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態度を直せない男篇-2 真実と選択

物語の核心は、多分ここにある。

 病室を出た先には、これまた病院を思わせるような白壁が続いていた。

どうやら他にも病室が多く存在するようで、そこには多くの患者がいるように見受けられた。

副島弘昭そえじまひろあき初狩重範はつかりしげのりは謎の少女に促されるがまま、少女の後について歩いていた。

その最中、重範が弘昭に問いかけてきた。


「おい、弘昭とか言ったか。あそこの病室を見てくれんか」


弘昭は重範の指差した病室へ目を傾けた。


「あそこの病室が、どうかしましたか?」


謎の少女の後を歩くことしか考えていなかったのか、弘昭は一瞥しただけで目線を戻した。


「患者名をよく見てみろ。あんたも良く知っているはずの名前があるはずじゃ」


重範の言葉を信じ、弘昭は患者名が記された病室のプレートに目を向けた。


石橋芒いしばしすすき?…って、まさか!?数日前に自殺したっていう、超有名アイドルグループの!?」


その名前は日本でも世界でも広く知れ渡っている。

石橋芒。その名を知らない者はいないほどの、超人気アイドルであった。

弘昭が亡くなる数日前に自殺したと噂されているが、死体は未だに見つかっておらず、その真相は定かではなかった。


「その通りです。彼女は五日前、自ら命を絶つことを決断しました。世界中で売れたことで、週刊誌にもある事ない事を次々と書き連ねられました。味方も多かったですが、それ以上に敵が多かったのです。増えすぎた敵のバッシングに耐えきれなかったのでしょう」


案内を続ける少女はそう語った。


「さあ、着きましたよ」


少女は病院の総合受付に着くと、受付から番号札を二枚取り、弘昭と重範に渡した。


「番号が呼ばれるまでここで待っていてください。私は次の方を呼ばないといけないので、これにて失礼します」


そう言うと、少女はドレスの裾を手に持って一礼し、総合受付を後にした。




「華奢な少女じゃったな。あの少女も、自殺したんじゃろうか」


重範は去っていく少女を後目にそう呟いた。


「それは分かりません。…ここは死んだ方が集まる、ということだけは分かりましたが」


弘昭も少女を眺めながら、重範の呟きに返した。


総合受付に着いてから十分ほど経過したが、二人の番号は未だに呼ばれなかった。

普段、病院に通うことが日課になりつつあった重範にとっては、病院で十分待たされることなどなかったという。


「確かに、妙に長いですね。それに、妙に混雑していますし。こんなにも死者が多かったとは…」


弘昭は大多数の一人である安心感も少し抱いたが、それ以上に死者が非常に多いことに戦慄していた。


「当然ですよ。こうしている間にも、全世界では三十秒に一人、命の炎が消えているんです。ここ日本に限っても、三分に一人は死者としてここに召されます。これくらいの混雑は当然です」


不意に響いたその声のした方向に弘昭らが振り向くと、先程去っていった少女が、再び二人の前に姿を見せていた。


「おお、これはご丁寧に。…もう呼び終わったのかな?」


重範は時たま笑顔を見せるようにそう言った。

少女は、次の方は既に呼び終わり、そろそろ弘昭らが呼ばれる頃かと思って来たという。


「待ってください。貴女は、この世界は自殺シミュレーションの世界だ、と言っていました。それなのに、なぜ本当の死人もここにいるのですか?」


シミュレーションの世界ならば、本物の死者がこんなところにいるはずはない。弘昭はそう付け加えて、少女に問い質した。


「よく気が付きましたね」


少女は口を綻ばせ、小さく拍手した。


「厳密には、ここはシミュレーションの世界ではありません。弘昭様の推理通り、死者が集まる場所です」


弘昭は、自身の推理が当たっていたことに安堵と驚愕の双方を感じ取った。


「ですが、本当に死者となるかどうか、選択権が与えられる場合もあります」


死ぬことに選択する権利があるはずがないだろう。

重範は疑問に思いつつも当然という口調で返した。


「選択権が与えられるかどうかは、その時の死の状況によって変化します。重範様のように、不慮の事故などで選択の余地なく死亡した場合には、当然、選択権は与えられません」


そうじゃろう、と重範は頷いた。


「しかし、弘昭様のように、自ら死ぬことを選んだ方は、今一度、死ぬのか今の世に帰るのかを選択する権利…というより、義務が与えられるのです」


自殺者は、今一度死ぬか生きるか選ばなければならない。

そのことを突き付けられた弘昭だが、意思は固かった。


「なぜ選択する必要があるんですか。私は自殺することを決めた。もう一度ここで決める必要があるのだというのなら、改めて宣言します。私は死にます。これで良いのでしょう?」


弘昭は面倒事を素早く片付けたいと言わんばかりに、少女に迫るような口調で答えた。


「いえ、今はあなたに選択する権利は与えられていません。選択が可能となるのは、受け付けを終えてから七十二時間、経過してからです」


三日も待たされることを知り、弘昭は頭を抱えた。


「何故、死ぬと決断したのに、三日もこんなところを彷徨わないといけないんですか。潔くまっすぐ死にたかった。たったそれだけなのに、何故?」


少女は暫く目を瞑り、改めて弘昭の問いに答えた。


「ここは、自ら死を選んだ方が、自身の選択とは無関係に死んだ方との交流や、自殺した方の周囲で起こることを見届けて、その上で本当に死んで正解であったか、今の世に未練が無いかを改めて問う場所です。これこそが、自殺シミュレーションと呼ばれることになった由来です」


この世界は、いわゆるクールタイムというもの。

アメリカでは、正式に結婚を申し入れてから三日間、本当に結婚してよいのか、を考える期間が設けられている。

ここは自殺のクールタイムを過ごす場所である。

少女にそう告げられ、弘昭は落胆以上に怒りさえ覚えた。


「今の世に未練?そんなものあるはずがないでしょう。社会人になりたての私は、幾重の注意があったにもかかわらず、素行不良を直せなかったんです。そんな不憫で不躾な私が、今の世にいていい理由など、微塵もないんですよ。だから死ぬべくトラックに飛び込んだ。なのになぜ、こんな瀬戸際まで来てもう一度見直せと言うのですか?信じられませんね。私に生きる価値はない。それだけで、自殺するには十分すぎるでしょう」


少女はただ、弘昭を見つめることしかしなかった。

感情のひとかけらもなく、ただ見つめていた。


「そこまで意思が固いのならば、三日後に正式に死ぬことを申し出て下さい。今のあなたなら、間違いなく受理されるでしょう。そうすれば、晴れてあなたは死ぬことができます。それまでは、辛抱してください。私には、あなたの選択にとやかく言える権利はありませんので。それでは失礼します」


踵を返して去っていこうとする少女。

彼女に対して、ちょっと待ってほしい。

そう言ったのは重範だった。


「最後に一つ聞かせてくれ。御嬢さんの名前は、何ていうんじゃ?」


少女は今一度弘昭らに向き直った。


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は刹那せつなと申します。短い間ですが、お見知りおきを」

そう言うと少女はまた何処かへ去っていった。


「弘昭、とか言ったな。本来あんたは死んだんじゃろうが、もう一度選択する必要があるみたいじゃな。…しかし、その顔は、もう意思は固まっておるようじゃな。あんたについて、儂がとやかく言えた義理はないが、少なくともあんたには未来がありそうな予感だけはするんじゃ。聊か、口惜しいと思ったわい」


そう言っている間に、初狩重範の持っている番号札の番号が呼ばれた。


「本当の死後の世界で会ったなら、その時は深く語り合うとしよう。それじゃ、達者でな」


重範はそう言い残し、受付へ向かっていった。

受付は素早く済んだらしく、病院(なのか分からないが)を後にした。

その後ろ姿を見届けていた最中、副島弘昭の番号が呼ばれた。




 弘昭は指定された受付番号の窓口へ向かった。窓口には、役所で働いていそうな壮年の男性がいた。


「なるほど、交通事故ですか。死の状況を見たところ、どうやら自殺みたいですな」


早く手を進める男性の作業っぷりを見て、私もこうできていたなら、と弘昭は羨ましがった。


「はい、結構です。では、この手形を持って三日後に中央広場へ向かってください。そこで、宣言をお願いします。三日後以外で宣言しても無効となりますので、ご注意ください」


まるで定型句であるかのように言葉を発し、職員の男性は弘昭に手形と地図、そして手引書を手渡した。

弘昭は三つとも受け取った後、その場から逃げるかのように病院を飛び出した。


 病院を飛び出すと、そこには普段の情景と何ら変わりない街並みが広がっていた。

少し遠くを見ればバスが走っているし、病院の近所であるためか薬局もある。

弘昭は地図を片手に、近所をいろいろと歩き回ることにした。

 街道に出ると、ラーメン屋に蕎麦屋、牛丼店にコンビニと、どこかで見たような建物が多数見受けられた。

どうせ死んでるんだから意味はない、と思いながら、弘昭は街道を進んでいく。

その道中、妙に開けた広場に出た。どうやらここが中央広場らしい。


―――結構人が多いな。三日後、ここで公言しなければならないのか。

そう思った矢先、一人の壮年の男性が中央広場の真ん中へ向かった。

男性は中央広場に備え付けられていたマイクを手に取り、


「私は、自殺します」


と高らかに語った。

すると、一瞬男の周囲が光ったかと思うや否や、次の瞬間には男の姿が消えていた。


「また一人、本当に人生を諦めた人が出たんだねぇ」


それを見届けていたのか、広場のベンチに座っていた老婆がこうこぼした。


「わしなんて、もっと生きたかったけど、旦那残して先に逝っちまった。本当に情けないよ。癌を患っていたとはいえ、こうも簡単に人は死んじまうんだ、って思うとねえ」


さり気無く、老婆の隣に弘昭は座った。

老婆の話に興味を抱いていたのもそうだが、中央広場のマイクに行列ができていたことにぞっとした、というのもある。


「おや、あなたは?」


老婆が弘昭に気付いたのか、問いかけてきた。


「私も、一度自殺しようとしてここに来たんですよ」


弘昭は自殺の顛末を老婆に話した。


「そうかい。…で、実際に見てどうだい?あそこで堂々と死を宣言する者たちを見た感想は」


老婆の問いに、弘昭は淡々と返す。


「私はもう自殺するって決めているんです。今更、何人も目の前で亡くなったところで、心情は変わりませんよ」


随分と冷めた反応に、老婆は行列の一角を指差した。


「それじゃあ、あそこにいる中学生や高校生が自殺を宣言するのを、あなたは止めない、ってことですか?」


「え?」


弘昭は驚いたように、老婆の指差した方向を見た。

すると、明らかに中学生や高校生と思しき集団が行列に並んでいる。

弘昭はそれを見て再び戦慄した。


「あんな少年や青年でも自殺するようなご時世だ。あなたも自殺するってんならあたしは止めないし、止める権利だってない。けど、少なくともあのような若くて未来が沢山ありそうな青少年が自殺するってのは、ものすごく心が痛むことなんだよ。あなたは見たところまだ20代だろう?まだ若いし先がある人が自殺するのだと思うと、すごく残念なことをしているねえと思ってしまうんだよ」


老婆も私を説得に動くのか。

弘昭はげんなりした。


「私だって自殺しようと決心してここに来たんです。それに…私に戻る権利などありません。少なくとも、青少年が見ていい模範とはなり得ないくらい、私は勤務態度は悪いし、それを直す努力すらできない。そんな私は、現代にいていい存在じゃ無いんです。だから自殺しましたし、あそこで公言もするつもりです」


老婆は諦めたかのように肩を落とした。


「ならあたしは止めないよ。そこまで意思が固いというのなら、堂々とあそこで公言すればいい。本当に思い当たる節がないのなら、後悔なく公言するんだね。公言してから後悔しても、遅いからね」


老婆はそう言うと、弱そうな足腰ながら立ち上がった。


「あたしは初狩昌江はつかりまさえ。また会ったときはよろしく」


老婆はそう言い残して、広場を後にした。


第2話。自殺シミュレーションとは何か、について書かれています。

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