本当のことを話しただけじゃないか!by王子
思わぬ決闘で話が流されてしまったけど、話を戻す。
友達作りだ。
残念ながらAクラスにはぼっちはいなかったが、Bクラスは違うだろうと期待して訪れてみた。
なにせBクラスは、Aクラスみたいなお上品なガキの集まりではなく、下品な烏合の衆。成金などもいるから、喧嘩も起こっているだろう。
そろり、と覗きみると、発見した。
いかにも『ぼっちでいじめられてます』って感じの女の子。
よっしゃあカモじゃカモじゃあ!と女の子のほうに行く。
「っ…!?」
びくり、と怯える女の子。
よーし、ここはできるだけ穏やかに…、
「あのね、私―――…」
「セリア!ちょっと来てくれ!」
レイヴァンが入った。
こんなときに王子オーラとかいらん。邪魔にしかならない。
レイヴァンは「お父さんは今忙しいの。お母さんのところに行っときなさい」と追い払って、再度向き直る。
「え、あの、私に、何か…?」
怯えてる。ですよねー。
優しそうに、穏やかそうに…、
「騒がせてごめんなさい。ちょっとあなたとお話がしたくて。ああ、私はセリア・ネーヴィアよ。よろしくね」
「ね、ネーヴィア!?っし、失礼しました!わたひはヴィオラ・シュペルマンです!」
噛んだ。
ちょっと痛そうなところが可愛い。
というか、シュペルマンって聞き覚えがあるような…、
「ねえ、あなたって―――…」
「我が子のピンチに、何をしてるんだ、ダーリン」
ジオルクが入った。
吹き出しそうになったのをこらえて、仕方なくそっちを見る。
「そろそろ一人立ちの時期よ。ハニー、君はあの子に過保護すぎる」
「っ…!…まだまだあの子も小さい。親がついていないと駄目だ」
「いいえ、あの子は他の子供とは違うわ。いずれは国を背負う子だもの。早くから自立させ、厳しく育てるべきよ」
「あまりに厳しくしすぎると潰れてしまう。それに、自分にできないところを周りにやってもらうことも、立派な王の素質だ」
「そのぐらいで潰れるなら、潰してスペアを持ってくればいいだけだわ、…と言いたいけれど、一理あるわね。それで愛しいジオルク、何があったの?」
「……レイヴァンが陛下から呼び出しを受けたらしい。それで君に相談したいそうだ、我が愛するセリア」
「その程度?陛下も取って食やしないわよ」
「レイヴァンの不安を考えろ。だからお前はレイヴァンに相応しくないと言うんだ」
「レイヴァンの不安をケアするのは母親に任せるわ。それより妻よ、少しぐらい夫に構っても罰は当たらないと思うのだけれど?」
「俺達二人の愛の結晶だろう。お前との子だから、気にするんだ。わかるよな、愛しい人」
「………仕方ないわね」
渋々諦める。この茶番の間に、思い出したし。
同姓であるし、顔立ちも似ているし、おそらくこの子の兄だろう。
アルバート・シュペルマン。
癒やし担当で人工の疑いのあるドジっ子こと、攻略対象その三の癒し系教師である。
「あ、セリア!ち、父上が来いって!ど、どどどどうしよう!」
「落ち着きなさい」
行ってみれば、レイヴァンが顔を真っ青にして慌てていた。周りの生徒たちも『王子様、大丈夫かしら…』というのんびりとした雰囲気だ。本物の金持ちは喧嘩なんてしないのである。私とジオルクは例外で。
「どういう風に呼び出されたんですか?直接言われたんですか?それともお手紙で?」
「い、今、人が来て、放課後は迎えに来るから父上と会うようにって…。さ、三位だったから!俺が一位を取れなかったから叱られるんだ…!」
「それはありません。両陛下はそのような些事をお気になさる方じゃありませんし、私とジオルク・ウェーバーしか上にいなかったと言えば納得なさるでしょう。無理を言う方ではありませんから」
「じゃあ、セリアにって言われたお菓子を食べたのがバレたから!?つまみ食いは駄目だって言われてたのに…!」
「そのぐらいで貴重なお時間を割いて会うわけないでしょう。そのことについて叱られそうになったら、私が食べてもいいと言った、と言っておいて下さい。これからも、好きに食べていて構いませんので」
「なら…!」
「落ち着いて下さい」
完全にパニックになってるレイヴァンを落ち着ける。これじゃ駄目だ。
「レイヴァン様、陛下はきっと、学校生活がどうなのか、レイヴァン様のお話が聞きたいだけです。叱られたりしません。大丈夫です」
「ほ、本当か…?」
「はい。レイヴァン様も、お父様とお話がしたいでしょう?陛下もレイヴァン様とお話がしたいだけなのです。気構える必要はありません」
「……そう、かなあ…」
「どうしても不安でしたら、私か兄が同行しますが…できればあまり、親子の対話の邪魔をしたくはありません」
「………一人で、行って、来る」
「ご立派です、殿下」
言いくるめ成功。
レイヴァンがぶつぶつ話すことを悩んでいるので席に戻ると、ジオルクが来た。
「やけに断言していたな…。面倒だから適当に言ったんでは、ないよな?」
「本当にあなた過保護ね。違うわよ」
ちらりとレイヴァンが聞いていないことを確認して、ネタばらしをする。
「昨日、お祖父様が陛下に私とお兄様の自慢をしたらしいのよ。だから、陛下も子供の話が聞きたくなられたんだろうと思っただけ。先日お会いした時にも、学校はどうだ、レイヴァンはどうしているか、って訊かれたもの」
「………それを言えばいいだけだろう」
「レイヴァン様に必要なのは情報ではなく自信よ。ただ情報を流しただけなら、なんの成長にもならないわ」
それと、情報を流しただけなら私への服従がきちんとできなくなる。レイヴァンには困らない程度で依存してもらわないと。
「ところで話は変わるんだけど、いいかしら」
訊きたかったけど機会がなかくて訊けなかったことを、ついでに今訊いてみよう。
「あなた、シュペルマン家について知ってる?」
「シュペルマンか…伯爵で、現在勉学で立てている家だということぐらいだな。どうした?」
「丁度今、あなたとレイヴァン様が横入りして来るまで話していた相手が、シュペルマン家の方だったのよ。いいわ、レイヴァン様とお兄様たちに訊いて、わからなければやっぱり本人に訊くわ」
「……また何かあるのか?そういうことばかりしているから、友達が出来ないんじゃないのか?」
「五月蠅いわよ。あなただって、レイヴァン様とお兄様以外に友達がいないでしょう」
「………」
ジオルクが黙った。
そう、私も私で浮いてるが、それと一緒にいるジオルクとレイヴァンも立派に浮いているのだ。年上で別に付き合いがあるお兄様と、王族で色々しがらみがあるレイヴァンはそれでも他所に友達もいるかもしれないが、臣下の立場でありながら王族と仲良しこよしの私とジオルクは、立派に浮きまくって他に友達も出来ないのだ。
「………ねえあなた、兄弟はいないの?」
「妹が一人。病弱で、現在は母の実家で療養中だ。俺も会ったことは数えるほどしかない」
「残念だわ…。おいくつ?」
「三つ下だから…四歳だ。仮に体調が良くなって学園に通うようになっても、そこまで離れていると丁度関わらないな」
「重ね重ね残念だわ。私も、お兄様と二人兄妹だし…」
「レイヴァンには兄弟がそれなりにいたが…王族でいらっしゃるしな…」
「これ以上浮きたくないわ…」
頭の中に、『王族とばかり仲良くする高飛車な女の図』が浮かんだ。これは駄目だ。
「……まあ、いいわ。私、絶対ヴィオラ様とお友達になってみせるから…!」
「用事があって話していたんじゃないのか?」
「用事があったけれど、それをきっかけに友達になっていただけるよう頑張るのよ」
本当は友達づくりのためにわざわざ声をかけたんだけど、そんな余計なことを言う必要はない。言ったって馬鹿にされるだけだ。
「ジオルク、セリア、何の話をしているんだ?」
考え事から抜けだしたらしいレイヴァンが来た。
「いえ、シュペルマン家に知人はいるか、と聞いていただけです。レイヴァン様はどなたかご存じですか?」
「シュペルマン家なら、セリアはいつも会ってるじゃないか」
え?と思わず目を丸くする。
「宰相に入り浸ってる大臣補佐官が、シュペルマン伯爵だぞ」
………。
「おい、宰相の孫、セリア・ネーヴィア」
「………コラソン様の家名を知らなかったのよ。なあなあのうちに知り合っちゃって、落ち着いた頃に訊いても子供相手だから『コラソンです』としか言わなかったし、本当に知らなかったのよ…」
「社交の場で見かけたことはないのか?」
「自慢じゃないけれど、私の世話はお兄様がしてくださっていたから、そう大人の人に会ったりしなかったわ。大抵四人で固まってたんだからわかるでしょう?」
「王太子様はご存知だったな、宰相の孫」
「違うの、あそこは社交の場とは違うから。まどろっこしい挨拶とかなしで激突しあうというか…だから、違うのよ。それに宰相の孫でも王太子様の婚約者でも、そこまで詳しく情報収集出来る立場じゃないじゃない」
「………」
「だから…その…」
「……ジオルク、セリアも紹介されて覚えていなかったわけじゃないし、きちんと紹介しなかったシュペルマン伯と宰相の責任だし、そのぐらいに…」
「レイヴァン様…」
間に入ってくれたレイヴァンを、感謝を込めて見上げる。結構裏でこそこそ悪巧みしかしてないし、『もしこいつが無能だったり主人公に誑かされたりしたら嵌めて追放し返してやろう』なんて思って虐げている私にもこんなに優しくしてくれるなんて…。
いつもジオルクと私の喧嘩に挟まれて苦労してるだけかもしれないけど、なんていい子なんでしょう。
「レイヴァン、この女は甘い顔を見せるとすぐつけあがる。厳しいぐらいで丁度いい」
ジオルクはそんなこと言い出すし。さすが将来のドS。
「あなたには関係ないでしょう。何度も言っているけれど、私とレイヴァンの仲に口出ししないで頂戴。恋人との逢瀬の邪魔よ」
「政略での婚約で、何が恋人だ。恋人という隠れ蓑の裏で、何を考えているんだ?」
ちっ、意外と鋭い。この男意外と過保護でレイヴァンに五月蠅い。ホモってんのかしら。
それとも、レイヴァンが仮の婚約だってバラしたのか。でも今まで何も言ってなかったし、言ったのは幼いころだし、今更言うとも思えない。仮に言ってたとしても『今ではちゃんと惚れてる』と言えばいいだけだ。
「政略でも、レイヴァン様のことは好ましく思っているわよ。だから婚約とは関係のないところでも一緒にいるんじゃない」
これは事実だ。レイヴァンも最近は怯えない程度になっていて、『差し入れを持っていけって言われたから』とレイヴァンが持ってきたお菓子を二人で食べたりしている。ジオルクもいるが、一緒に昼食も取っている。今のところ嵌めて引き釣り降ろさない程度には、好意的に考えているし、主人公の乱が無事に終わって婚約が解消されてなかったら、そのまま結婚してもいいとすら思っている。
「好ましく、というのは、駒としてか?」
だからこんなことを言われたら、かちんと来る。
「失礼なことを言わないで頂戴。レイヴァン様という一人の人間として、好ましく思っているのよ。私にもレイヴァン様にも失礼だわ」
言って、反論が来る前にジオルクを睨めつける。
「あなた、レイヴァン様のことに関するといつも以上に五月蠅くてしつこいわよ。大事なご友人が心配なのはわかるけれど、私にとっても大事な婚約者だもの。悪いようにはしないわよ。そう過保護だから、ジオルク母さんとか言われるのよ」
「お前にだけは言われたくない、セリア父さん」
「夫に従いなさいよ、私だってちゃんと我が子に愛情はあるんだから」
「どうだかだ。お前に任せていたらレイヴァンが心配だ。誰がお腹を痛めて産んだと思っている」
「ぷっ…!」
やばい、妊婦ジオルクを想像して吹き出してしまった。レイヴァンもぷるぷる震えてる。
「ええ、その件に関しては、立派な跡継ぎを産んでくれて感謝してるわ。でも女は家を守るものと決まっているのよ。愛しい妻と子供を守る役目は、私に任せてくれないかしら」
「そんなことを言って、余所に女でも囲ってるんじゃないか?俺は跡継ぎはレイヴァン以外認めないからな」
「私を浮気を疑ってるっていうの?馬鹿なことを言うのはやめて頂戴。私が愛してるのはジオルク、あなた一人よ。レイヴァンが親離れし始めてるからそんなありえない想像をするのね。いいわ、今夜はあなた似の女の子を孕ませてあげる」
「……け、結構だ…っ。最近は夜の訪れもなく、一人寂しく過ごしていたんだ。その程度で誤魔化されると思うなよ」
「ああ妻よ、あなたは誤解している。最近は仕事が忙しかっただけで、あなた以外の女に通っているなんて、ありえないわ。私の声はあなたに愛を囁くためにあるのよ。私の耳はあなたの声を聞くため、私の瞳はあなたを見るため、そして私の心は…」
ジオルクの手を取って、その手の甲にキスをするフリをし、じっと見つめる。
「―――あなただけに、向いている」
言った後、三人で吹き出した。
「あはははっ!ジオルク、あなた産んだって…!」
「お前こそ、孕ませるとか、下品だな…!くくっ…!」
「父さんも母さんも、俺をおいていちゃいちゃしないでくれよ…!…ぷはっ!」
「ぷっ…!ご、ごめんなさい、レイヴァン…愛してるわよ…ぷぷっ…」
「そう、だな…愛してるぞ、レイヴァン…ふっ…」
三人でげらげら笑って、
「何の話だったかしら?」
「さあ?」
「またいつも通りの喧嘩だっただけじゃないのか?」
なんで喧嘩してたかも忘れて、「じゃあ次の授業中は何をしようか」という話に変わっていく、いつも通りの日常だった。
その後、すぐにコラソンことシュペルマン伯爵に話を持ちかけたかというと、そうでもない。
癒し系教師のアルバート・シュペルマンは未だ大学生だったし、これでヴィオラに話かけるきっかけを失ったようなものだったから、落ち込んでもういいやと思ってしまっていたのだ。
というわけで、その件はおいておいたのだが、
「婚約パーティ、ですか?」
王后陛下から別件を持って来られた。
「ええ、セリアちゃん、幼い時に婚約したでしょう?だからまだお披露目していなかったし、この機会にどうかしら」
にこにこと微笑んで言われる王后陛下。
正直なところ、これは遠慮したい。主人公パニックがあるから婚約解消する可能性は高いし、おおっぴらにしていたらその後の貰い手が少なくなる。両陛下の意向としては逆で、婚約するときにプレゼンでアピールしまくったし、しっかり私を繋ぎ止めておきたいんだろうけど、どうだかなあ…。
どう断れば角が立たないか、と考えていたら、
「そこで同年代のお友達も出来るかもしれないわよ」
王后陛下に言われた。
………うん。
「王后陛下のお心遣い、大変ありがたく存じます。しかし、折角のお申し出しでですが、今回は見送らせていただけませんか?」
「あら、どうして?」
王后陛下の言葉に、にっこり微笑む。
―――過保護なジオルクがいるから、躾が甘かったようね…。
「お喋りな小鳥を、躾なければなりませんので」
待ってなさい、レイヴァン…!
ぼっちの旅は続く…