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態度を直せない男篇-3 帰る理由

自殺シミュレーションの世界では、自殺を公言する者が大多数を占めていた。

しかし、その中に希望が無いと言えばうそなのかもしれない。

この世界は、自殺者が三日間、頭を冷やすために存在する。

謎の少女、刹那せつなにそう告げられた副島弘昭そえじまひろあきだったが、実感はなかった。


「おかしな話だ。何故、三日間も熟慮しなきゃいけないんだ。死ぬと決めたら一瞬で死ぬ。それでよかったのに」


広場でただ一人、虚空を見つめながらそう呟く弘昭。

すぐ目の前では、自殺を決意した老若男女が次々と旅立っていく。彼はその姿から目を背けるかのように、虚空を見つめていた。

自殺を宣言し、光に包まれ消滅していく者たちを見ても、心象は良く感じなかったのである。


「どうして、また死ぬと高らかに公言しなきゃいけないんだ。誰がこんなものを作ったんだ」


その弘昭の問いに、答えられる者は誰もいない。

周囲の人々は弘昭に対し怪訝な目を向けるが、暫く経つと、居辛い雰囲気を感じ取ったのか、そそくさと去っていく。

そしてまた一人、少年が広場のマイクを手に取った。


「じ…」


自殺するのだろう。弘昭はそう期待し、弘昭含め周囲の人々はみな目を背けた。

しかし、少年の口からは、弘昭らの思惑を裏切るような言葉が飛び出した。


「自殺…できません!」


少年の言葉に、弘昭をはじめ周囲の人々は驚いて少年の方へ向き直った。

自殺志願者と違い、光が少年を包むことはなかった。

逆に、黒い光の筒が少年の前に現れ、筒は一瞬にして消え去った。

そして、筒のあった場所に居たのは―――


「では、お聞きします。平塚良太ひらつかりょうたくん。あなたが自殺できない理由は、なぜですか?」


忘れるはずもない、病院で弘昭を手招きした少女、刹那その人だった。




突然の問いに、良太と呼ばれた少年は頭に手を添えた。真剣に考えているようだが、どうやら咄嗟には言葉が出ないらしい。


「そ、それは…」


「それは?」


刹那の問いに良太は益々パニックを起こしているようだった。


「え、ええと…ええと…」


良太は色々と思索しているようだが、主だった言葉が出てこなかった。


「わ、分からないです。でも、こんなところで自殺しちゃいけない。なんとなく、そんな気がするんです」


良太は必死に言葉を紡いだ。

今の言葉が、良太が押し出せる言葉の限界だったのかもしれない。

その答えに、漆黒のドレスに身を包む少女、刹那は不敵に微笑んだ。


「なんとなく。そんな理由で、自殺を取りやめられるとお思いですか?」


良太は涙をこらえきれずに、目から大粒の水滴を漏らした。


「そんなこと言ったって…!ろくな親じゃないし、学校だって僕にとっては苦痛でしかない。でも、ここで死んだら、悲しむ人が誰かいそうな気がするんです!だから…、だから僕は自殺なんてできないんです!」


悲しむ人が誰かいそうな気がする。弘昭にはその言葉の意味が理解できなかった。

私が死んだところで、悲しむ人はどうせ誰もいやしないだろう。そう考えていた矢先、刹那が良太に惨酷な宣告を突き付けた。


「でも、また自殺しないとは言い切れませんよね?」


「そ、それは…」


良太は悲嘆するような目をしているように見受けられた。


「いいですか?自殺シミュレーションで自殺するかしないかを選択する義務が与えられるのは、一度だけ。次は無いんですよ?」


次は無い、か。本来は一度目で選択する義務や権利などないはずなのだが。

弘昭には、なぜ選択する義務があるのか理解できなかった。


「次に自殺したならば、今度こそ、あなたは死ぬことになります。天に昇ることはありません。罪人として、地獄へ送られるのです。それでも、今は生きようとお考えですか?」


地獄。そんな言葉は、死人たちにとっては初耳だったらしい。

後ろで自殺表明しようとしている人たちも、次々と騒ぎ始めていた。


「どうせですから、ここできっぱりと公言しておきましょう」


刹那はそう言うと、はるか天空へと飛び立ち、空の中央で両腕を広げた。

妙な動作だなと思ったのも束の間、


「私の声が聞こえますか?」


と、突然弘昭の脳内に声が響き渡った。

周囲を見ると、弘昭だけではなく、どうやらこの世界の死者に対して、声が届いているようだ。


「自殺者は一度だけ、自殺するかしないかを選択する義務を負います。しかし逆に、選択できるのも一度だけです。二度目以降に自殺した方の魂は、天に昇り、現に還ることはありません。罪人として、また奴隷として地獄で未来永劫過ごすことになります。死後六百六十六年経過し、地獄で魂が死ぬまで、です」


その言葉と共に、弘昭の持っていた手引書に新たな語句が追加されていく。

刹那という少女は、どうやらこの世界の管理人という位置づけらしい。

魂とは何だ、現に還るとは何だ。

全く意味が分からないというかの如く、自殺志願者を筆頭に、刹那の下に迫らんと死者が押し寄せた。

しかし、刹那は空に浮かんでいて、誰ひとりとして掴みかかることはできない。


「魂はあなた方の魂です。魂の数は常に増え続けています。当然、増え続けてしまえば地球は飢餓等により滅亡するでしょう。そのために地獄が存在するのです。魂を滅し、増えすぎた魂を間引く場所。地獄とはそんなものです。もちろん苦痛はありますが、地獄で死ぬことができれば、今度こそ完全に死ぬことができます」


完全に死ぬ。弘昭にとっては、この上なく魅力的に感じる言葉だった。


「もちろん、天寿を全うした方には全く関係ありません。天寿を全うしようとせず、途中で自ら命を絶つ。これほどの罪を背負った方が、天に昇る価値などあるとお思いでしたか?だとしたら、とんだ笑い話ですね」


弘昭から見て、今の刹那という少女のイメージは、病院で出会った時のような悪くない人、というイメージから180度変わっていた。

地獄へ自殺者を送る者。死神、悪魔と呼称してもいい、漆黒の送迎者。

そんなイメージが焼き付いていた。


「自殺を宣言した方の末路がどうなっているか、特別にお見せしましょう」


自殺志願者が集う広場の一角には、なぜか街頭ビジョンが設置されていた。

少し前には何もなかったはずなのだが。

どうやら自殺シミュレーションの世界は、刹那という少女の意思で色々と作りかえられるらしい。

程なくして街頭ビジョンに映像が映し出された。

そこに移っていたのは、おおよそこの世のものとは思えない、骸の山だった。


骸の山の周囲には、奴隷同然に扱われている老若男女の姿があった。

その中には、先刻旅立った壮年の男性や青少年の姿も見受けられた。


「自殺者はこうして、地獄で六百六十六年間、労働を強いられます。当然給金などはありません。既に死んでいますから。人権を破棄した人たちなのです。これくらいの冒涜は受けて当然です」


刹那は笑顔でそう説明した。

何を笑顔になっているんだ。届かないと知っていながらも、そのような罵詈雑言を浴びせるかのごとく、自殺志願者たちは怒り狂っていた。


「あなたがたは一度であっても、間違いなく自殺した。ならば、潔く自殺を再表明すればよいではありませんか。何をいまさら、迷う必要があるのですか?」


自殺志願者を見下すかのように、刹那は語る。

弘昭は、笑顔になっている刹那に恐怖を覚えつつも、気が付けば一歩前に踏み出していた。


「だったら―――」


弘昭はそう切り出し、刹那の下に群がる自殺志願者たちと、マイクのある台にいた良太を退け、マイクを持って高説を開始した。


「だったら今すぐにでも私を地獄へ叩き落とせばよかったんだ。なぜ一度、考えさせるような真似をさせるのか、私には全く理解できません!ここにいる自殺志願者の方々は、おそらく一度目なのでしょう。だとしても、なぜ一回目でこのような選択をさせるのか、少なくとも私には全く理解しえません。何故ですか?何故、このような選択を迫るのですか!?」


「誰だお前は!大人しくすっこんでろ!」


高説空しく、弘昭は周囲の自殺志願者に引き摺り下ろされてしまった。

弘昭の下に、自殺を躊躇っていた少年、平塚良太が駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?」


弘昭は、ああ大丈夫だ、と言いながら、少年と共にマイクが置いてあった台座から離れた。

そこへ、空からふわりと刹那が舞い降りてきた。


「いやはや、あなたの御高説はお見事でした」


刹那は先程と同じように、軽く拍手を向けているようだった。


「死んだこの期に及んで、私なんかにお世辞は不要です」


弘昭はむっとした表情でそう返した。


「なぜ、改めて考えさせるのか、でしたか。その理由は、私の口からよりも、平塚良太くんの方から説明した方が、皆様も納得すると思いますよ?」


彼女の声は未だに脳内に響いている。

一時は騒ぎ立てていた自殺志願者の集団は、すっかり弘昭と良太の方へ向き直っていた。


「最後のチャンスを与えましょう。少年にお聞きします。何故、自殺しないことを選択したのですか?」


最後のチャンス。

その言葉には妙なリアリティがあるように感じられた。

良太はぐっと涙をこらえながら、落ち着いて話をする形相を整えた。

どうやら、弘昭の高説が、彼を勇気づけたらしい。


「僕だって、本当は一回目で死のうと思っていたんです。でも、ここに来て、色々な人と触れ合っていくうちに、僕のした選択は本当に正しかったのかって、疑問に思い始めたんですよ」


色々な人。

その中には、本当に死んだ方々はもちろん、他の自殺志願者、刹那、弘昭も含んでいると良太は語る。


「そして、この街道の突き当たりにある展望台から、僕が死んだ後の顛末を見てきました。そこには、僕が死んだことで悲しむ両親や弟の姿がありました。通っていた中学校では緊急集会が開かれていて、そこでは涙を流す僕の友人の姿もあったんです」


良太の話を真剣に聞いていたのは弘昭だけではなかった。

他の自殺志願者の集団や、周辺を歩いていた死者の方々も、今は真剣に良太の話を聞いている。

それだけ、彼の話は死者にとって、自殺者にとって深いものなのだろう。


「僕が死んだことで、周りの人間は哀しんでいた。僕は、最初死ぬ決意をしたとき、周りの人間は誰も迷惑しないだろうと思っていました。でも、葬儀が組まれて親が東奔西走していたり、学校が記者会見に追われていた光景を見て、僕はとんでもないことをしてしまったのだと、そう気づいたんです。だから僕は…」


中学生とはいえ、まだまだ子供なのだろう。良太は涙をこらえきれず、涙ながらに話を続けた。


「もう一度、人生をやる機会が、あるんだったら、今度は人生を全うしたい。そう、思ってしまったんです」


良太が涙を含めながら話を紡ぎだすと、自殺志願者の一部から拍手が響いた。

それに釣られたのか、広場にいた者たちが次々と拍手を重ねる。

拍手に押されたのか、良太はさらに涙を流した。


「本当なら、こんな選択なんて、できるはずがない。死ぬときは一直線。そう思ってました。最初は、こんなところで、三日間も過ごさなければならない。そう感じた時、深い絶望感に苛まれました。でも、今は胸を張って言えます。僕は、本当に些細な理由で死を選んでしまった、愚か者なのだと」


そんなことはない。俺たちだって愚か者だ。

自殺志願者を筆頭に、死者たちはそう言葉を投げかけた。


「でも、今なら、言えます。僕は、しょうもない愚か者だけど、だからこそ!」


その言葉と共に、彼の目線は前へ向いた。

そこに、先程まで俯いていた良太の姿は、微塵もない。


「…だからこそ、僕はこの世を生きて全うしたい! それが、僕が自殺したくない、理由です」


言い切った。良太は、見事に理由を言い切ってみせた。

周囲からは拍手が響き、長く大きな拍手が良太の下に寄せられた。

刹那という少女は笑顔を見せたが、そこに不敵さは消えていた。


「お見事です。そこまで言い切れるのであれば、天寿を全うする以外で、今後こんな世界に来ることはないでしょう」


刹那は良太の足下へ向けて左腕を向けた。次の瞬間、良太を淡い紅色の光が包み込んだ。


「現代へ戻ることを承認します。…どうか次は、天寿を全うしてきてください」


刹那がそう告げると、光の中にいた良太は、涙ぐみながら強く頷いた。


「…この世界で交流したこと、見聞きしたことは全て忘れてしまいますが、あなたにはそんな記憶など必要ないでしょう。…どうかお元気で」


刹那のその言葉と共に、光は消え去った。

光が消え去った後には、既に良太の姿は無かった。




「…愚か者だからこそ、今の世を生きて全うしたい、か。…私には到底できそうにないな」


少年を見届けた弘昭は、そう言い残して広場を後にした。

少年の勇気を目の当たりにした弘昭は、どの道を選ぶのか。

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