そう長らく置いているものだろうか。


「まあ、確かに勤務態度に難があるとはいえ、実力そのものはあるからな」


また御謙遜を。実力があるからといって勤務態度が悪いようでは、会社ではやっていけるはずがないのだ。


「外の目につかない内側の仕事を任せようと思っていたが…。今となっては代わりを探すほかないだろうな」


是非そうしてくれ。私の代役などいくらでもいるはずだ。

弘昭は内心でそう吐き捨てて、そのビジョンから視線を退けた。


暫くビジョンを遠目で眺めていると、今度は高校時代の同級生が弘昭の噂をしているようだった。


「え!?副島君が死んだって本当なの!?」


当時ろくに親交を持たなかった同級生の女子は、立派なオフィスレディになっていた。


「そんな…副島君、いつも成績優秀だったのに…。確かに、近寄りがたい雰囲気ではあったけど」


近寄りがたい雰囲気。高校時代のそれが、今の勤務態度に如実に現れたのだろう。

弘昭は懐かしく思っていた。


―――思えば、高校の頃から私は貧乏ゆすりが激しかった。

イラつくとすぐに靴で音を立てたり、ボールペンのノックを繰り返したりしていた。

その悪癖は大学時代も、社会人になった今でも修正できていない。

体に染みついている負の慣習は、最早直しようがなく、それ故に周囲からは恐れられ、勤務態度が悪いと言われるようになった。


社会とは絶対に迎合しえない。弘昭の心はもはやそう悟るまでに至っていた。


「何を恐れているのですか?」


突然、少女の声が後方から響いた。

声の主は、先刻までエレベーターガールを務めていた、刹那だ。


「はっ。恐れている?この私が?一体何に?」


弘昭は苦笑しながら刹那に幾つも問いかけた。


「ええ、恐れていますとも」


刹那は数時間前、少年に見せたような不敵な笑みを浮かべ、弘昭のもとへにじり寄った。


「勤務態度が悪かっただけで即解雇だと思い込み、あまつさえ自殺までしてしまった、あなたの心に、ですよ」


自らの心に怖れを抱く。達観した弘昭に、そんな話が信じられるだろうか。


「それでは、まるでこの私、副島弘昭という人格を、全否定していると言っているようなものじゃないですか。私が、自殺した私自身の心を恐れる?何を馬鹿げたことを。本来なら、私は自殺して全て終わっていた。それで万事解決じゃないですか」


弘昭は、少し前に刹那にしたような高説をするかのごとく。

にじり寄った刹那を一蹴したいかのように、そして笑いさえ浮かべながら、正当性を主張した。


「その通りです。でも、現にこうしてあなたは選択を迫られることになった。そして、今あなたの心の中では、本当に自殺を宣言してもいいのか。そう思い始めているのでしょう」


正当性を主張する弘昭に、刹那は不敵な笑みを隠さずに切り返した。


「目の前で平塚良太という少年の力説を、目の当たりにしました。しかし、私にはそんな勇気なんてない、とんだビビり野郎ですよ。こんな私が生きている価値などあったんでしょうか。いや、あるはずが―――」


大笑いすら浮かべていた弘昭の頬に、皺の寄った手が叩き込まれた。

何があったのかと弘昭が視点を合わせると、弘昭の目の前には、広場に腰掛けていた老婆、初狩昌江はつかりまさえの姿があった。


「ふざけるんじゃないよ!」


虚空を見つめていて、まるで諦観していた頃の昌江の面影は微塵もない。

魂が定着しているかのように、全くの別人に映った。


「今のご時世、勤務態度が悪かったくらいでクビにする企業なんてあるわけがない!あんたは会社に損害を与えたかもしれない。しかし、それはイメージ上でのことであって、仕事内容でケチを付けられたわけじゃないんだろう!?」


一瞬よろけた弘昭は昌江に向き直り、説教とも取れた昌江の弁に反論した。


「仕事は手を抜いていません。ただ、イライラしているときについ癖が出て、それが勤務態度が悪いように映っているだけですよ。しかし、イメージは最悪だ。有能でもイメージが悪い、それこそ今の政治家のような人間に、生きる価値があるとお思いですか?」


弘昭は、自身の高説に限界を感じ始めていた。


「とんだ暴論ですね。それでは、今の政治家はみな生きる価値がないと言うのですか?」


刹那は、披露された暴論の弱点を的確に突くように問いかけた。


「当然です。議事堂で携帯を見ていたり、眠っていたりする議員がいる。現在の内閣に立つ政治家共は憲法違反までやらかしている。こんな連中、生きる価値もあるはずがありません。人間として失格ですよ、あんなクズ共は」


弘昭はもはや暴走特急状態になっていた。昌江、刹那の指摘すら受け入れず、一方的に高尚な演説を繰り広げていた。


「それじゃあ、一つ聞こう」


騒ぎに気付いたのか、ビジョンから目線を弘昭へ向けた重範が質問を投げかけた。


「確かに、違憲まで犯している政治家はクズだ。それは認めるとしよう。だとするなら、なぜそんなクズ共が生きているのに、あんたは死ななきゃいけないんだ?」


重範の言に、思わず弘昭は息をのんだ。

重範はさらに続ける。


「あんたは仕事自体はこなしていた。それは事実だろう。ただ、勘違いされて勤務態度が悪いと思われた。それだけの事なんじゃないのか?」


重範の言葉に連鎖するかのように、刹那が説明を続ける。


「重範さんのいう通りです。それに、あなたがそんな些事で自殺しなければならないと言うのであれば、世の中で一体何人自殺しなければならないのでしょうね?」


これには弘昭も返す言葉が無い。さらに、今度は諭すかのように昌江が続けた。


「あたしから言わせてみりゃ、あんただってただのクズだ。自分より劣っている奴は全員死ぬべきなんて考えているような、ただのプライドが高いだけの、クズ以上のクズ。…それ以外の何物でもないよ」


弘昭は奈落の底に突き落とされたかのような感覚に襲われた。


三人に対する弘昭の答えは、言葉としてではなく、顔の行動として現れた。

必死にこらえようとしているが、それでも、堪え切れていなかったのである。

眼から、大粒の水滴が流れ出ていることに。

弘昭の境地は、悟りか、憤怒か、悲哀か。

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